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日常酒も新しいお酒も。愛される日本酒をつくり続ける「笹祝酒造」。

新潟市の角田浜周辺にはいろいろなお酒の醸造所が集まっています。ワイナリー、クラフトビール、そして日本酒の酒蔵。「笹祝酒造」もそのひとつ。明治32年から今日に至るまで、地元の人々に愛され続けている「笹祝」が有名です。今回は6代目社長・笹口さんに、愛される地酒のお話や、新しい挑戦について、いろいろと聞いてきました。

 

 

笹祝酒造株式会社

笹口 亮介 Ryosuke Sasaguchi

1985年新潟市西区生まれ。法政大学経済学部卒業後、横浜の酒販店に就職しワインショップのスタッフや営業を経験。その後、新潟に戻って家業の「笹祝酒造株式会社」に入社。6代目として社長に就任する。居酒屋探訪が趣味。最近は本町エリアのお店をまわっている。

 

宿場町の茶屋から始まった「笹祝酒造」の歴史。

——今日はよろしくお願いします。まずは「笹祝酒造」の歴史から教えてください。

笹口さん:明治32年に創業しました。目の前にある通りが江戸と越後を結ぶ北国街道で、この辺りは宿場町だったんです。最初は茶屋を営んでいたんですが、お酒がよく売れていたので自分たちで酒づくりを始めるようになったんですよ。

 

——へ〜、お茶屋さんだったんですね。

笹口さん:最初の頃はいろんな商売をやっていたようです。お酒はもちろん、味噌や醤油をつくっていたこともあったし、養豚業や銀行の出張所もやっていたこともありました。

 

——かなり手広いですね……。酒蔵としては今まで順調に続いてきたんでしょうか。

笹口さん:戦時中は政府にとってお米が大切なので、酒づくりに大量のお米や水を使う酒蔵は統廃合されて、どんどん軒数が減っていったんです。「笹祝酒造」も標的にされたんですけど、なんとか統廃合を免れて今まで残ることができたんです。

 

笹口さんが「笹祝酒造」を誇りに思ったきっかけとは。

——笹口さんは6代目として「笹祝酒造」を継ぐつもりだったんですよね。

笹口さん:いつかは継がなければという意識はあったんですけど、酒蔵に興味があったわけでもなかったんです。おばあちゃんの家とか、さびれた町工場のイメージしかなかったんですよ。新潟には何にも面白いところがないと思っていたし、都会でバリバリ働いているビジネスマンに憧れていたので、東京の大学に入学して経済学を勉強しました。

 

——それがどうして新潟に戻って酒蔵を継いだんですか?

笹口さん:大学に通いながら日本酒の立ち飲みバーでアルバイトをしていたんですけど、そこに来るお客さんというのが自分の憧れていた都会のビジネスマンたちで、その人たちが新潟のお酒を美味しそうに飲んでいるんですよ。その中には実家で造っている「笹祝」もあったんです。お客さんとの会話でも「実家が新潟で酒蔵をやっている」って話すと、うらやましがられるんですよね(笑)。実家の「笹祝酒造」をさびれた町工場としてしか思っていなかったけど、都会の人たちにとっては憧れなんだと知って誇らしくなったんです。私が継がなければ蔵を閉めることになっていたので、お酒を残すためにもやってみようと思ったんですよね。

 

 

——憧れていた人たちから、逆に憧れられたわけですね(笑)。それで卒業後はすぐ新潟に?

笹口さん:いいえ、せっかくだから都会でしか学べないことを勉強してから帰ろうと思って、横浜にある酒販店に就職しました。日本酒は帰ってからいくらでも勉強できるので、バーを併設したワインショップで働くことにしたんです。高価なワインはなかなか試飲する機会がなかったんですけど、ボトルの底に残ったワインを飲んでみたり、お客さんの感想を聞いたりして勉強しました。

 

——日本酒以外のお酒を勉強することで、先々、視野も広がりそうですね。

笹口さん:そうですね。3年間ワインショップで経験を積んだ後、今度は営業として横浜の飲食店を回りました。そのお店に合ったドリンクメニューの提案をしたり、どの料理にどんなお酒が合うかのコーディネートをしたり、お客さんのから相談に乗っているうちに、飲食店がどんなものを求めているのか、知ることができましたね。

 

昔ながらの地酒を守り続け、新しいお酒を生み出す。

——「笹祝酒造」のお酒にはどんなものがあるんでしょうか?

