タスマニアに魅了された店主の新しい蕎麦、蕎麦屋「新ばし」。

オーストラリアの人たちに伝えた「SOBA」の魅力とおいしさ。

「挽きたて、打ちたて、茹でたて」、これが揃えば間違いなくうまいといわれる、蕎麦の三たて。昔から庶民に愛され、伝統的な食文化のひとつとして成熟した日本の蕎麦ですが、この蕎麦の魅力を南半球にはじめて伝えた男性がいます。2019年に南浜通にオープンした蕎麦屋「新ばし」の店主である柴﨑さん。オーストラリア・タスマニア産の蕎麦の魅力、これまでの経歴など、蕎麦に捧げた人生をお聞きしてきました。

 

新ばし

柴﨑好範 Yoshinori Shibasaki

1951年静岡県生まれ。短大卒業後、貿易会社での勤務を経て蕎麦の道へ。オーストラリアにて蕎麦屋の出店、シンガポールでの蕎麦屋のプロデュースなど、多岐に渡る活動の末、2019年「新ばし」を新潟にオープン。

 

老舗蕎麦屋の次男、海外へ行く。

――本日は、よろしくお願いします。柴﨑さんのご実家は、蕎麦屋さんなんですよね?

柴﨑さん:静岡にある昭和29年創業の蕎麦屋「新ばし」といって、このお店と同じ名前です。私は次男として生まれ、現在は兄が継いでいます。

 

――老舗ですね。そちらで修業をされていたんですか?

柴﨑さん:どちらかといえば蕎麦は修行先で覚えましたね。東京の有名店を中心に、大阪の蕎麦屋など多くの職人さんたちが教えてくれました。あとは妻と一緒に長野県などへ食べ歩きをしに行きました。本当はフレンチとか、洋食を食べに連れて行ってほしかったそうですが(笑)

 

――それ、取材前にも伺いました(笑)。蕎麦ばかりで洋食に飢えていたと。

柴﨑さん:そうですよね(笑)。まぁ、そんなこんなで18年間、静岡を拠点にして、蕎麦の腕を磨きました。ウナギとかおいしい食べ物もあり、自然も豊かで住みやすかったんですが、何か物足りないのと、ちょっとした思いもあって、その後は海外へ行くことになりました。

 

――海外ですか?

柴﨑さん:1988年に、幼少期からの知り合いの「白鳥製粉株式会社」の白鳥社長が、オーストラリアのタスマニアで蕎麦の栽培をスタートしたんです。これをキッカケに家族で視察へ行くようになって。蕎麦の花の素晴らしさ、タスマニアの過ごしやすい環境に惚れ込んで、家族で移住することにしたんですよ。蕎麦をオーストラリアの社会に根付かせたいという思いもあったので。

 

オーストラリアでの蕎麦は「SOBA」。39歳の決断。

――オーストラリアで蕎麦ですか。それは思い切りましたね…。ご家族を連れてタスマニアに移住されたんですね。

柴﨑さん:子どもは嫌がりましたが(笑)。1991年7月、39歳の時です。はじめの2年間は寿司バーで働きながら日常会話を覚えて、その後は、ビジネスならシドニーだと考えて蕎麦屋を出店する目的で移り住みました。

 

――オーストラリアで蕎麦を提供することに不安はありましたか?

柴﨑さん:もちろんありました。できることは蕎麦打ちだけですから。でも、外国人といえど、「きっとおいしいモノは分かってくれる」という強い信念があったので、情熱が勝っていましたね。それに白鳥社長が丹精込めて育ててくれたタスマニア産の蕎麦もあったので。

 

――実際に出店してみて、オージーたちの反応はどうでしたか?

柴﨑さん:そう甘いもんじゃありませんでした。はじめの半年はほとんどお客さんが来なくて。街のレストランを食べ歩いて、どんなもモノを好んで食べているか調べて、時間帯ごとの客数を数えるとか試行錯誤と市場調査の日で々がしばらく続きました。

 

――そもそも、オーストラリアでは蕎麦の認知度って、どうなんですか?

柴﨑さん:焼きそば、ラーメンなど、アジアで食べられている麺類を総称してヌードルです。なので、蕎麦もヌードルの仲間。まったく認知度はありません。しかも、英語で蕎麦は「Buckwheat」といい、「SOBA」ではないんです。余計に認知されていないわけですよね。

 

 

――「SOBA」じゃないんですね。蕎麦なのに…。

柴﨑さん:でも「SOBA」としてオーストラリアの人たちに食べて、知ってもらいたく、私たちは「SOBA」の名称を貫きました。そして、タスマニアで育った蕎麦を打っていることや、蕎麦の魅力を含め、とにかく来店された方に説明をして伝えることに注力しました。

 

――「SOBA」といえど、タスマニアで育った蕎麦を使っていれば馴染みがありますよね。で、とにかく「SOBA」を伝えた結果、印象は変わりましたか?

