1868年に結ばれた日米修好通商条約で、横浜、神戸、函館、長崎、そして新潟の5港が開港したことはご存じの通りです。それぞれの港から異国の文化が国内に流入し、例えば食の面では「洋食」の文化が栄えました。当時、新潟でも西洋料理店「イタリア軒」が開業し、それを機に多くの洋食店が生まれたそうです。今回紹介する「ピーア軒」も、そのひとつ。歴史あるお店のマネージャーを務める廣田さんに、老舗洋食店の歴史やこだわりについてお聞きしてきました。
ピーア軒
廣田 辰巳 Tatsumi Hirota
1970年新潟市中央区生まれ。新潟市内のホテルで調理師の修行をはじめ、同系列のビール園で料理長、メインダイニングの店長などを経験。38歳のとき「ピーア軒」にホールスタッフとして入社し、現在は営業統括部長兼マネージャーとして、メニューや商品の企画開発に至るまで幅広く担当している。趣味のアクアリウムは20年以上のベテラン。
——「ピーア軒」はとても歴史のあるお店なんですよね。
廣田さん:まず明治7年にイタリア人コックのピエトロ・ミリオーレという人が、新潟市の西堀で西洋料理店の「イタリア軒」を開業しました。「ピーア軒」創業者の間松太郎(あいだ まつたろう)は12歳から「イタリア軒」で奉公して、雑用から調理係になるまで13年間修行しました。その後、松太郎は東京の「精養軒(せいようけん)」で本場西洋料理を学んで、大正12年に新潟市の白山浦で「ピーア軒」を開業したんです。あと少しで創業100周年を迎えます。
——創業100周年ってものすごい歴史ですね。ちなみに「ピーア軒」という名前にはどんな意味があるんですか?
廣田さん:松太郎の実家が梨の行商をしていたことから、松太郎はイタリア軒時代、親しみを込めて「梨」のイタリア語「ピーア」というニックネームで呼ばれていたそうです。その頃のニックネームから店名を「ピーア軒」にしたんです。
——100年もやっていると、そうとうたくさんのお客さんが来たのでしょうね。
廣田さん:昔から役所の近くにあったので、県知事、県会議員、市長、大会社の社長といった方々がお食事にいらっしゃいました。みんな普段の公務では見せないような素の表情でお食事をされてますね。それからご年配のお客様がお食事にきて「昔は敷居が高くてなかなか来れなかったけど、ようやく来ることができた」と言ってくださることもあります。100年営業しているという看板は昨日今日でできるものではないので、そんなお店で働けることに誇りと幸せを感じますね。
——廣田さんは「ピーア軒」で働く前はどんなことをされていたんですか?
廣田さん:父親が居酒屋をやっていたので、私も料理には興味があったんです。それでホテルに入社して調理場で働きました。当時の調理場修行はとても厳しくて、フライパンが飛んできたりしましたけど、辞めたいと思ったことはなかったですね。それに、そういう厳しい先輩に限って飲みに連れていってくれたりするんですよ(笑)。昔は飴と鞭をうまく使える人が多かったんですね。
——ずっと料理人の修行をしてきたんですか?
廣田さん:ホテル内のビール園の料理長、メインダイニングの店長、宴会マネージャーといろいろな仕事をやってきましたけど、パソコンが使えるということで事務仕事も増えてきたんです。そんなとき「ピーア軒」で料理長をやっていた妻の父親に誘われて、ホールスタッフとしてこちらに入社することになったんです。
——そうだったんですね。廣田さんは今、「ピーア軒」でどんな仕事をしているんですか?
廣田さん:営業統括部長とマネージャーを務めさせていただいてます。ホテルのときとは違ってスタッフが少ないお店なので、いろいろなことをやっていますよ。ホールスタッフはもちろん、調理場にも目を光らせていますし、備品の修理、タイヤ交換、設備のメンテナンス……。利益を生むために自分でできることは何でもやるようにしています。網戸まで自分で作りますから……(笑)
——網戸まで(笑)。本当に何でもやっちゃうんですね。普段マネージャーとして気をつけていることってあるんですか?
廣田さん:お客様の中には月に4〜5回もご来店くださる常連さんもいるんです。そんなお客様のときは料理が前回とかぶらないように注意しています。ご本人はもちろん、同伴者の中に前回来たばかりの人がいることもあるので、ご予約の際は同伴者のお名前も伺うようにしているんです。それでもたまに来たばかりのお客様がご一緒に来店されることがあるので、そんなときは急遽お料理を変更することもあります。
——「ピーア軒」の看板メニューでは「タンシチュー」が有名ですよね。
廣田さん:はい。箸でも切れるほど柔らかいお肉が自慢です。そのためには牛タンを5日間くらい煮込み続けるんですよ。デミソースも4日間くらい煮込んでいます。年がら年中煮込んでいますね(笑)。野菜を3種類使っているんですが、季節によって甘みが変わったりするので、味が変わらないようホールスタッフもしっかりチェックしてから、お客様にお出ししています。
——とても手間をかけて作られているんですね。他にも昔から変わらない料理ってあるんですか?
廣田さん:「グラタンソース」という料理は昔からのレシピで作られています。「グラタン」というと「マカロニグラタン」を連想する方も多いと思いますが「ピーア軒」ではマカロニを入れずに、玉ねぎ、鶏肉、干し椎茸といったシンプルな材料で作ります。
——いかにも昔から続いている料理って感じですね。逆に昔と変わったメニューってあるんですか?
廣田さん:「ビーフカレー」には10年前から村上牛を使い始めました。少しずつグレードを上げて、時代に合うようにブラッシュアップしてきているんです。ずっと前はビーフカレーじゃなくて「ポークカレー」だったんですよ。実は6月12日まで期間限定で「今昔ステーキカレーライス」というメニューを提供しています。昔の「ポークカレー」と今の「ビーフカレー」を相掛けしてあるので、両方を食べ比べていただけるんです。
——長い歴史がある老舗ならではのメニューですね。最後に、今後新しくやっていきたいことはありますか?
廣田さん:現在販売中の、電子レンジで温めるだけで食べられるドリアシリーズは、これからも新商品を開発していきたいと思っています。このシリーズは休校で家にいる子どもでもひとりで作れるように考えて開発しました。電子レンジで簡単に作れて、食器を洗う必要もないので便利だと思います。そうした商品を簡単にご購入いただけるよう、ホームページもリニューアルしているところなんです。昨年は周年祭を開催できなかったので、今年の98周年祭はしっかり開催したいですね。そして100周年を目指したいと思います。
もうじき100年を迎える歴史ある西洋料理店「ピーア軒」。営業統括マネージャーとして店を守り続ける廣田さんから、老舗で働く誇りや喜びをお聞きしました。これからもお店の歴史と新潟の洋食文化を支え続けていただきたいです。
ピーア軒
新潟県新潟市中央区白山浦1-631-4
025-266-1661
11:00-13:00/17:00-21:30
日曜休