南魚沼市に温泉水でスッポンを養殖する会社「魚沼スッポン」があります。訪れて最初に驚いたのは、飼育池の脇に見事な日本庭園が整備されていること。この敷地は「魚沼スッポン」を起業した井口さんのおじいさんが時間をかけて手入れしていた場所なんだそうで、しかもおじいさん、温泉まで引き当てたのだそう。「スッポン」と「温泉」、ふたつのキーワードを見事に結びつけビジネスにした井口さんに、いろいろとお話を聞いてきました。
魚沼スッポン
井口 陸弥 Rikuya Iguchi
1996年南魚沼市生まれ。大学院を終了後、東京のベンチャー企業へ就職。2021年に起業し、地元で「魚沼スッポン」を立ち上げる。趣味はお料理。
――スッポンの養殖をしている若い方が南魚沼にいると聞いて、びっくりしちゃいました。どうしてこのビジネスをはじめようと思われたんですか?
井口さん:僕は大学院で、アワビの養殖事業を立ち上げる研究をしていました。すごく面白かったんですけど、就職はベンチャー企業を選んだんです。その頃、祖父が残した温泉が実家の近くにあると知りました。温泉がアドバンテージになる養殖であれば、自分でもできるんじゃないかと思ったのが起業のきっかけです。
――温泉の存在と大学院での研究が結びついたんですね。お祖父様はご自分が掘った温泉でお孫さんが新しい事業をはじめることに、びっくりされているでしょうね。
井口さん:きっと喜んでいると思います(笑)。しばらく前におじいちゃんは体調を崩して、温泉もそのままになってしまいました。放っておくのはもったいないけど、水温は30度と低いし、成分的にもいまひとつだったみたいで、家族は「あの温泉、何に使えばいいんだろう」って困っていたんです。
――それは確かにもったいない。
井口さん:でもスッポンの養殖にはその水質が適していたんです。水温もぴったりですし、温泉成分があまり入っていない方が好ましいんですよ。「おじいちゃん、よくぞ掘ってくれた」って感じですよね(笑)
――温泉を使うとどんなメリットがあるんですか?
井口さん:寒い時期でもスッポンが餌を食べてくれるので、出荷までのスパンが短く済みます。スッポンは寒くなると冬眠して餌を食べなくなり、通常は出荷まで4年くらいかかるんです。温泉を利用して飼育するのは、ビニールハウスで食物を栽培する「促成栽培」みたいなものですね。効率良くスッポンの成長を促進できて1年ほどで出荷できます。
――とてもわかりやすい解説です。
井口さん:いちばんのメリットは、綺麗な飼育環境を保つことです。池の中はどうしても糞などで汚れてしまいますが、常時きれいな温泉を注入しているので飼育水が清潔なんです。
――ベンチャー企業にお勤めだった頃から、起業は意識されていたんですか?
井口さん:新卒で勤めた会社は半年ほどで辞めてしまいました。「できる」って自信があったんですけど、電話営業が向いていなくて。新卒で早期退職したのではどこも採用してくれないでしょうし、「起業するしかない」みたいな気持ちはありました。
――起業を決めて、最初は何からはじめたんですか?
井口さん:手はじめに温泉水で飼える水産物を調べたら、フグ、ウナギ、スッポンの3つが候補にあがりました。そのうちライバルが少なくて、高単価で販売できるものはスッポンだと思ったんです。スッポンの飼育について1年間実験もしました。温泉に問題はないか、どういう餌を食べるのかなどの基本的な勉強です。
――スッポンってサプリ的なものにも使われていますよね。そういう用途にも使われているんですか?
井口さん:食材として飲食店さんに提供するのがメインです。僕は食材としてのスッポンに魅力があると思っています。味は最高、国内生産で安心できる食材なので、サプリでは利点が薄れちゃう気がするんです。美味いし、栄養価は高いのになかなか消費されないって、不思議ですよね。リブランディングして、うなぎみたいに当たり前に食べられる文化を作りたいんですよ。それが当社のミッションのひとつです。
――餌にいろいろな工夫をされているそうですね。
井口さん:この地域の美味しい食材を活用しています。地元酒蔵の酒粕や地元のブランドきのこなどを餌に入れています。酒粕はアミノ酸やビタミン群が多く含まれるので、餌に適しているんですよ。養殖物は食べたもので味が決まるので、栄養が豊富で旨みたっぷりの餌を与えるとばっちり美味しくなります。
――井口さんが餌を混ぜる作業をしている間、いい匂いが漂っていました(笑)。卸先である飲食店さんの反応はどうなんでしょう?
井口さん:「美味しい」と喜んでもらっています。一生懸命取り組んでよかったなと思える言葉です。
――どういうお店で食べられるんでしょう? 県内のお店が多い?
井口さん:8割県内のお店です。まずは「新潟の食材」として売り込みたいと思っています。「南魚沼だったらスッポンだよね」ってくらい有名になったら、スッポンを消費する食文化ができあがるかもしれませんよね。
――今のお仕事は、大学院での研究が生きているんでしょうね。
井口さん:学生時代は水産学部に所属していたんですけど、自分が一次産業に携わるとは思ってもいませんでした。たまに教授の言葉を思い出すんですよ。「君たち、研究室で養殖について学んでいるのに、なんでメガバンクとか商社とかに就職するの?」って。
――つまり専攻と就職先が一致していないとおっしゃった。
井口さん:そうです。僕たちとしては、「だって儲からないでしょ」っていう感覚でした。ダサくて稼げないイメージがどうしてもあるんですよね。大手企業はその逆で、かっこよくて高収入ってところを全面にアピールしているわけで。でも米農家だって水産業だって夢がある事業です。それをわかりやすく示したい気持ちがあるので、僕は「ランボルギーニに乗ること」を目標にしています。
――誰かの憧れのシンボルに、と。
井口さん:若い人がどんどんこの業界に入ってこないと未来がないと思うから。ちゃんと実績を残して「夢がある仕事なんだよ」って伝えたいと思っています。
――今は約600匹のスッポンを飼育していて、来年は飼育池をもっと大きくされる予定だとか。
井口さん:来月には池の工事をはじめる予定です。次年度の飼育数は2,500匹くらいになると思います。もっともっとたくさんの方に「魚沼スッポン」を届けたいので、増設を決めました。スッポンの食文化を根付かせるためには、何年もかけて草の根運動をしなくちゃいけないと思っています。いずれ学校給食の食材として選んでもらいたいものです。
魚沼スッポン
南魚沼市岩崎558-1