柴﨑さん:タスマニアで育った蕎麦を使って、オーストラリア人にも食べやすい蕎麦を打ってこそ、はるばる海を越えた価値があります。徐々に、認知度は高まりましたね。常連さんも付いてきて、でも日本で培ってきた本来のスタイルは決して崩さない。この考えが浸透してくれたのか、最近では「SOBA」という言葉がオーストラリアだけでなく海外でも定着しています。有名なレストランでもメニューの中に見られるようになり、各国のシェフが蕎麦打ちを見に訪ねてくるようにもなりました。

 

――「SUSHI」が定着したように、「SOBA」も世界に認められたんですね。

柴﨑さん:ちなみにシドニーの店は漫画「美味しんぼ」にも掲載されたんです。外国で「SOBA」の魅力を現地で育った食材を用いて提供している店舗として。登場人物の仲直りのキッカケにもなったんですよ(笑)

 

世界から日本へ。新潟にやってきた「新ばし」。

――おお、山岡士郎だ…。シドニーでは何年くらいお店をしていたんですか?

柴﨑さん:約20年です。席数は50から100へと増えて、店舗展開も。こうした活動が他社から注目されて、シンガポールで飲食店を多店舗展開する「RE&S」という会社から依頼を受け「シンガポール新ばし」のプロデュースもしました。

 

――ワールドワイドな活躍をされていたんですね。でも、どうして新潟でお店を開いたんですか?

柴﨑さん:シドニーの店舗は家賃高騰などの理由で売約したんです。それからさまざまな蕎麦屋のプロデュースに携わって、結果、自分の店がまたやりたくなって。あとは日本が恋しくなったんですかね(笑)。それで東京都内や伊豆など、物件探しをしていたんです。そのひとつの候補として、妻の故郷である新潟もあがっていました。

 

――新潟が候補にあがった理由は、奥さんのご実家だからなんですね。

柴﨑さん:新潟には時々来ていて、米、野菜、魚もおいしくて、海と山があって素晴らしい環境だなって、気になっていたんです。そしたらこの物件に出会って、即決しましたね(笑)

 

 

――新潟を気に入ってくれてうれしいです。それでは、タスマニアの恵みが詰まった蕎麦の特徴を教えてもらえますか?

柴﨑さん:まず、食感とコシに特徴があります。新蕎麦は真ん中がスッポ抜けた印象を受けますが、この蕎麦はしっかりと中までギュッと詰まっているような食べ応えがあります。コシもあり、香りは洗練された印象ではなく、力強く大地を感じる、とにかく蕎麦の存在感がドッシリと感じられるんです。

 

――なんか、濃厚な蕎麦といった印象ですね。

柴﨑さん:オーストラリアは紫外線が強くて、日陰へと動けない蕎麦が身を守るために発達したのがルチン(血流をスムーズに流す作用があるといわれている)です。甘み成分を豊富に含んでいるので、蕎麦の味が濃くなるんだと思います。ちなみに、日本と同じ面積で蕎麦を育てた場合、タスマニア産は約3倍もの収穫量があるんです。肥沃な土地がしっかりと蕎麦を育ててくれているんでしょうね。

 

――そんなタスマニア産の蕎麦、新潟のお客さんの反応はどうでしたか?

柴﨑さん:「こんな蕎麦、はじめて食べた」と驚いています。コシが強く、存在感があるので新潟の蕎麦とは印象が異なるんじゃないですか。それに、蕎麦つゆは江戸前の辛口を使用しています。新潟では出汁感のある薄口が主流なので、珍しいと思います。まだ開店して1ヶ月ほどの蕎麦屋です。オーストラリアやシンガポールで受け入れてもらえたように、新潟の方にも「おいしい」といっていただけたら、職人冥利に尽きますね。

 

新潟で感じるタスマニアの蕎麦。いかがでしょうか?

個人的に蕎麦が大好きな私。蕎麦という食べ物は、日本でしか食べられず(乾麺を除く)、日本でしか育てられていないと思っていましたが、今回の取材でその思い込みが覆され、たくさんの驚きを得ました。また私もオーストラリアに滞在経験があるので、なつかしい話に花が咲いた楽しい取材となりました。最後に頂いた蕎麦は、確かに今まで食べていた蕎麦と印象がいい意味で違い、オヤマボクチ(ヤマゴボウ)をつなぎに使用した蕎麦のように力強く、新潟では珍しい辛口の蕎麦つゆと合わさり新鮮な味わい。江戸っ子らしさを感じることができました。

 

 

 

新ばし

新潟県新潟市中央区南浜通一番町374

025-211-4769


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