ギターを手に集落へ定住して地域おこし。タカハシナオトの新たな挑戦。
カルチャー
2019.08.10
音楽、食、町おこし。ジャンルは違っても、やりたいことはひとつ。
江戸時代から受け継がれる「能」の伝統が息づく、村上市朝日地区の大須戸集落。近年はサクランボの名産地としても知られるようになりつつあるこの県北の一集落に、ひとりのシンガーソングライターが定住しました。タカハシナオトさんは、ミュージシャンとして県内を中心に活動しながら、2016年春からは村上市の地域おこし協力隊員として同地区の活性化事業に従事。この春、3年間の協力隊の任期を終えた後も同地に空き家を購入して住み続け、今後も独自の活動を展開しようとしています。自らの肩書きも、これまでのシンガーソングライターから「音×食×町おこしクリエイター」へと更新。これまで誰も挑戦したことのない異色のキャリアを重ねているタカハシさんに、これまでの歩みや今後のプランなどについて伺いました。

タカハシ ナオト Naoto Takahashi
1985年生まれ。シンガーソングライターとして2012年にアルバム『大切なモノは足元にある』でインディーズデビュー。翌年に自主レーベル「吟遊Record」を立ち上げ、ライブ・音源リリースのほか新潟プロレスや新潟アルビレックスBCの公式応援ソングも手掛けるなど精力的に活動。また調理師専門学校出身で京都のホテルで修行を積んだ料理研究家としての顔も持ち、オリジナルメニューの考案や料理教室の開催、イベント出店などの活動もしてきた。2016年4月から3年間は村上市の地域おこし協力隊として、同市大須戸集落の農家民宿「ひどこ」の運営に携りながら音楽や料理の腕を活かした地域おこし活動を展開。今年4月の任期満了後も同地区に定住し、「音×食×町おこしクリエイター」として活動を発展させる。新発田市出身。

きっかけは「家探し」。地域おこし協力隊から定住へ。
――そもそもシンガーソングライターとして活動していたタカハシさんが、なぜ村上で地域おこし協力隊に?
タカハシさん:最初のきっかけは、ズバリ家探しです(笑)。それまでは実家のある新発田市内で、とあるダンススクールさんの一角を間借りして、事務所兼自宅のように使わせてもらっていたのですが、さすがにずっと使わせてもらうわけにもいかないので、新たな物件をネットで探していると、村上市の「空き家バンク」のサイトに行き着いて。条件に合う空き家が大須戸にあったので照会のために市役所を訪ねると、担当職員の方がたまたま自分のことを知ってくれている方で。「その地区ではちょうど協力隊の募集もやっているのですが、よかったらいかがですか」と勧めてくれたんです。地域おこし協力隊という制度のことはこの時初めて知ったんですが、以前から地域おこし活動には関心があって、実際に携わったりもしていたので、ここらへんで腰を据えてじっくり取り組みたいな、と考えて応募しました。
――協力隊員としては、どんな仕事を?
タカハシさん:集落にある「ひどこ」という農家民宿を切り盛りしながら、地域を盛り上げるイベントのプロデュースをしてきました。例えば、集落名産のサクランボの収穫時期に合わせて以前から行われていた「さくらんぼ祭り」をさらに発展させて、サクランボ狩りやバーベキューのほかステージイベント、飲食ブースの出店などを催して内外の方に広く足を運んでもらえるようなイベントにしたり。この祭ではイメージソングも制作しました。あと、集落の誇りでもある伝統芸能「大須戸能」の春の定期公演(毎年4月3日)に合わせて、「ひどこ」を会場に能面の展覧会や地物野菜の直売所、カフェを開いたり。ミュージシャンであり、料理人でもあり、イベント屋でもあり、という自分の特性を存分に活かしつつ、みなさんに喜んでもらえて地域活性につながることに取り組んできたつもりです。

空き家をDIYで改修。スタジオや食品加工場も自作して活動の拠点に。
――3年目からは、最初の目的だった自宅を手に入れることもできたそうですね。
タカハシさん:最初の2年は「ひどこ」に住んでいたんですけど、その時からずっと近くにいい空き家がないかサーチしていました(笑)。来る前にネットで目を付けた物件ではありませんでしたけど、自分の条件に合い、拡張可能性のある物件でリーズナブルなものがちょうど見つかったので決めました。
――住むにあたって、DIYで改修したとか。
タカハシさん:そうなんです。築40年の木造家屋なんですが、Youtubeにある解説動画を参照しつつ(笑)、家族や友人に手伝ってもらいながら畳敷きの部屋をフローリングに替えたりしました。それからクローゼットを全面的に改修してプライベートの音楽スタジオも自作しました。扉は元風呂場かどこかのものです(笑)。自分の手で自分のしたいことが叶えられるのは、とてもいいですね。またこの家屋、二世帯住宅的な造りで台所が2つあったのも気に入ったポイントで、いま片方を食品加工場として活用すべく申請手続きや改装など目下準備を進めています。

