本と人、そして出雲崎をつなげる蔵を使った空間「蔵と書」。
カルチャー
2022.06.01
最近、本を読んでいますか? 電車のなかやカフェなどでは、スマホを眺めている人ばかりで、本を読んでいる人の数は少なくなっていますよね。街角の本屋さんもどんどん数が減ってきて、出雲崎のように本屋さんが一軒もない町さえあります。今回紹介する石坂さんは、地域おこし協力隊として出雲崎にやってきて、本屋さんのない町に本と出会える場所を作ろうと「蔵と書」をオープンしました。


蔵と書
石坂 優 Yu Ishisaka
1993年大阪府生まれ愛知県育ち。関西学院大学社会学部卒業。名古屋のマーケティング企業で働いているときに副業としてアルバイトしていた書店の仕事で本への思いが強くなり、その後ブックディレクターとして東京で働きはじめる。2020年より地域おこし協力隊として出雲崎町へ移住し、「蔵と書」をオープン。実はマラソンが趣味というアクティブなタイプ。
一冊の本との出会いが人生を変えた。
——石坂さんって、出雲崎に来るまではどんなことをしていたんですか?
石坂さん:名古屋にあるマーケティング企業で企画ディレクターをやっていました。お客様のニーズに応えながら、ホームページや紙媒体などの提案や制作をしていたんです。昔から考えたことをかたちにしていくことが好きだったので、とてもやりがいを感じていました。その仕事と並行して、週末には書店でのアルバイトをはじめたんです。
——どうして書店でのアルバイトを?
石坂さん:「本の未来をつくる仕事/仕事の未来をつくる本」という本に出会って、本の未来を考えさせられるとともに、本が好きだという自分の気持ちに改めて気がついて、本に関わる仕事をしたいと強く思うようになったんです。ところが企画ディレクターと書店のアルバイトの掛け持ちで休みなく働いたせで、キャパオーバーになってしまいました。そこでマーケティング企業を辞めて、本に関わる仕事を選ぶことにしたんです。
——一冊の本と出会ったことで、人生が変わったわけですね。その後は?
石坂さん:憧れていたブックディレクターの仕事に就きました。
——ブックディレクター?
石坂さん:書店ではない場所に本の空間を作って、その場所に合った本を選んだりする仕事です。企業の受付や食堂、病院や化粧品売場にライブラリーを設置したりとかですね。仕事が身につくにつれて、もっと自分の思うようにライブラリーのディレクションをしてみたいと思うようになっていて、そんなときに知り合った方のSNSを通して、出雲崎町の地域おこし協力隊募集を知ったんです。

——それで出雲崎町へ。
石坂さん:はい。やりたかったことが実現できるんじゃないかと思ったので、ちょっと説明を聞きにいったんですよ。そうしたら、出雲崎を見学することになって、そのまま面接まで受けることになりました(笑)。面接では「本のある空間を作って、人と町をつなげたい」と伝えました。その1週間後に採用の通知が届いたんです。
——わりとすぐに決まったんですね。出雲崎で暮らしはじめて、住み心地はいかがですか?
石坂さん:私は今までマンションやアパートでしか暮らしたことがなかったんですが、貸していただけたのが大きな2階建ての1軒家だったんです。慣れるまでは広すぎて落ち着かなかったですね(笑)。その上ヤモリやムカデが出現するので、その都度、今も戦っています(笑)。あと冬の海風や雷には未だに慣れなくて、耳栓をして寝ているものの、耳栓が外れて夜中に起きてしまうことも度々です。
——慣れない生活に苦戦しているわけですね(笑)。でも、いいところもあるんですよね?
石坂さん:もちろんです。家を出てすぐにジョギングできる場所があるなんて、恵まれた環境ですよね。それも綺麗な夕日を見ながらなんて最高の贅沢だと思います。あとご近所の方々からお裾分けをいただくことがあって、とっても助かっています(笑)。カニや甘エビなんかの海産物から、農産物や山菜まで……。笹団子や栃尾の油揚げははじめて食べましたし、ふきのとうやこごみは調理前の姿に触れたのがはじめてでした。

