舞台は現実とつながっていた。
「平石実希」さんが語る、演劇の力。

カルチャー

2026.05.11

text by Etsuko Saito

先日お友達に誘われて、平石実希さんの演劇ワークショップに参加しました。そこで歩行練習をしたのですが、平石さんがお手本を見せてくれた瞬間、そのオーラと迫力に場の空気が一変したんです。平石さんのことをもっと知りたくなって、すぐに取材をお願いしました。ワークショップ中、「平石先生」と声をかけたところ、「先生ではないのでそう呼ばないでください」とのこと。その理由や俳優としての歩み、どんな思いでワークショップを主催されているかなどを聞いてきました。

Interview

平石 実希

Miki Hiraishi

1976年加茂市生まれ。明治学院大学を卒業後、保険会社に就職。4年間勤務した後に「劇団山の手事情社」で俳優業を学ぶ。新潟に戻り、2004年から新潟市民芸術文化会館(りゅーとぴあ)に勤務。その傍ら、個人活動として俳優の演技指導やワークショップなどを行っている。

与えられたセリフに歓喜した原体験と
「リアリスト」の選択。

――平石さんは、そもそもどういったきっかけで演劇に興味を持たれたんでしょうか?

平石さん:幼稚園のときのお遊戯会で、先生から「これはみきちゃんのセリフだよ」と紙切れを渡されたんです。それがほんとうに嬉しくて(笑)。あのときの喜びだけで、今も演劇を続けているようなものです。

 

――学生時代も演劇部に所属していたんですか?

平石さん:高校は演劇部でしたね。大学時代はアナウンス研究会所属でしたけど、たまに先輩のつながりで新潟の劇団さんが企画する舞台に立たせてもらっていました。長期休みに新潟に帰省して、お芝居を1本するくらいでしたけどね。

 

――てっきり大学時代こそ、演劇に明け暮れているのかと思いました。

平石さん:きっと、リアリストなんだと思います。舞台づくりって毎日朝から晩までそればかり考えていなければならない、というイメージがあって。でも演じることは好きだけど、私は大学に行って、アルバイトもしてっていう、いわゆる「普通の学生生活」を送ろうと思っていたんです。

 

――大学卒業後は、一般企業に就職されます。

平石さん:保険会社に勤めるのが夢だったんですよ(笑)。かわいい制服を着て、昼休みに長財布を抱えてランチに行くのに憧れていて。でもお芝居の勉強を本格的にしようと、東京の「劇団山の手事情社」さんという俳優養成所で修業をすることになるんです。

 

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俳優を学ぶということ、
その現実と収穫。

――どうして養成所に?

平石さん:会社員時代もたびたび舞台に出ていたんですが、「今より上手になりたい」「なぜ思うように演じられないんだろう」という気持ちをずっと持っていたんです。

 

――会社を辞めて行くのだから、そうとうな決心があったと思うんです。

平石さん:俳優という営みが好き、演劇という現象が好き。なんだけど、俳優だけで食べていけるほど自分に才能があるとは思っていなくて。それでも、幼稚園の頃から自分をときめかせてきた舞台芸術が社会の中でどんな役割を持つのか、俳優業とはどんな領域のものなのか、きちんと捉え直す必要があったんですよね。ひとまず1年間、自分の責任で時間とお金を費やして「うんと学びたい」と思ったんです。

 

――学びに行かれた「劇団山の手事情社」とは?

平石さん:「舞台芸術と社会がつながっている」と、はじめて実感させてくれた劇団さんです。それまでは舞台を「リアルじゃない世界」「夢みたいな場所」と受け止めていたんだけど、「劇団山の手事情社」さんを観たとき、舞台上の表現が現実世界の自分にはっきりと届いた感覚がありました。「ここで得た感動、エネルギーを明日の自分に生かせる」みたいに。

 

――お話から舞台の凄みが伝わってくるようです。そこで、どんなことを学んだんです?

平石さん:まずは肉体訓練。走るんです。

 

――えっ?意外!

平石さん:肺活量と持久力は、基本中の基本。それがないと舞台には立てません。身体を使うお芝居をする劇団さんなので、1日4時間から長いときは6時間のワークショップ。寝ても覚めても歩行訓練。あとは気持ちの開放の仕方や人との向き合い方みたいなことを習得します。

 

――その間に舞台にも出られるわけですよね。

平石さん:いえ、あくまで研修生なので、劇団員さんの前で自分が作り上げたものを発表し、それにフィードバックをいただきます。

 

――まさに修業ですね……。

平石さん:そうですね(笑)。俳優の勉強が中心ですけど、俳優業だけで食べていける人はほんのわずかです。そこで「劇団山の手事情社」さんでは、研修生に俳優ともうひとつの得意分野を身につけることを推奨していました。たとえば衣装や大道具分野のアシスタントとか。そこで私は「制作」を選んだんです。

 

――えぇっと、具体的には?

