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僕らの工場。#17 「株式会社横正機業場」の白生地

白生地だからできることを見つけていきたい。「横正機業場」の挑戦。

京都の丹後、滋賀の長浜とともに日本三大白生地の産地として知られる五泉市。ピーク時には、30以上の工場が立ち並び、人材確保が難しいほど盛り上がりを見せていました。しかし、和装文化が洋装へと切り替わるとともに白生地産業は陰りを見せます。需要の減少に伴い、廃業があとをたちません。そんな状況下、今もなお白生地製造にこだわり続けているのが、創業120年以上の歴史ある「株式会社横正機業場」です。「五泉の白生地を途絶えさせない」という使命感と、現代における白生地の可能性を追求する経営姿勢について、お話を聞いてきました。

 

株式会社横正機業場

横野 弘征 Yokono Hiroyuki

専務取締役。2013年入社。ゼロからものを考えることが得意で、白生地を生かした自社ブランドの開発に従事。オリジナルブランドとなるストールやベビーウェアなどのブランディングまわりを担当。経営者兼職人をこなす兄である社長の右腕となるべくあれこれ奔走中。

 

ーー本日はよろしくお願いします。

弘征さん:はい。よろしくおねがいします。

 

ーーかなり歴史がある工場さんとお聞きしました。

弘征さん:そうですね。かなりの歴史があって、私の兄が代表なのですが、兄で5代目となります。正直、私も昔のこととなると分からないことが多いですけど。

 

ーーちなみに弘征さんは子供の頃から工場で働くことは考えていたりしたのですか?

弘征さん:いえ。私の父親の代では、もう白生地は難しいと言われていたので、まったくそういう考えはありませんでした。「公務員がいいぞ~」って親父に言われて育ったくらいですから(笑)

 

ーーそれなのに入社された。キッカケはなんですか?

弘征さん:東京の大学を出てから、実際に新潟のIT系の会社に勤めていたんです。システムエンジニアとして10年以上勤めていましたけど、なかなかの激務でして、子供が生まれたタイミングもあって、ちょうど兄が継いでいたこともあり、相談したところ、ふたりでこの会社を続けていこう、盛り上げていこうと。それで、この会社に入社しました。

 

ゼロからのスタート。まずは白生地を改良する可能性を考えた。

ーー入社された当時のことを教えて下さい。

弘征さん:当時はまったくの素人でしたので、ゼロからのスタート、一から教わりました。だけど前職の職業柄、流れ作業に集中できなくて。糸の本数とか数えたりするんですけど、その単純作業がすごくキツかったというか。とにかく、前職では常に考えながら仕事をしていたので、この作業中も色々なことを考えてしまうんです(笑)。そしたら、「あれ?今何本目だったっけ?」みたいに、また数え直しになったり。

 

ーーえ、どんなことを考えていたんですか?

弘征さん:それは前職で常にシステム改良を重ねていた完全な職業病ですね(笑)。自分がやってきたことで何ができるか?とか、何に使えるか? その可能性はないか?とか。いい年してタダ飯食うわけにはいかないですからね。だから、とにかく基本的な白生地の知識は勉強して、当時はまだ企画部はなかったですけど、企画にまわろうと考えましたね。とりあえず、発信が大切だと分かっていましたので、HPを作ったり、ブログの発信をしたり。兄と担当していた製造ラインの人の迷惑にならないように。

 

ーーなるほど。企画としてはどう動かれたのですか?

弘征さん:最初は、理念やロゴとかそういった、会社としての存在意義や見た目も大切だと思っていたので、それを視覚的にも意識的にも整理することから始めました。なので、外部のデザイナーさんと一緒に会社ロゴを作ったり、私たちの伝えたいこと、やるべきことを明文化しました。「技術」と「織りの心」で、お客様への感謝の華を届けたいと思いましたね。それでもともと反物に押していた「泉華」という捺印を、私たちの白生地作りへの想いをこめた理念に落とし込みました。

 

 

ーーしっかりと思いを持って活動されていることは素敵ですね。それからの活動について教えて下さい。

弘征さん:最初は兄弟で技を受け継ぎ細々と続けられればいいやと考えていたんです。ただ、あまりにも仕事が少なくなってきてまずいぞ…と動き出しました(笑)。そこからは、白生地の可能性について色々と考えました。まず、現代に合わせた白生地の商品化を模索して。洋服については私どもは素人だったので、知合いのニット工場に相談して、始めるならストールが良いだろうと。そしたらちょうどいいタイミングで、社長が開発していた薄い白生地があったので、その研究に力を入れることにしました。それに合わせてオリジナルの生地を含めた商品開発を進めました。

 

ーーオリジナル生地のストールですか?面白そうです。具体的にはどのようなものですか?

