両津港佐渡汽船ターミナルから歩いてすぐの場所に「餃子&珈琲 おにCafe」というカフェがあります。カーフェリーやジェットフォイルの乗船時間待ちにもぴったりなこのカフェは、いったいどんなお店なんでしょうか? 「おにママ」ことオーナーの井上さんを訪ねてドアをくぐってみると……。
餃子&珈琲 おにCafe
井上 ゆかり Yukari inoue
1968年佐渡市生まれ。東京の短大を卒業後、飲食店や出版社でアルバイトを経験。2001年に子育てのため佐渡へ帰郷し、母親の経営するラーメン店を手伝う。「Tully’s Coffee」でコーヒーを学び、2018年に「餃子&珈琲 おにCafe」をオープン。2022年に店舗をリニューアルする。最近はキッチンカーでイベントにも飛び回っている。佐渡の伝統芸能・鬼太鼓が大好き。
——うわ〜、お店のなかに鬼太鼓の写真がいっぱい飾ってあるじゃないですか(笑)。佐渡ムードが盛り上がりますね。
井上さん:小学4年生のときに始めてから、ずっと鬼太鼓が大好きなんですよ。神事ということもあって、女性がやってはいけないという風潮があったんですが、住んでいた集落は漁師町だったのでノリがよかったんでしょうね(笑)。ただ今でも女性は神社に入れないとか、鬼太鼓の道具に触れられないという集落もあるんです。
——へぇ〜、なかなか厳しいきまりがあるんですね。
井上さん:私も大人になって演じることからは離れましたけど、それでも年1回のお祭りには、東京から欠かさず里帰りをして最前列で見ていましたよ。
——今は見ることに専念されている、と。
井上さん:ところが……佐渡に帰ってきてから子どもに鬼太鼓をやらせたら血が騒いでしまって。父兄として少しずつ参加するようになっていきました(笑)
——そうなんですね(笑)。さっきから気になっている写真があるんですけど、これってニューヨークの摩天楼じゃないですか?
井上さん:そうなんです。鬼太鼓の愛好家が集まって、ニューヨークで門付(かどづけ)をしてきたときの写真なんですよ。向かって右から2番目の小さい鬼が私です(笑)
——門付というのは?
井上さん:家々の厄を払って回ることをいいます。鬼の姿で街を歩いていると、現地の人から興味津々で話しかけられましたね。なかでも地下足袋に興味を持つ人が多くて「それはどこで売っているんだ?」と聞かれたので、ニューヨークで売ったらバカ売れ間違いなしですよ(笑)。他には大学のホールで実演したり、学生相手に太鼓や獅子舞のワークショップを開いたりもしました。
——ニューヨークまで行っちゃうって、すごい情熱ですね。
井上さん:好きというだけじゃなくて、「佐渡の素晴らしい伝統文化を残していきたい」っていう気持ちがあるんです。だから鬼太鼓だけじゃなくて、鬼の面を彫ったり、娘と一緒にわらじや鍋敷きなんかの竹皮細工もやっています。
——東京で結婚した井上さんが、新潟に帰ってきたのはどうしてなんですか?
井上さん:ふたりの子どもたちがめちゃめちゃ元気過ぎて、住んでいた団地の下の階から苦情が来るほどだったんです。だったら、もっとのびのび育てられる環境で暮らそうと思って、佐渡に帰ってくることにしました。ひとりでラーメン店をやっていた母を手伝う代わりに、子どもたちの面倒を見てもらえるし、お互いにとっても助け合えたんです。
——なるほど。「おにCafe」はどんないきさつではじめたんですか?
