生まれつきの聴覚障がいで耳の聞こえない倉又さんが、長岡にオープンした「NOBI by SUZUKI COFFEE(ノビ バイ スズキコーヒー)」。こちらへお邪魔して、手話通訳の方からご協力いただきながら取材を行ってきました。カフェオープンに込められた倉又さんの思いとは……。
NOBI by SUZUKI COFFEE
倉又 司 Tsukasa Kuramata
1986年糸魚川市生まれ。生まれつき聴覚障がいがあり耳が聞こえない。長岡の聾学校で手話を学び、半導体メーカーや聾学校の寄宿舎指導員として働いた後、イベント出店を経て2024年に「NOBI by SUZUKI COFFEE」をオープン。夏はツーリングやキャンプ、冬はスノーボードとアクティブに楽しんでいる。
——倉又さんは、生まれつき耳が聞こえないんですか?
倉又さん:はい、小さい頃は周りの会話もテレビの内容もわからない生活を送っていました、小学校に上がってからも授業の内容がわからないから、周りの子が手を挙げているのに私だけ手を挙げることができなかったんです。大きな孤独感を味わい続けていました。
——それは辛かったでしょうね……。
倉又さん:でも中学校へ上がるときに、長岡の聾学校に入学したんです。そこで手話と出会ったことが、私の人生を180度変えてくれました。一気に世界が広がったんです。
——コミュニケーションの手段を身につけたんですね。でも、覚えるまでは苦労したんじゃないですか?
倉又さん:糸魚川から通うのは大変だから、聾学校の寄宿舎に入ったんです。そこでは同室の先輩と行動を共にするんですけど、その先輩から日常生活のなかで手話のスパルタ教育を受けました(笑)
——それはキツいですね(笑)
倉又さん:でも、そのおかげで手話を覚えることができて、自分の気持ちを人に伝えられるようになったのは本当に嬉しかったですね。聾学校に入るまでは大人しかったのに、入ってからはおしゃべりになって親も驚いていました(笑)
——先輩に感謝ですね(笑)。聾学校を卒業してからはどうされたんですか?
倉又さん:半導体メーカーで働きはじめたんですけど、工場内での会話はもちろん筆談もできない職場だったんです。衣服が擦れて繊維の粉が落ちる恐れがあるので、身振りも禁止されていました。聴覚障がい者が一般企業で働くことの難しさを感じましたね。
——そんな環境だと仕事をするのは難しそうですね。
倉又さん:それで長岡の聾学校で寄宿舎指導員として働くことにしました。子どもたちに自分と同じような思いはさせたくなかったので、知っていることを伝えていきたいという思いで指導していました。
——寄宿舎指導員の仕事はいかがでしたか?
倉又さん:みんな思春期の難しい年頃だから、接し方には気を使いましたね。恋愛の悩みまで相談されることがあって、正解がわからなくて何て答えればいいか自分が悩みました(笑)
——そのお仕事を辞めて、カフェをはじめたのはどうしてなんでしょうか。
倉又さん:卒業後、長岡に残る子どもがほとんどいなかったんです。だから長岡を聴覚障がい者が暮らしやすい街にしたいと思って、自分には何ができるのかを考えました。そこで起業支援センターのセミナーを受講したなかで「サードプレイス」という言葉に出会ったんです。
——「サードプレイス」って?
倉又さん:自宅や学校、職場などの日常から離れた、居心地のいい「第三の場所」のことなんです。耳が聞こえない人をはじめ、みんなが集まってのんびりできるような「サードプレイス」を長岡に作りたいと思いました。
——それでカフェをオープンされたんですね。
倉又さん:そうなんです。カフェだったら誰でも入りやすいだろうと思いました。食事をしなくてもドリンクだけで過ごすことができますからね。
——コーヒーは昔からお好きだったんですか?