弘征さん:まず、白生地って重さだけで価値が「あるか、ないか」が決まる業界なんです。それは単純に絹の原料をいっぱい使ってるか、使ってないかの違いなんですけど。それじゃ、面白くないよな。って、だから薄い生地でも高級感があって価値を感じてもらえる生地を作ろうと。それで、ストールを作ろうじゃないか。ってのが目標でした。白生地にには沢山、織り方があるんでけど、その中でも軽くて透け感を表現できる「紗(しゃ)」という織り方と、夏の正装着にも使われる「絽(ろ)」という織り方を組み合わせて、軽くて透明感がありながらも、ドレープが素敵で、落ち感がある生地を目指したんです。

 

せっかく作った贅沢な生地。それは自分たちのブランドとして売らないとダメ。

ーーなんだか、めちゃくちゃ贅沢がてんこもりな生地ですね。結果どうなりましたか?

弘征さん:めちゃくちゃ苦労しました(笑)。糸のヨリ加減とか、すごく繊細な部分でうまくいかなかったり。本当に試行錯誤の連続で、兄、工場長、私といつもそのことに頭を悩ませてました。でも、調整に調整を繰り返して、やっとイメージする生地ができました。

 

ーーそこから、いよいよ、ストールとして世の中に登場するわけですね?

弘征さん:いや、そうなんですけど、開発中に、生地ができたらストール用の「生地」として売ろうかな、とも考えていたんです。それは、販路とかノウハウとかもなかったので、いつも通り生地として売ろうかと。そんなことを考えているときに繋がりをいただいた関東経済産業局の「絹のみち広域連携プロジェクト」に参加することになって、そこで講師の方に生地として売ろうとお話したら、怒られちゃいまして(笑)。「せっかく自分達が新しく作ったものを人に売るなんて、それは自分達のブランドとして売らないとダメなもの」と。そこから、本格的に自社ブランドとして世の中に出していこうと腹が決まった感じでした。

 

こんな生地見たことない。大手百貨店のバイヤーからのひとこと。

ーー実際に、自社ブランド化にあたってどうでしたか?

弘征さん:そこからは、本当に繋がりに感謝というか。その講師の方やその繋がりの方々から、販路やそのノウハウのご協力をいただいて。デビューは日本一の高級百貨店と言われる日本橋三越本店の1階でした。その他にも生地を気に入ったブランドさんからもお声掛けいただいたりと世の中に広めてもらうことができました。

 

ーー反響はいかがでしたか?

弘征さん:私たちはあくまで職人だったので、そんな市場のことなんか全然わからなくて。生地も実際はどうなんだろう、と不安な部分もあったんですけど、実際に三越のストール専門のバイヤーさんから「こんな生地見たことないです」と喜んでいただけました。すごく達成感というか、単純に嬉しかったですね。平均単価も2万円と高くて、どうだろうと心配でしたけど、初年度は300本売れましたので、ホッとしました。

 

ーープロのバイヤーさんが「見たことない」って、すごいですね! 最後に今後の目標を教えて下さい。

弘征さん:引き続き、白生地の可能性を探り続けたいなと思っています。最近では、白生地の「蒸れない」「かぶれない」「さらっとした肌ざわり」という特性を活かしたマスクを開発したんですけど、女性のお客さんにすごく人気です。こういった白生地だからできる肌ざわりや優しさっていう部分を活かして、どんどん白生地の未来を見つけていきたいですね。

 

 

株式会社 横正機業場

【本社】〒959-1824 新潟県五泉市吉沢1丁目2-38

【工場】〒959-1825新潟県五泉市太田1丁目10-33

TEL 0250-42-2025

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