今春、新潟市西区の寺地エリアに「寺地食堂(てらじしょくどう)」という名のお店がオープンしました。一見、地名をそのままお店の名前にしたシンプルな発想のように思えますが、そこにはオーナー・阿部さんの深い思いが込められていたのです。
寺地食堂
阿部 一博 Kazuhiro Abe
1967年新潟市中央区生まれ。調理師専門学校卒業後、新潟市のホテル、フランス料理店で接客を経験し、2010年に古町で「わいんばー あべ」をオープン、2025年にワインバーを閉店して新たに西区で「寺地食堂」をオープンする。趣味は中学時代から弾いているギター。
——まずは阿部さんのこれまでを教えてください。
阿部さん:調理師専門学校を卒業してから新潟市内のホテルに勤めたんですが、調理師がいっぱいだったので接客の仕事に回されたんです。最初は戸惑いましたが、だんだんと接客業の楽しさを知って、その仕事を長い間続けることになりました。
——調理師を目指していたんですね。
阿部さん:子どもの頃、近所にホテルのシェフが住んでいたんですよ。町内でバーベキューなんかをやるときに、ちゃちゃっと手際よく調理する姿を見て、子ども心に「かっこいいな」と憧れていました。
——でも、接客の仕事に興味が移った、と。
阿部さん:お客様の声を直に聞くことができるし、いろんな料理を見ることができるんですよ。接客業へシフトしていくと同時に、ワインに対しても興味を持つようになっていきました。ホテルの後は2軒のフランス料理店で接客を経験して、そのうち1軒では支配人として働きました。
——かなり長い間接客業をやってこられたんですね。
阿部さん:24年くらいやっていましたね。でも最後にいたフランス料理店が閉店することになってしまったので、2010年に独立して「わいんばー あべ」をオープンすることにしたんです。2軒目以降にぴったりなワインバーで、オーダーがあれば料理も提供できる店でした。
——まだ調理師としての仕事の経験はなかったんですよね。料理は独学で覚えたんですか?
阿部さん:私が勤めてきた店のシェフは親切な人ばっかりだったので、料理についていろんなことを教えてくれたんですよ。そうした知識が役に立ちましたね。でもオープンして経営が軌道に乗ってきた頃、東日本大震災が起こってしまったんです。仕方ないことですけど経営を立て直すのには長い時間がかかりました。
——コロナ禍の期間も大変だったんじゃないですか?
阿部さん:緊急事態宣言が出てからはずっとお休みしていましたね。時間はあったのでワインの勉強をしようと思って、長野や山梨のワイナリー巡りをしました。それまでは外国のワインと比べて日本のワインを下に見ていたんですけど、国産ワインの繊細さに触れて見方がすっかり変わりました。
——自粛期間も無駄にはならなかったみたいですね。
阿部さん:そうですね。あと休むことの大切さを知りました(笑)。頭や身体を休めてリセットすることの大切さを、コロナ禍のおかげで気づくことができたんです。
——なるほど。
阿部さん:でも、どんなに大変なときでも、お客様をはじめ周りの方々に支えられて続けてくることができました。本当に感謝しています。
——「寺地食堂」をオープンすることになったのはどうしてなんですか?
阿部さん:私は元々朝型の人間なんですけど夜型の生活を続けてきたことでダメージが蓄積されてきたので、そろそろ昼営業の店をやりたかったんです(笑)。あと地域に根ざした店を営業することで、地元に恩返ししたかったという気持ちもあります。
——どのように恩返ししたいと考えていますか?
阿部さん:この辺りはひとり暮らしのおばあちゃんがとても多いんですよ。だから少しでも食事のお手伝いができればいいなと思っているんです。食を通して学校行事に関わったり、子ども食堂を開いたりしてみたいとも思っています。地域の人に信用してもらえて、いろいろと頼ってもらえるような店でありたいですね。
——地域の方々にとってはありがたいことですね。だから店名にもダイレクトに地名を使っているんでしょうか?
