Things

新潟の餃子と担担麵の元祖はここ! 「元祖焼き餃子 ことぶき屋本店」。

今や中華料理の定番となった餃子と担担麵ですが、新潟で初めてこの2品を提供したお店がどこかご存じですか? 答えは、古町にある今年で創業72年の老舗中華料理店「元祖焼き餃子 ことぶき屋本店」です。今回は、3代目で代表取締役の岡村さんに、お店の歴史やこだわりについていろいろとお話を聞いてきました。

 

 

元祖焼き餃子 ことぶき屋本店

岡村 雅史 Masashi Okamura

1976年埼玉県浦和生まれ。大学卒業後は建設会社に就職。24歳のときに脱サラし、ラーメン屋やとんかつ屋で調理の経験を積んだのち、父方の家業である老舗「元祖焼き餃子 ことぶき屋本店」を引き継ぐ。趣味は競馬と海釣り。

 

老舗中華料理店のはじまりは、和菓子屋だった。

——「元祖」の店名の通り、新潟で初めて餃子を提供したお店とうかがったんですけど、まずは当時のお話から聞かせてください。

岡村さん:最初は祖父が満州にいた頃、同じ「ことぶき屋」の名前で和菓子を売っていたらしいです。戦争が終わって日本に戻ってきてからはラーメン屋をはじめたんだけど、ラーメンだけじゃ食べていくのが大変だったんで、他の土地で餃子を習って新潟に持ってきたら、爆発的にヒットしたんだよね。

 

——和菓子屋さんだったとは驚きです。担担麺も新潟で初めて提供したそうですが、餃子と同じタイミングではじめたんでしょうか?

岡村さん:担担麵はそれからかなり経ってからですね。担担麵は四川料理のひとつなんだけど、日本に四川料理を持ってきたのは「四川飯店」の創業者でもある陳建民(ちんけんみん)さんという方です。実は、陳建民さんと私の祖父がお友達なんです。新潟で四川料理を広めるために「四川飯店 新潟」を作ろうってなったとき、祖父が専務取締役で入って。そのとき同時に「ことぶき屋」にも担担麺と四川料理をメニューとして取り入れたって聞いています。

 

——お客さんの反応はどうでしたか?

岡村さん:全然売れなかったらしいよ(笑)。シンプルなラーメンが主流の時代だっただろうし、担担麵みたいな辛いラーメンは食べ慣れたものじゃなかっただろうし。「ゴマ味噌ラーメン」みたいに言い換えてお客さんに勧めていたって聞きましたね。餃子とは違って、徐々に人気になっていきました。

 

 

——ちなみに今も提供しはじめた当時と同じ作り方なんですか?

岡村さん:餃子は基本変わってないです。担担麺に関しては、基本ベースは変わってないけど、時代に合わせて微妙な部分は変えてます。一切何も変えてなかったら、あの頃はおいしいおいしいって食べていても、今はおいしいと思わないと思う。使う食材に合わせて微妙な調整をするって必要なことだし。レシピ通りに作ったからといって、誰が作っても必ず同じものができるっていうわけじゃないですよね。食べ物は。

 

——確かにそうですね。ことぶき屋さんの餃子の特徴はどんなところですか?

岡村さん:最近、ニンニク無しの餃子がすごく多いよね。けどやっぱりニンニクが入ってこそ餃子って感じがするし、うちは青森産のニンニクを惜しみなく使った、パンチの効いたタイプの餃子なので、そこがいちばんの特徴かな。メインの食材は豚肉とキャベツしか使っていない。ただ調味料の配合とかは独特かもね。皮はもっちり柔らかい感じで、「皮がおいしい」って言ってくれるお客さんもいます。

 

——私もニンニクがたくさん入ってる餃子が好きです(笑)。伝統として守ってきたものがある一方、岡村さんがお店を継いでから新しくはじめたことがあれば教えてください。

岡村さん:最初に変えたのは担担麺かな。最初は、シンプルな「白ゴマ担担麺」、「黒ゴマ担担麺」と「野菜担担麵」の3種類だけだったんですよ。メニューを選ぶ楽しみができるかなと思って、8種類まで担担麵のバリエーションを広げました。反応は良かったし、そればっかり食べにくるようなお客さんも増えました。

 

建設会社を辞めて、24歳で飲食の修行へ。

——岡村さんは新潟のご出身ですか?