――食品加工場ですか?
タカハシさん:これも前々からやりたかったことのひとつなのですが、地元産の野菜や果物、山菜、魚などの食材を加工して商品化すれば、地域の方々に今以上に張り合いを持ってもらえるんじゃないかと。ゆくゆくはここから新たな名産品、お土産が生まれていけば…。今のところ考えていることのひとつは、すでに名産といえるサクランボをドライフルーツにして、スイーツなどもっと何かに活用できないかと。元々料理人なので、こういうことを考えるのも楽しいです。

肩書きを一新。活動の芯にあるのは、ブレない覚悟。
――夢が広がりますね。この春、肩書きを「シンガーソングライター」から「音×食×町おこしクリエイター」にしたのは?
タカハシさん:やっていることがひとつの枠には収まりきらなくなってきた、というのが一番ですね。これまで「シンガーソングライター」のほか「料理研究家」や「地域おこし協力隊」などの肩書きを、時と場合に応じて使い分けてきました。でも音楽イベントで食を絡めたり、料理教室でライブをしたり、音楽や食で地域おこしに取り組んだり・・・何かをやろうとするとどれかひとつの枠には収まらない。というか、別々に見えて、全て自分の中ではつながっているんです。
――というと?
タカハシさん:言葉にするとすれば、「心が喜ぶこと」「ワクワクすること」を提供する、ということですね。これを実現するために、「BOUKEN社」(ぼうけんしゃ)という事業体も新たに立ち上げました。これまで自主レーベルとしてやってきた「吟遊Record」はこの中の音楽部門として組み込み、食に関するブランドは以前飲食販売で使っていた屋号「ウタタネ食堂」を使います。方向性がハッキリすると、不思議とこれまでは思いつかなかったようなアイデアが沸いてくるようにもなりました。
――具体的には?今後の展望を含め、教えて下さい。
タカハシさん:そういえばこの県北、下越地区には代表的な音楽フェスティバルがまだないな、とは以前から思っていて。ならば自分たちで作ってしまおう、と。ここ村上市・朝日地区には「縄文の里」という、フェスにぴったりな場所もあるんですよ。フェスは音楽はもちろん、食=「フェスめし」や地域活性化など、自分のやりたいことが全部入っています。テーマソングはもう既に頭の中にできているので(笑)、ぜひ実現させたいですね。

――その旺盛な発想力や行動力の源は、いったい何でしょう?
タカハシさん:新潟市内の調理師専門学校を卒業後、京都のホテルに就職して、シンガーソングライターとしての活動も始めたのですが、当時の原体験が大きいですね。京都では自分と同じように夢を追いかける同世代の若者たちと様々な場面で出会って、刺激し合う中で、「自分のやりたいことをやっていいんだ」と初めて本気で思えたんですよ。そして自分の本当にやりたいことをその時々で突き詰めていった結果、現在に至る、という感じですね。決してミュージシャンの王道を歩んでいるとはいえないし、傍からはいろんな分野に首を突っ込んでいるように見えるかもしれませんが、先ほどもいったように「心を喜ばせる」「ワクワクさせる」という点で、自分の中ではブレていません。逆に一本道の人には負けられないというか、よりクオリティの高いものを出していかなければ、と余計に覚悟は決まっています。
――当時の自分から見て、現在の自分はどう映るでしょう?
タカハシさん:思っていたよりも面白い方向に行けていると思います。まさか十数年後の自分が家を手に入れ、結婚もしている(今春に4年間付き合ってきた女性と入籍。朝日の道の駅で手作りの式を盛大に催した)と知ったら、本当にビックリするんじゃないですかね(笑)。それだけ聞いたら「落ち着きやがったな」と勘違いするかもしれないけど、音楽も料理もイベントも続けていて、しかも自宅には夢の音楽スタジオや食品加工場まである(笑)。これからも、これならばこうであるべき、という固定観念を捨てて、やりたいことに正直に、地に足を付け、しっかりやっていきたいと思っています。
――本日はありがとうございました。フェス、楽しみにしています!

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