倉又さん:苦いイメージしかなかったので、昔はコーヒーが苦手だったんですよ(笑)。ところがあるコーヒーショップで飲んでみたら苦味をまったく感じなくて、香りの良さに魅了されてしまい、コーヒーが大好きになりました。そのコーヒーショップでコーヒーの勉強をさせてもらったんです。
——プロのもとでしっかりとコーヒーの勉強をされたんですね。
倉又さん:そのお店だけではなく、いろんなお店でコーヒーの勉強をさせてもらいました。自分でも経験を積みたかったので、いろいろなイベントに「のびのびカフェ」という名前で出店して、コーヒーを提供をしていたんです。
——「NOBI」っていう店名のルーツは「のびのびカフェ」にあるんですね。「NOBI」の後には「by SUZUKI COFFEE」とついていますが……。
倉又さん:鈴木コーヒーさんが開催している「カフェ開店セミナー」を受講したことがきっかけで佐藤社長と出会って、私がやりたいと思っているカフェの理想をお話ししたところ「一緒にやりましょう」とおっしゃっていただけたんです。そのおかげで、こんなに素敵なカフェをオープンすることができました。
——じゃあこちらは倉又さんと「鈴木コーヒー」さんが、タッグを組んでオープンしたお店なんですね。
倉又さん:「タッグを組んだ」なんておこがましいです(笑)。「鈴木コーヒー」さんがほとんどやってくれていて、私がやっていることはほんのちょっとなんですよ。
——「サードプレイス」になるべくはじめた、このお店の特徴を教えてください。
倉又さん:耳が聞こえないことや聞こえにくいことを気にせずに、誰もがゆっくり過ごせるお店にしようと思ったので、BGMは流していないんです。それから全国でも珍しい「サイニングカフェ」でもあります。
——「サイニングカフェ」って言葉、はじめて聞きました。
倉又さん:声を出す必要がなく、メニューを指差すだけでオーダーできるカフェなんですよ。ロゴマークもコーヒーの湯気と指差しを掛け合わせたイメージで作っていただきました。もちろん、手話や筆談、スマホを使ってお客様とお話を楽しむこともあります。
——知らないで来店したお客さんから、戸惑われることはありませんか?
倉又さん:口頭でオーダーを伝えてきたお客様に、スマホで「私は耳が聞こえません」と文字を打ってお伝えしたところ、大きな声でオーダーを繰り返してきたことがありました。「耳が遠い」という意味に受け取られたんでしょうね。
——勘違いされちゃったんですね(笑)
倉又さん:あとはひとりで回しているので、最初の頃は忙しい週末のオペレーションが大変でしたね。開店したと思ったらあっという間に閉店時間を迎えることもざらでした。最近はいろいろと工夫することでオペレーションもスムーズになり、長々とお待たせすることはほとんどなくなりましたね。このことはぜひ載せてください(笑)
——こちらのコーヒーにはどんな特徴があるんでしょうか?
倉又さん:「鈴木コーヒー」さんのパートナー店舗ですので、世界各国から輸入されたコーヒー豆を豊富に揃えています。そのなかから、お客様の好みに合わせて選んでいただくことができるんです。
——では、おすすめのメニューを教えてください。
倉又さん:お客様にもよく聞かれるんですけど、そのたびにこう答えているんです。「全部です」(笑)。自分が美味しいと思うものしか提供していないので、おすすめは全部なんですよ。
——でも、そこであえて選んでいただくなら……。
倉又さん:う〜ん……、好みはあると思いますけど、夏限定メニューの「コーヒートニック」や「シェケラート」でしょうか。「コーヒートニック」は浅煎りコーヒーとトニックウォーターをミックスしたドリンクで、「シェケラート」はエスプレッソと甘味料、氷をシェイカーでシェイクしながら急冷したドリンクです。どちらも夏らしい爽やかな味わいがあります。
——夏にぴったりですね。ちなみに、どんなお客さんが多いんですか?
倉又さん:女性のお客様が多くて、おしゃべりの場になっていますね。耳の聞こえない人同士が手話で盛り上がっていることも多いです。
——これからは、どんなふうに営業していきたいと思っていますか?
倉又さん:コーヒーを飲みながら手話で交流を深めたり、手話を使ってコーヒーを学べたりするような機会を作っていきたいと思っています。そうすることで、障がいの垣根を越えて誰もがくつろげる「サードプレイス」を作っていきたいですね。
NOBI by SUZUKI COFFEE
長岡市三和3-8-21
11:00-18:00
水曜休