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懐石料理の素晴らしさを地元に伝えたい!「日本料理 魚幸」の挑戦。

燕市米納津にひっそりたたずむ日本料理の店。

7月14日に発表された「ミシュランガイド新潟2020」掲載店のひとつ、「日本料理 魚幸(うおゆき)」は、燕市米納津の、繁華街でもなく大通りでもないひっそりとした県道沿いにお店を構えています。どうしてこのような場所で日本料理店を始めたのでしょうか。そしてどんな料理を楽しめるのでしょうか。店主の渡邉さんに日本料理や地元に対する思いを語っていただきました。

 

 

日本料理 魚幸

渡邉 雄太 Yuta Watanabe

1984年新潟市燕市(旧吉田町)生まれ。新潟調理師専門学校卒業後、京都の老舗料亭「菊乃井本店」で5年間、新潟市の「日本料理 蘭」で2年間修行する。その後、地元の燕市で2014年に「日本料理 魚幸」を新設。趣味は食べ歩きで、寿司やパスタが好き。

 

商社の面接をキャンセルして料理の道へ。

——渡邉さんははじめから料理の道に進もうと決めていたんですか?

渡邉さん:じつは高校を卒業する時に、商社の面接を受けることが決まってたんです。面接日も決まっていて。なのに、何を思ったのか、1週間前になって急に商社の面接をキャンセルして、調理師専門学校へ行くことにしたんですよ。高校には迷惑をかけてしまって、とんでもなく怒られてしまいました。

 

——それはそうでしょうね(笑)。どうして気が変わったんですか?

渡邉さん:自分でもよくわからないんです。子どもの頃から、料理人だった父親の背中を見て育ったし、自分でもオムレツなんかを作ったりしてたので、どこかで料理に対しての興味は持っていたんだと思います。ただ飲食業界の厳しさを知っている父親からは、料理の道に進むことを「やめとけ」って反対されましたけどね。

 

——あえて厳しい道を選んだんですね。専門学校では日本料理を勉強したんですか?

渡邉さん:1年目はいろんな料理をひと通り勉強して、2年目は自分の好きな料理を専攻することができるので、私は日本料理を学んだんです。専門学校卒業後は、京都にある老舗料亭の「菊乃井本店」で5年間修行しました。とにかく忙しくて、朝5時から夜中の1時までぶっ通しで働いたこともありました。ついていくのが精一杯だったけど、負けず嫌いな性格なので最後までやり切ってやるっていう思いで続けましたね。最後の1年でやっと仕事が楽しくなってきたって感じでした。

 

——印象に残っている修行中のエピソードってありますか?

渡邉さん:入店して間もなく、スタッフのまかないを作ることがあったんですけど、私が作った料理は味が濃すぎて先輩に怒られちゃったんです。知らず知らずのうちに地元燕市の濃い味つけに慣れちゃってたんですね。辞める前に最後のまかないを作ったら、先輩から褒められたんです。成長を認めてもらえたことが嬉しかったですね。「菊乃井本店」では技術的なことよりも人間関係の大切さを教えられた気がします。

 

——「菊乃井本店」の後もどこかで修行したんですか?

渡邉さん:新潟に戻って「日本料理 蘭」で2年間修行しました。京都の「菊乃井本店」では調理場に20人くらいのスタッフがいて1人1ポジションで仕事してたんです。ところが「日本料理 蘭」では4人くらいしかいなかったこともあって、1人でなんでもやらなければならなかったんです。同じ食材を扱うにしても「菊乃井本店」とはまったくやり方が違いましたね。ふたつの修行先で覚えたことが、今の自分の基本になっています。

 

本格的な懐石料理を、地元にも伝えたい。

——お父さんのお店を継がずに、新たに「日本料理 魚幸」を始めたのはどうしてなんですか?

渡邉さん:修業で覚えたことを生かしたお店がやりたかったので、新しく「日本料理 魚幸」を始めることにしました。この場所に店を出すことは「日本料理 蘭」の師匠には反対されたんです。繁華街でもなければ、大通りでもない場所で日本料理の店をやっても誰も食べに来ないっていわれました(笑)

 

——それでもこの場所でお店を始めたのはどうしてなんですか?