岡村さん:私自身は生まれも育ちも埼玉の浦和。ここは父の実家になるんですよ。父は後を継がなかったんですけどね。私は大学を卒業した後、建設関係の学部で学んでいたのもあって、たまたま新潟の建設会社に就職しました。その後、24歳の頃に脱サラして飲食の修行をはじめました。

 

——そうだったんですね。修行は大変でしたか?

岡村さん:この仕事をするにあたって、最初は「オーナー社長でいい」という考えでこの仕事をやりたいと思っていたんだけど、オーナーもひと通り作れるようになっておかないと、欠員が出たときに弱みになると思って、修行に出ました。ラーメン屋とかとんかつ屋とかに行かせてもらったんですけど、これまでいた業界とは働く時間の長さや働いている人のタイプも違うので、その中でやっていくのは大変でしたね。こっちに戻ってきても、ことぶき屋にはことぶき屋のやり方と味があるし。覚えて、作って、はじめはお店をまわしていくのもひと苦労でした。

 

——餃子を焼くのにもコツがいりそうですもんね……。

岡村さん:焼くこと自体は難しくないです。みんな難しいって言うけど(笑)。同じ餃子を焼くにしても、鉄板の状態だったり、温度だったり、入れる水の量だったり、微妙なことが違うだけで出来上がりが変わるから、そこは単純ではないよね。

 

これからも、何世代にも渡って愛され続けるお店を。

——70年以上もお店を続けていると、きっと常連のお客さんも多いですよね。

岡村さん:多いね。夏休みとかGWとか、帰省の時期になるとさらに多いかな。うちの店がすごく特別だなというか、他と違うなって思うのは、30、40年前のことをついこないだのことのように話していくお客さんが多いんですよ。

 

——例えばどんな話ですか?

岡村さん:祖父が創業したときに、私のひいおばあさんが店を手伝っていたんだけど、古町では名物ばあさんで、「古町三大有名ばばあ」のひとりだって言われていたらしいです(笑)。インパクトがよっぽど強かったのか、みんな同じ話をしていくんだよね。ひとりふたりじゃなくて、何人も、しょっちゅう(笑)。そういう話を聞いたりしてると、簡単にお店をなくせないなと思います。

 

——お会いしてみたかったです(笑)。他にも、お店をやっていて嬉しいことはありますか?

岡村さん:純粋に「おいしかった」とか、「すごい久しぶりに来たけど、昔と全然変わらないね。この味続けられるってすごいよね」とか言われるとやっぱり嬉しいよね。あとは、親子で来たお客さんが「うちの子、餃子はことぶき屋さんのしか食べないんだ」とか。そういうの聞くとすごく嬉しい。その子が大人になったときにまた食べに来てくれるとか、そうやってつながっていくからお店は続くわけだし。売上があってお客さんがいっぱいになってる状況がいちばん嬉しいけど(笑)、そういうお金の部分を超えたところがやりがいになるよね。

 

 

——最後に、岡村さんの今後の目標を教えてください。

岡村さん:もともと店舗をもっと広げたいっていうのと、自分が生まれ育った東京方面に出店したいっていう思いが前提にあってこの仕事をはじめているから、それは実現させたいです。あとは創業100年目指してってとこですかね。仕事をはじめたばかりの頃はお店をいっぱい出したいと思ってたけど、時代も変わって、ただ店舗数を増やせばいいって話じゃないから、ちゃんと味を守りながら内容のあるお店を作っていけたらなと思います。

 

 

昔のことを楽しそうに話す岡村さんの様子から、このお店は地元の方の思い出がたくさん詰まった特別な場所なんだと感じました。まだことぶき屋の餃子を食べたことがない人は、長年愛され続けている味とお店の温かい雰囲気を味わいに、ぜひ一度足を運んでみてはいかがでしょうか。

 

 

餃子と担担麺の店 ことぶき屋本店

〒951-8066新潟県新潟市中央区東堀前通9-1381

TEL 025-222-4466

11:30-14:00/17:00-26:00(金・土・祝前日は27:00まで)

  • She
  • Things×セキスイハイム 住宅のプロが教える、ゼロからはじめる家づくり。
  • 僕らの工場
  • 僕らのソウルフード


TOP