新潟市東区にある「喜怒哀楽書房」には、俳句集や短歌集を中心に、詩集や絵本、自分史など、「本を作りたい」という人からの依頼が全国から届きます。運営している「株式会社ミューズ・コーポレーション」は、母体である「木戸製本所」で培ってきた製本の技術を生かし、お客さまからのリクエストに柔軟に対応しているんだそう。今回は「ミューズ・コーポレーション」取締役の木戸さんに、自費出版事業をはじめたきっかけや、本を作ることの魅力について聞いてきました。
株式会社ミューズ・コーポレーション
木戸 敦子 Atsuko Kido
新潟市中央区生まれ。東京の大学を卒業後、新潟に戻り地元銀行に勤める。「株式会社木戸製本所」2代目であるご主人と結婚。母親の追悼集を制作したことがきっかけとなり、2002年に「木戸製本所」内に個人の自費出版部門・ODP事業部を立ち上げる。2003年に「株式会社ミューズ・コーポレーション 喜怒哀楽書房」を設立。
——まずは木戸さんが「ミューズ・コーポレーション」を立ち上げるまでのことを教えてください。
木戸さん:「木戸製本所」は印刷会社からいただく紙の加工が仕事なんですけど、紙は衰退していくだろうという予想のもと、何か新しいことをしていこうと、「オンデマンド印刷機」という、小ロットで刷れてプロでなくても扱える印刷機を導入しました。それと、2001年に私の母が亡くなって、「母のことをまとめた本を作りたい」と「木戸製本所」の2代目である夫に相談した時期が重なって、オンデマンド印刷機を使って本を作ったことがきっかけです。
——お母さんのことをまとめた本が、木戸さんが出版された1冊目の本だったんですね。
木戸さん:「母の本」といっても子どもから見た母だけではなくて、母の同級生やママ友とか、そういう多面的なところを知りたくて、いろんな方に原稿をお願いしました。母が学生時代にお友達に宛てた手紙も、そのお友達がとっておいていて、母が亡くなったあとに送ってくださいました。あとは母の写真とか、大学で東京に行っている私宛に出してくれた手紙とか。そういうものもみんな入れて本にしました。
——それはさぞ大切な本になったでしょうね。
木戸さん:母は奈那子といいましたけど、父は奈那子さんのことが大好きな人だったので、その本を抱きしめて寝ていたとあとから聞いて。「そうやって喜んでもらえる本を作っていきたい」という思いでこの会社を立ち上げました。
——「喜怒哀楽書房」さんには、句集や歌集の制作依頼が多く届くと聞きました。
木戸さん:出版といっても文字が多い本や数学の本とかはできないだろうから、まずは「文字数が少ない本ってなんだろう」という話になって(笑)。俳句なら17文字と決まっていますから、文字の校正もそこまで大変ではないだろうってことで、俳句や短歌、詩の本を作りましょうということになりました。
——そういう背景があったんですね。
木戸さん:だけど本を作りたい人なんてどこにいるか分かりませんし、そんなにいるものでもないですし、「本を作りたい」と思った方は印刷会社さんに声を掛けるんでしょうね。それに製本会社は印刷会社さんからお仕事をいただいているので、その仕事を奪ってはいけないだろうと、新潟以外の、特に首都圏の俳句や短歌を楽しんでいらっしゃる方々に向けて発信することにしました。
——発信といっても、どうやって本を作りたい人を探したんでしょう?
木戸さん:ただDMを送るだけだと捨てられちゃうだろうから、もっとためになるものを送ろうと考えました。そうして作ったのが「喜怒哀楽」という、俳句の会を紹介したり、ちょっとした読んでお得な情報を載せたりする情報誌です。
——それなら俳句好きの人は手に取って興味を持ってくれそうですね。
木戸さん:だけどまったく反応がなくて、アンケートはがきを入れたんですけど、2,000通送ったうちの4通くらいしか返って来なかったんです。そこで「喜怒哀楽」を何度か送ったあと、1軒1軒に電話をしたんですよ。「こういう冊子をお送りしたんですけど、本を作りませんか」って。
——それで、電話をとった方の反応は……?