井上さん:私はコーヒーの香りが大好きだったので、その当時、佐渡に新しくできたタリーズでアルバイトをしていたんです。そのときに「コーヒーアドバイザー」の資格を取ったんですけど、資格を取ってみると今度は自分の好きなコーヒーを淹れたくなってくるんですよ。
——それで「おにCafe」をはじめたんですね。
井上さん:あと、母がやってきたラーメン店は閉めたんですが、人気メニューだった餃子の復活を求める声が多かったので、餃子だけでも復活させたかったんです。最初は母のラーメン店をほとんどそのまま使っていましたが、今年の「佐渡の日」、3月10日に改築してリニューアルオープンしました。ラーメン店時代からのイスやランプシェードはそのまま使っているので、昔から来ているお客様には懐かしがっていただけますね。
——こちらでは、どんなメニューが楽しめるのか教えてください。
井上さん:コーヒーは佐渡で焙煎している「オケサドコーヒー」を使っています。ただ、毎年9月だけは高知のコーヒー店から取り寄せた豆を使うんです。鬼太鼓を通した知り合いの子が亡くなってしまったので、お祭りのある9月だけは、高知にあるその子の実家のコーヒー店から取り寄せた豆を使っています。
——人とのつながりを大切にしていることがよくわかります。今僕がいただいているコーヒーはちょっと変わった香りがしますが……。
井上さん:「くろもんじゃコーヒー」といって、「クロモジ」という日本固有種の樹木の皮を使ったものなんです。この木の皮には殺菌、抗ウィルス作用があるといわれていて、フグの毒消しにも使われていたようなんですよ。知り合いの野菜研究家にクロモジ入りのコーヒーを飲ませてもらったとき、ハーブティーみたいな香りのコーヒーに衝撃を受けたんです。
——それで、自分のお店でも提供しようと思ったんですね。
井上さん:そうなんです。ところが佐渡のいたるところに生えているって聞いたのに、いざ探してみたらなかなか見つからないんですよ。植物に詳しいお年寄りに聞いてもわからないんです。でも、よくよく調べてみたら、佐渡では「クロモジ」じゃなく「くろもんじゃ」と呼ぶことがわかって、「くろもんじゃ」で聞いてみたらすぐ見つかりました(笑)
——(笑)。確かにハーブティーに似た感じのコーヒーですね。
井上さん:後味がスッキリしていて飲みやすいし、いつもは砂糖を入れないとコーヒーを飲めない人も、そのまま飲めちゃうんです。
——メニューにある「おにきん」って何ですか?
井上さん:鬼太鼓の鬼をデザインした、人形焼みたいなお菓子です。娘にデザインしてもらったんですけど、鬼の顔の再現にはこだわりましたね。バックは佐渡島の形と、振り乱した鬼の髪を掛け合わせたイメージなんです。鬼の顔を忠実に再現するためには、ちょっと大きめにしなければならなかったんですが、大判焼きの生地では食べ飽きてしまうと思ったので、軽めのワッフル生地を使うことにしました。
——中身はあんこですか?
井上さん:あんこの他に、番茶や甘納豆があります。最近はヴィーガンや食物アレルギーの方でも食べられるように、豆乳や甘酒を使った「おにきん」も提供しています。他にも季節によって旬の食材を使っているんです。
——「おにきん」の「おに」はわかりますけど、「きん」ってどういう意味なんでしょう?
井上さん:昔から地元に「もじゃきん」っていうお菓子があって、子どもたちのソウルフードだったんですよ。「もじゃむ」っていう屋号のお店で作っている「きんつば」だから「もじゃきん」って呼ばれていたんじゃないかな。今では作る人がいなくなった「もじゃきん」を復活させたかったので、「おにきん」として新しく作ることにしたんです。
——お話を聞いていると「残したい」とか「復活させたい」っていう言葉が、ちょくちょく出てきますね。
井上さん:母の餃子にしても、地元ソウルフードの「もじゃきん」にしても、鬼太鼓にしても、絶やしたくないし次世代につなげていきたいんだって思っていることに、私も最近になって気がつきました(笑)。「おにCafe」が島内の人と島外の人をつなぐ場所だったり、伝統文化を未来につなぐ場所だったり、いろいろなものをつないでいける場所になったら嬉しいですね。
餃子&珈琲 おにCafe
佐渡市両津湊110
0259-27-2420
11:00-17:00
木曜休