笹口さん:大きく分けてふたつの柱があるんです。ひとつは私たちが「生活酒」と呼んでいる、昔から地元の人たちに愛され続けてきたお酒。昔はどの家にも一升瓶が置いてあって、日常風景の中に日本酒があったんですよね。でも、普段着だった着物が今では特別な日にしか着られなくなったように、日本酒も特別な日にしか飲まれなくなりつつあると思うんです。そうではなく、日常生活の中で毎日飲んでもらえるお酒として、「笹祝」をこれからも守り続けていきたいですね。

 

 

——生活酒ならではのこだわりみたいなものもあるんですか?

笹口さん:毎日飲んでも飽きないような、辛口過ぎない辛口にしてあります。甘辛のバランスが変わらないようにつくっていますが、お米の質やつくる量によって変わってきてしまうんですよ。ある程度の量をつくらないと味が安定しないんですけど、最近は日本酒を飲む人が減ってきているので、安定した量をつくるのが難しくなっているんです。

 

——へ〜、量でも味が変わってくるんですね。

笹口さん:そうなんです。あと以前は新潟県産米を使っていたんですが、最近では新潟市産米を使うことで、より地域に密着した酒づくりをするようになりました。その土地の風土や歴史などを紹介できるような、物語性のある商品が求められてきているので「笹祝」も巻を語れるような地酒にしていきたいですね。

 

——なるほど。あともうひとつの柱についても教えてください。

笹口さん:日本酒離れをなんとかするために、「日本酒って面白いね」って思ってもらえるような新しいものをつくっていこうと思っているんです。でも最初はどんなものがいいのか検討もつかなかったので、いろいろな人に協力してもらって、「笹祝新作製作会議」として、酒屋や新潟大学日本酒サークルの学生さん、その他にも日本酒が好きな人たちを巻き込んで「チャレンジブリュー」として新しいお酒をつくったんです。

 

——みんなでつくるって、どんなふうに?

笹口さん:お酒の味についてはもちろん、ネーミングやボトルデザイン、価格、販売方法までアイデアを出し合って、それを元につくり上げていくんです。自分たちでは思いつかないような斬新な発想が出てくるし、今までやったことのない新しい醸造方法に取り組むことでスキルアップできるし、メリットになることが多いですね。「チャレンジブリュー」で完成したお酒の中で感触がよかったものは「アンサーブリュー」として商品化しています。

 

——ほう、どんな商品がありますか?

笹口さん:「サササンデー」という「日曜日の日本酒」がテーマになった商品があります。「明日から仕事だから日曜日は日本酒は控える」っていう人に向けて、日曜日でも飲めるようにつくった日本酒なんです。「サササンデー」っていう名前の「サン」には日曜日という意味の他に、太陽の下で飲んでほしいという「SUN」とか、甘酸っぱい味の「酸」とかの意味が込められています。アウトドアで飲んでいただくことにこだわって、クーラーボックスに入れて水に濡れても大丈夫なボトルデザインになっているんです。手軽に飲めるカップ酒まで造りました。

 

大きな古民家でもある酒蔵を活用したい。

——笹祝酒造さんは、他にもキャラクターグッズやコラボ商品などいろいろな展開をされていますけど、今後新しくやってみたいことってありますか?

笹口さん:笹祝酒造の建物は酒蔵であると同時に、大きな古民家でもあるんです。現在の建築基準法では建てることができない、けっこう貴重な建築物なんですよ。酒蔵見学は予約制で受け付けているんですけど、もっとこの建物を有効に使った何かをやれたらいいなと思っています。ただ、今はいろいろな面で余裕がないので、将来の宿題にしたいですね(笑)

 

 

長い間地元で愛され続けてきた「笹祝」を守りながら、新しい日本酒も生み出している「笹祝酒造」。ふたつの相乗効果で、日本酒が多くの人により日常的に愛されるよう挑戦を続けています。皆さん、これからの季節、アウトドアのお供に「サササンデー」を楽しんでみてはいかがでしょうか。

 

笹祝酒造株式会社

新潟県新潟市西蒲区松野尾3249

0256-72-3982

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