使われていない蔵が、図書館に変身。
——地域おこし協力隊のミッションは、わりと自由だったんですか?
石坂さん:自由過ぎるくらいでした(笑)。だから出雲崎で図書館を開くことを目標に、自分で行動を始めたんです。まずは図書館を開く場所を探したんですが、使われていない蔵があることに気づいたんですよ。蔵のなかには棚もそのまま残っていたし、なにより静かだったので「ここが図書館になったら、めっちゃ素敵じゃん」って思いました。
——確かに蔵の中って防音性が高そうだし、図書館にはぴったりかも……。
石坂さん:そうですよね。だから蔵を使った図書館をはじめるための許可をいただくために、何十ページもある企画書を作って提出したんです。ところが「本だけで町に人を呼べるとは思えない」と言われてしまって「私はそのためにここへ来たんじゃないの?」って心の中で叫びました。そこでプレイベントをやってみて、その様子を見てから判断してもらうことにしたんです。
——あらら……いきなり大ピンチですね。蔵を図書館に変身させるのって、大変だったんじゃないですか?
石坂さん:お金がなかったので、SNSで私の活動を支援してくださる人たちを集めて「お掃除イベント」と称した大掃除をおこないました(笑)。内装も蔵の中に残っていた物や廃校舎からいただいてきたもので、ほとんどお金をかけずに作り上げたんです。

——そんなお金がないなか、肝心の本はどうやって集めたんですか?
石坂さん:自分の本はもちろん、町の図書館から一時的に借りてきたり、知り合いから寄贈してもらったりしてかき集めて、なんとかプレイベントに間に合わせたんです。皆さんの協力のおかげでたくさんの人に足を運んでいただけました。
——そういったご苦労があってオープンまで漕ぎつけたんですね。「蔵と書」ってどんなふうに楽しむことができる場所なんですか?
石坂さん:ここにある本を読んでもらえるのはもちろん、当日中に返却していただけるなら持ち出しも可能です。本は「小説」とか「写真集」とかのジャンルを越えて、同じようなテーマでまとめるようにしています。例えば新潟にまつわる本、海にまつわる本、バイクにまつわる本、梅にまつわる本といったくくりで置くようにしているんです。新潟や出雲崎にちなんだテーマを中心に選んでいます。「きれいな石図鑑」を借りて海に持っていく子どももいますね。
——バイクや梅も出雲崎にちなんだテーマなんですか?
石坂さん:はい。越後七浦シーサイドラインを走って「越後出雲崎 天領の里」までツーリングするバイカーは多いんですよ。それから、あんまり知られていないんですけど、梅は出雲崎の隠れた名産品なんです。そんなふうに、あまり知られていない町のことにも触れてもらえる場所になればいいなと思っています。

人と本、人と人をつなぐ空間。
——こちらには「ホント(本と)の出会い」っていうコーナーがありますね。包装されていて中身が見えませんが……。
石坂さん:本との運命的な出会いをしてほしくて設けたコーナーです。私がピックアップした本の中の一節と、私が撮影した写真のなかから、自分に響いた本を選んでもらうんですよ。ただ買うだけじゃなくて、どんな本に出会えるのかっていうわくわくを楽しんでほしいんです。

——それは面白いですね。「買う」っておっしゃいましたけど、こちらの本は販売しているんですか?
石坂さん:新しい本を購入するために古本の販売をしているんです。だから、こちらのコーナーは「蔵と書、」というように「書」の後に点が入っているんです。要するに「蔵と書店」ですね(笑)
——なるほど(笑)。ところで、この蔵は2階建てになっているんですよね。
石坂さん:そうなんです。2階は「蔵と書ー時間(ショータイム)」というコーナーになっていて、写真や絵、地域の方の作品を展示しています。お客様が寄贈してくれた、人に薦めたい本を集めた「もう一冊買ってでも誰かにおすすめしたい本。」のスペースもあります。ここは私だけではなくて、みんなで作り上げるエリアですね。

——へ〜、人と人がつながるようなエリアになっているんですね。これからは、どんなふうに展開していこうと考えているんですか?
石坂さん:思い描いていたかたちはできてきましたので、これからは「蔵と書」のクオリティーをもっと上げていけたらと思っているんです。貸し出し制度の導入や、読み聞かせ、出張図書館といったイベントの開催を考えています。そして、いつ来ても楽しんでもらえるような空間にしていきたいですね。
——最後に、本についての思いを聞かせてください。
石坂さん:こんな場所にも多くの人が足を運んでくれているので、現代でも本を求める人はたくさんいるんだなと思えて安心します。スマホが本に変わる時代ですけど、スマホを置いて本を手に取る時間も大切なんじゃないかと思うんです。私が人生を変えた本と出会ったように、人には自分の人生を変えるような大切な一冊があるんじゃないでしょうか。ぜひそうした本と出会ってほしいし、そのお手伝いができたらと思っています。

蔵と書
三島郡出雲崎町尼瀬
不定期営業
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