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たくさんの古人骨が眠る、新潟大学の「小片コレクション」とは。

全国でも珍しい古人骨コレクションが新潟に。

新潟大学医学部には、約1,800体もの古人骨(こじんこつ)が保管されています。新潟大学の故・小片保(おがた たもつ)教授の功績によって「小片コレクション」と呼ばれている標本の数々は、国内のとても貴重な研究資料なんだそうです。今回は、学生時代に小片教授に解剖学を学んだという新潟大学の牛木学長にお話を聞いてきました。

 

新潟大学

牛木 辰男 Tatsuo Ushiki

1957年糸魚川市生まれ。2020年2月新潟大学第16代学長に就任。顕微鏡を使った解剖学が専門。絵を描くことも得意。学長室には旅先で描いた風景画が飾られている。

 

人間の進化を紐解く貴重な研究資料「小片コレクション」とは。

——新潟大学には、たくさんの古人骨が保管されているそうですね。どのくらいあるんですか?

牛木学長:医学部の教授であった故・小片保教授が収集された古代人骨のコレクションで、通称「小片コレクション」と呼ばれています。縄文人骨を中心に約1,800体が保管されていますが、そのほかに実は動物の骨などもあるんですよ。

 

 

——すごい数ですね。牛木学長は、学生時代に小片教授に解剖学を習われたそうですね。どんな方でしたか?

牛木学長:小片教授は、新潟大学医学部の前身の新潟医科大学を卒業されたのですが、すぐ戦争で海軍軍医として招集されました。終戦後は「自分の好きなことを勉強したい」と思われたのか、再び大学受験をされて、東京大学理学部で人類学を学ばれたという、とても変わったご経歴で、医学博士と理学博士という2つの学位を取得され、解剖学と人類学を専門とされた、とても珍しい研究者でした。

 

——解剖学と人類学……なんだか人間のすべてが分かりそうですね。

牛木学長:「人類学」というと、長い歴史の中で、人間がどういったものを食べて、どんな暮らしをしてきたか、人間の生活様式全般を研究する「文化人類学」を思い浮かべる人が多いと思いますが、小片先生は医学の知識を生かして古代人骨から人類の進化や文化を調べる「形質人類学」が専門でした。医学部の解剖学の教授という医学的な専門知識を持った人類学者として、人骨を通して、人間の文化的なことまで研究していたんですから、人類学の世界でもとても尊敬されていて、しかも愛された方だったと思います。

 

 

——どうして古人骨の収集をされていたんでしょう?

牛木学長:「形質人類学」は、発掘された骨から、年代や暮らし方を調べるんです。それで「どこかの遺跡で古い骨が発掘された」となると、小片教授に調査が依頼されてくる。その結果を丁寧に報告し保管していくことで、このような「コレクション」になったわけです。

 

——なるほど。骨から年代や暮らしが分かるなんて、なんかロマンがありますね。

牛木学長:そうなんです。骨からは、いろんなことが分かるんですよ。人の骨は、縄文時代や弥生時代の骨のような古人骨と、中世以後のいわゆる現代人骨に分けられます。でも、古代人骨といっても、「縄文人骨」と「弥生人骨」では実は形に大きな違いがあり、弥生人骨に比較的近い現代人骨とはかなりの隔たりがあるんです。

 

——縄文時代の人の骨がすぐそこにあるって、なんだかあまり実感が……。

牛木学長:小片教授は縄文時代の人骨の研究が専門だったので、新潟大学には、縄文人骨が多く保管されています。これほどの数の縄文人骨をきちんと保管しているのは、新潟大学ぐらいでしょうね。

 

 

——すごいですね。新潟にそんな貴重なコレクションがあるなんて知りませんでした。

牛木学長:小片教授は惜しくも在職中に亡くなられたのですが、新潟大学は、その後の研究者のためにもこの貴重な収集を散逸させないで残す必要があると考えて、「小片コレクション」として大切に保管しているわけです。研究資料なので一般公開をするものではありませんが、その一部だけなら「旭町学術資料展示館」に展示してあり、一般の方でもご覧いただけます。ただ、展示館は現在改修中で再開は初夏になります。

 

——小片教授は、亡くなる間際まで研究されていたんですね。

牛木学長:私が学生の頃、小片教授の研究室に遊びに行くと、たいてい骨の計測をしていて、頭蓋骨を見ながら「牛木くん、この頭の形、可愛いだろう」と、愛おしそうに話されていたのを思い出します。本当に骨を愛して研究をされていたんでしょうね。

 

牛木学長が描く、ナノメートルの世界。

——牛木学長の専門も解剖学なんですか?