阿部さん:そうなんです。子どもからお年寄りまで、誰でも覚えられる名前にしたかったんですよ。お洒落な店名を想像していた周りの人たちには笑われましたけど、地元に住む高齢者の皆さんには大好評で「よく地名を店名にしてくれた」と感謝されています(笑)
——メニューについてもお話をお聞きしたいと思います。どんな料理がオススメなんですか?
阿部さん:どれもオススメですけど、人気があるのは「だし角煮定食」と「グリーンカレーセット」、それから「パスタセット」ですね。
——それぞれどんなメニューなのか教えてください。
阿部さん:「だし角煮定食」は、豚の角煮をあっさり食べることができないかと考えたメニューなんです。そこで豚肉を和風だしと合わせることを思いついたんですが、長時間煮込むとだしがダメになってしまうんです。そこで豚肉はジンジャーエールと米のとぎ汁で煮込んで、別につくっておいた和風だしと合わせることで、あっさり食べられる角煮が誕生しました。
——年配のお客さんにはうれしいメニューですね。
阿部さん:そうなんですよ。「グリーンカレー」は、サウジアラビアのタイ大使館で料理をつくっていたバンコクの料理人から教わったんです。お互いに言葉が通じない同士なんだけど、スーパーで材料を買ってきて一緒につくりながら教わりました(笑)。ポイントはハーブを使って清涼感を出すことで、とても辛いのにどんどん食べたくなる中毒性のあるカレーになっています。
——こっちは若いお客さんに人気ありそう。
阿部さん:パスタについては誰でもつくれる料理だから、最初は提供するつもりがなかったんですよ。家でつくって食べればいいじゃんって思っていました。ところが周りから「なんで出さないんだ」「やらなきゃダメだ」という声があまりにも多く上がったので提供してみたら、人気が出たんです(笑)
——今まで見たことないようなビジュアルのパスタが、目の前にあるんですけど……。
阿部さん:これは夏期限定メニュー「トマトかき氷のパスタ」です。ワインバー時代に提供していたメニューをアップデートしました。
——なんでまた、パスタにかき氷をトッピングしちゃったんですか?
阿部さん:ワインバー時代に、冷製パスタを提供したくてもなかなか冷えないことに頭を悩ませていたんです。そこで氷を入れてみようかとも思ったんですけど、パスタにくっついてしまうので、かき氷にしてかけることを思いつきました。味のムラができないよう、麺にもあらかじめ味付けしてあるんですよ。
——料理をつくるときにこだわっていることを教えてください。
阿部さん:毎日でも食べられる料理ということでしょうか。毎日食べても飽きないというだけではなく、毎日でも食べられる身体に優しい料理という意味でもあります。自分の家族にも安心して食べさせることができるような料理を心掛けています。
——では、材料にはかなり気を使っているんですね。
阿部さん:既製品は使わず、ずっと自家製にこだわってきました。この地域は周りに畑も多いので、農家の方から直接野菜を仕入れることができるんです。そういう意味でも地域の方に助けられていますね。
——オープンしてみて感じたことはありますか?
阿部さん:のんびりとワンオペ営業するつもりだったんですけど、初日から予想以上のご来店があったんです。当然バタバタしてしまって、気づいたら見ず知らずのお客様が席の後片付けをしてくれていて、もうひとりのお客様が厨房のなかでお皿を洗ってくれていました(笑)。そのお客様は次の日もお皿を洗いに来てくれたんです(笑)
——愛されていますね(笑)
阿部さん:ありがたいんだけど申し訳なくてね……(笑)。オープンからひと月経ってようやく落ち着いてきましたけど、ワンオペで営業するのは無理ですね。今でも延々と仕込みを続けている状況なんです。
——うれしい悲鳴ですね。これからも地域のためのお店として頑張っていってくださいね。
阿部さん:デイサービスのお年寄りが散歩中に立ち寄って、ランチで利用してくれるような店になったらうれしいです。
寺地食堂
新潟市西区寺地495-3
025-211-8266
10:00-18:00(金土曜は10:00-21:00)
水木曜他不定休