平石さん:チラシをどういう手順で何にポイントを置いて作るか、どんな言葉を選んでお客さまにアプローチするか、会場の押さえ方、事務手続き、本番までに何をいつまでしなくてはならないか、などが制作の仕事です。

 

――リアリストを自称する平石さんにぴったりかも。

平石さん:そうなんですよ(笑)。制作業務が意外にもおもしろくって、自分に向いているな、という感覚もあったんですよね。やっぱり虚構を作り上げるためには現実が必要というか、地に足がついたリアルが必要なんですね。

 

――1年間の修業をどんな気持ちで卒業されたんですか?

平石さん:う~ん、そうですね。「こんなに頑張っても俳優だけでは食べていけないんだ」って。素晴らしい俳優さんが山ほどいらして、こんな言い方は残念ですけど、「私なんかでは何もできない」とわかりました。

 

――たくさんの収穫があったんだけど、悔しい思いもされたと。

平石さん:悔しさは通り越して、「あぁ、こういう世界か」と俳優業の一端を垣間見たような感じでした。そこでの経験が、現在のりゅーとぴあ職員としての仕事と個人活動に生きています。

 

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演劇はボーダレス。
年齢、性別、経験問わず体験の場を。

――りゅーとぴあには2004年からお勤めだそうですね。そして個人で演技指導やワークショップをされています。

平石さん:せっかく勉強してきたことを、地元で演劇を愛していらっしゃる皆さんとシェアしたいという気持ちがありました。今は「月いち演劇会」というワークショップを主催したり、イベントで朗読をしたり、舞台のオーディションを受けたりしています。先日もオーディションに合格して、俳優として舞台に立たせてもらいました。

 

――その「月いち演劇会」のことについて、もう少し詳しく教えてください。

平石さん:去年からスタートしたワークショップで、年齢、性別、経験不問の演劇体験会です。「演劇」とひと言でいっても、歌舞伎から宝塚歌劇団、小劇場、映画やドラマなど、アプローチとジャンルが山ほどあるな、と思っていて。どれもとても魅力的なんだけど、体験する場所があまりないので、そういう機会を作りたかったんですね。

 

――私も先日参加させてもらったんですが、まるっきしの素人でもこれだけいろいろな気づきがあるものか、とびっくりしました。

平石さん:演劇のいいところはボーダレスなところ。演技が上手とか下手とか、そんなことを問うこと自体がナンセンスだ、と思える瞬間がたくさんあります。私はりゅーとぴあで15年間舞踊の担当をしてきたんですが、舞踊の世界ってとてもテクニカルなんですよ。つま先の曲がり方ひとつでも技能レベルが色分けされてしまう、とても厳しい世界で、それゆえの素晴らしさがあります。一方の演劇には、決めつけられない物差しがあるんですよね。基準が曖昧で、同じ作品を観ても人それぞれ「感動した」「つまらなかった」と感じ方はさまざま。だから千差万別をみんなで分かち合えるんだと思うんです。豊かな感情表現と滑舌を持つ演者さんでも、ご年配の方や1歳児の演技に感受性が耕される喜びがあると信じています。

 

――平石さんから「こんなことを感じてほしいな」みたいな気持ちはあるんですか?

平石さん:「いつもと違うな」ってことがひとつでもあれば、お土産をお渡しできたかなと思いますね。それが非日常の演劇の魅力であり、人間が人間として生きているがゆえの感受性だと思うので。

 

――「月いち演劇会」の最後に決まって言う言葉がありますよね。

平石さん:「演劇は自己を癒し、他人を認め、世界を愛するために人間が生み出した智慧である」が合言葉です。

 

――それは平石さんの言葉?

平石さん:はい(笑)。なぜやりたいのか、どうやりたいのかを言葉にできない限りは、演劇を伝える資格がないと思っているんです。人の感情を扱い、時間を預かる以上、私には責任が伴いますから。

 

――それが演劇に深く関わった平石さんの出した答えなんですね。

平石さん:演劇って、広くって、素晴らしくって、いろいろなジャンルがあって。素晴らしい先生もトレーニング方法もたくさんあります。その対価からすると、私が伝えることはとんでもなく小さなこと。そう思っているから、みなさんからは「先生」と呼ばれたくないんです(笑)。私が何か正解を持っていて、皆さんを導くような立場ではないと思っていて。先生ってきっとそれができる存在ですもんね。なんて言えばいいかな、「箱をひっくり返したらたくさんのおもちゃがあった」みたいな場所を提供できれば、それでよいんです。

 

平石実希

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