牛木学長:はい。「専門は解剖学」と言うようにしています(笑)。というのも、解剖学と言うと周りの人たちの反応が面白いんですよ。でも、本当は「顕微鏡学者」というほうが近いかもしれません。

 

——顕微鏡学? どういうことでしょうか?

牛木学長:解剖学はとても古い学問です。たとえば日本では、杉田玄白たちが江戸時代に遺体を解剖して、西洋の本を翻案した「解体新書」を出したのですが、その頃から始まった学問で、まあ医学の基礎のようなものです。ただ、肉眼で体の構造を調べるには限界がありますよね。だから顕微鏡が誕生してからは、目に見えない、より微細なものも調べることができるようになりました。

 

——そういうことですか。ちなみに顕微鏡って、私たちが知っている理科の授業で使う顕微鏡ですよね?

牛木学長:そうですね。でも、顕微鏡にもいろいろあって、普通の光学顕微鏡だけでなく、今は電子顕微鏡もあるし、走査プローブ顕微鏡という、針のようなもので表面をなぞる顕微鏡もある。いろんな種類があるんですよ。こうした高性能の顕微鏡で、細胞だけでなく、DNA、コラーゲン分子など、ナノメートル(0.000001mm)の世界まで覗くこともできるんです。

 

 

——そんな細かい世界を、牛木学長はどう解剖学に生かしたんですか?

牛木学長:私の研究は、細胞の社会や、細胞そのものの構造を解析することです。細胞といってもいろいろな機能を持った細胞があり、それぞれその構造が異なっているんです。そして、細胞は常にグループを作って、グループ同士が社会を作り、肝臓や腎臓などあらゆる器官ができます。細胞の種類や形状、そしてどんな機能で、どんな役割をしているのかを顕微鏡を使って明らかにすることが仕事です。その情報を踏まえて、整理した知識をイラストにすることもありますね。

 

——牛木学長って、イラストまで描けるんですね。驚きました。

牛木学長:学生向けの入門書から研究者のための書物まで、いろいろ自分で細胞のイラストも描くんですよ。ちょうど今は子ども向けの図鑑を頼まれているので、仕事の合間に描いています。子ども向けといっても、実はきちんと細かいところまで描いている。そのほうがきっと迫力があると思うんです。ちなみに自分で書いたイラストには、「たつお」のサインを入れるので、みんなに笑われます。

 

牛木学長が伝える「今をどう生きるか」。

——せっかく学長にお会いできたので、教育についても聞かせてください。学生やこれからの将来を担う若者へはどんなメッセージを伝えていますか?

牛木学長:自分の目で見たこと、耳で聞いたことを大切にして、自分で考えて行動することを培って欲しいと伝えています。新潟大学は「自律と創生」を理念に掲げていますが、自ら考え、行動することが大学の理念にも通じているんです。

 

——今はSNSなど、正しいかどうか分からない情報も多いので、しっかり自分で確かめることが大切ですね。

牛木学長:そうですね。ネット社会は非常に暴力的になっているように思います。自分がその人の立場であったなら……と思いやる視点が欠けてしまっていますね。社会が他人に対して厳しくなっていることも気になります。自分に厳しくてもいいですが、他人には優しい社会が望ましいですね。

 

古人の跡を求めず、古人の求めたる所を求めよ。

牛木学長は、芭蕉が確立した「連句」も趣味にされるとのことで、座右の銘は、芭蕉の言葉「不易流行」。また芭蕉の言葉の「古人の跡を求めず、古人の求めたる所を求めよ」とも。「コロナ禍でもネガティブにとらえず、今この環境でできる工夫をしよう!」と学生さんに伝えているそうです。

 

 

 

 

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