渡邉さん:自分がここで日本料理の店を成功させることができれば、都会に流れていく若い料理人たちに、「地方でも日本料理の店をやることができる」って示すことができると思ったんです。あと、本格的な懐石料理を地元に伝えたいっていう思いもありましたね。

 

——本格的な懐石料理というと?

渡邉さん:地元では、宴会料理を懐石料理と思っている人も少なくないんです。そうではなくて、一品ずつ作りたての料理が出て来て、熱いものは熱いうちに、冷たいものは冷たいうちに食べてもらいうのが本物の懐石料理なんですよね。正しい懐石料理を知ってもらって、日本料理の素晴らしさを感じてほしいって思いがあったんです。

 

師匠から贈られた包丁の鞘に書かれた言葉の重さ。

——なるほど。「日本料理 魚幸」について詳しく教えてください。

渡邉さん:ひと言でいうと「新潟食材を使った京風の料理が食べられる店」です。最初は仕入れのパイプがなかったので京都から食材を仕入れていたんですが、今では90%地元の食材を使わせてもらってます。おかげで朝採りの新鮮な食材が使えるし、何より生産者の顔が見えることで食材に対する愛着が湧いて、大切に使わなきゃっていう気持ちがより強くなりましたね。

 

——すると新潟の食材と京都の調理法が合体した料理って感じでしょうか。では料理を作る時に気をつけていることを教えてください。

渡邉さん:忙しくなってくると、計量カップを使ってきっちり分量を量る作業って、結構ストレスのかかることなんです。でも、どんなに忙しくても手を抜かずにしっかり量るようにしています。「これで大丈夫かな?」っていう仕事はしないで「これで大丈夫!」っていう仕事を心掛けていますね。

 

——手抜きせずに自信を持ってお客さんに出せる料理を作るっていうことですね。

渡邉さん:そうですね。「菊乃井本店」を辞める時に師匠から包丁を贈られたんです。包丁の鞘には師匠から弟子に贈る一人一人違った言葉が書かれてるんですよ。私の鞘には「誠心誠意」と書かれていました。今でもその言葉を胸に刻み、料理を作る時は呪文みたいに「ちゃんとやれよ」って口ずさんでます。

 

ミシュランガイド2020に掲載された反響。

——ところで、今回「ミシュランガイド2020」の掲載店に選ばれて変化はありましたか?

渡邉さん:今までやってきたことが評価してもらえて、その結果、地元でも初めて来店される方や遠方よりのお客様が増えました。やりたいことをブレずに続けることって難しいって思いましたけど、諦めずに信じた道を続けてきてよかったって思います。

 

——大きく影響があったわけですね。

渡邉さん:はい。ずっと前から来てくれている常連さんもたくさん来てくれて、お祝いや激励の言葉をいただきました。お客様との絆を感じて、本当にありがたかったですね。

 

——今後はどんなふうにお店をやっていきたいですか?

渡邉さん:地元に本格的な日本料理の素晴らしさを伝えていきたいと思っています。普段使いの店としては料金が高めかもしれないけど、ちょっとした特別な日や自分へのご褒美なんかで気軽に利用してほしいと思っています。

 

 

飲食店にとって最適とはいえない場所で、師匠の反対を押し切って日本料理の店を始めた「日本料理 魚幸」の渡邉さん。負けず嫌いな性格の裏に、日本料理の素晴らしさを伝えたいという強い思いや、自分の仕事に対する自信を感じました。そのためにもひとつひとつの料理を手抜きせず「誠心誠意」作っているのだと思います。ところで、このお店の「魚」っていう文字のロゴをよく見てみるとひらがなの言葉が見えて来るんです。…気づきましたか?

 

 

 

 

日本料理 魚幸

〒959-0206 新潟県燕市米納津3216

0256-93-2657

11:30-14:30(L.O.13:30)/17:30-21:30(L.O.20:00)

火曜休

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