木戸さん:ガシャンと電話を切られることもあったんですけど、たまに優しい方が「喜怒哀楽」のことを覚えてくれていて、「本を作りたいと思っているんだけど」と相談してくださることがありました。そうやって本を作った方が他の方に紹介してくれたり、俳句結社の中でお互いの句集を受贈し合う習慣があるので、そのときに「この句集いいね、私もここで作ろうかな」と思ってもらえたりして、広まっていきました。
——句集以外の相談だと、どんなものがあるんですか?
木戸さん:自分史やエッセイ集、絵本、詩集……なんでもありますね。
——相談する方って皆さん、作りたい本のイメージを持っているものなんでしょうか。
木戸さん:「こんな本にしたい」という具体的なイメージがある方と、「とにかくまとめたいんだけど、どうしたらいいか分からないからお任せしたい」という方、どちらもいらっしゃいます。俳句手帳が30冊くらい送られてきて「なんとかしてくれ」と頼まれたこともありますし、「以前本を作ったときの箱が余っているから、その箱に入る本を作りたい」と言われたこともありました。
——「喜怒哀楽書房」さんに依頼する方は、そういうふうに柔軟に対応してくれるところや、お仕事が丁寧なところに魅力を感じている方が多そうですね。
木戸さん:たぶんそうなんだと思います。スタッフはみんな気働きのある人ばかりなので、先の先を考えて動いています。そのお客さまが言わないこともやって喜ばれることが多いですね。
——それは例えばどんなことを?
木戸さん:例えば「明日校正がそちらに届きますよ」と電話をするときなら、「お相撲が大好きな方だから、この時間はお相撲を見ているだろうし後にしよう」とか「朝ごはんが遅い人だから、この時間は避けよう」とか。そうやってお客さまのことを第一に考えることが、みんな身についているような気がしますね。
——ただ本を作るお手伝いをするだけじゃなくて、お客さまのことをよく考えていらっしゃるんですね。
木戸さん:それに「本を作って終わり」ではなくて、作ったあともお客さまとのお付き合いが続くんです。一緒に飲みに行ったり、旅行したり。私はお客さまに誘われて富士山にも登ったんですよ。しかも2合目から(笑)
——お客さまとのつながりをきっかけに新しい体験ができるって素敵ですね。
木戸さん:ここには全国からいろんなお菓子が届くんです。本を作ったお礼にいただくものや、今年で20周年を迎えたので、そのお祝いでいただいたものもあります。「よくしてもらったから」と送ってくださる。そういうふうに、してくださったことに対してはうちも返していきたいなって思います。
——木戸さんは、自分が書いたものや作ったものを本にしてまとめることの魅力ってなんだと思いますか?
木戸さん:本としてかたちになると、俳句を詠んで書いた紙をただ残しているのとは、やっぱりぜんぜん違うんですよね。手に取れるようになると一元化して見ることができるし、個性や人となりが出てきて、その人が立ち上がってくる感じがするんです。それから、以前句集を作った方が「3回楽しめたよ」と言っていて……。
——その「3回」というのは?
木戸さん:1回目は原稿をまとめるとき。「あのときはこういうことがあったな」っていろんなことを思い出して、自分の来し方を考えられたそうです。2回目は本としてかたちになっていくとき。ぺらぺらの紙だったものが、かたちになっていく楽しみがあるんですね。3回目は完成した本を読んでくれた方が、いろんな感想を寄せてくれたときなんだそうです。
——確かに、自分の本ができあがっていくまでってきっとワクワクしますし、楽しいですよね。
木戸さん:バラバラの冊子であっても、製本して1冊にまとめると見てくれもまったく違うし、とっておこうと思うし、価値が出てくるのを常々感じています。「本を作りたいけどなかなかハードルが高くてできない」と思っている方も、ぜひまとめたほうがいいと思いますよ。本にする価値が絶対ありますから。
喜怒哀楽書房
新潟市東区津島屋7-29
TEL:0120-819-395