心を豊かにできる場所、
本と印刷編集室「こんこん堂」

カルチャー

2026.02.08

text by Etsuko Saito

週末にオープンする「こんこん堂」は、ただ本を販売するだけでなく、リソグラフ印刷ができる印刷編集所を併設した本屋さんです。店主は、昨年Thingsに出版レーベル「木舟舎」として登場してくれた井上さん。内野の町でお店を構えたきっかけや営業してから実感した町と店舗の関係などについて、いろいろとお話を聞いてきました。

Interview

井上 有紀

Yuki Inoue(こんこん堂)

1993年東京都生まれ。東京の大学の農学部へ進学。農業に触れるため、4年次に休学し西区内野で過ごす。新卒で長岡市の公益社団法人へ就職。学生と地域をつなぐ仕事をする傍ら、本に関わる活動をスタート。2024年、「木舟舎」として「つくる人とつくる雑誌 なわない」を創刊。2025年に独立し、内野の「複合長屋たねむ」内に「こんこん堂」をオープン。

思い入れのある町で、
本屋をひらく。

――井上さんには、昨年「木舟舎」の記事でもご登場いただきました。あれからどんなことがあって、「こんこん堂」のオープンに至ったんでしょう?

井上さん:「こんこん堂」のある「複合長屋たねむ」のお話からしたいと思います。元は仕出し屋さんだったこの建物には、2017年から「ウチノ食堂」さんが入られていて、店主さんは、建物全体を複合施設にする構想を持っていました。そのお話を聞いたとき、ちょうど私も仕事を辞めて今後のことを考えていたんです。

 

――お勤めしながら「木舟舎」として活動をされている時期ですね。

井上さん:「出版と本に関係する仕事をしたい」と思って、でも独立するのか、それとも勤めながらそういった活動をするのか、迷っていました。

 

――「複合長屋たねむ」の構想が後押しになったということですね。

井上さん:大きなきっかけでしたね。私自身、内野にとても思い入れがあります。10年前に移住したのも、内野での地域プロジェクトに参加した経験があったからです。それ以降、まちの変化を見守ってきて、「いつか私も『場』を作れたらな」と思っていました。あとは、「他の人が私より先に内野で本屋をはじめたら、きっと悔しいだろうな」とも(笑)。ただ実際に本屋を営むとなると、収益面での工夫が必要になります。その点でも、友人の「ウチノ食堂」さんが運営する「たねむ」の中であれば実現できそうだ、と思えたんです。

 

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売る場所であり、
生み出す場所でもある。

――改めて、「こんこん堂」さんがどんなところなのか教えてください。

井上さん:毎週金曜日~日曜日に営業している本屋さんと、リソグラフ印刷ができる「印刷編集所」、ふたつの事業をしています。

 

――揃える本には、井上さんのカラーが出ているんじゃないかなと思います。

井上さん:私の背景として、自主制作本は外せません。本を作る側にとっても、いろいろな書物に触れることが大事だと思っているので、自主制作本と小規模出版本は必ず置くつもりでした。印刷編集室を併設したのは、「本が作れる場所」を作りたかったから。でもそれだけでは、あまりにも何をしているのかわかりにくいですし、「町に定期的にオープンする場所」としては間口が狭いと思ったので、新刊本も揃えています。新しく始める個人書店では、ほとんどの場合、販売する本を買い取ります。売れ残れば在庫になってしまうため、慎重に選ぶようにしています。

 

――例えば、どんなジャンルの本があるんですか?

井上さん:小説、エッセイ、詩や短歌集、あとは地方や暮らしをテーマにしたノンフィクションなど。他には、文化人類学や民俗学、哲学に関連する本、絵本も少し置いています。

 

――置いてある本を、井上さんがすべて把握しているってところも個人書店の特色なんでしょうね。

井上さん:ですね(笑)。選んだ理由は、どの本でも答えられます。

 

――リソグラフ印刷についてもお聞きしたいと思います。調べてみたら、ちょっとレトロな印刷みたいですが。

井上さん:リソグラフ印刷は、昔、学校などでよく使われていた輪転機のことなんですよ。従来は、大量に白黒プリントを印刷する用途で使われていたんですが、最近はアートブックやZINEの制作に用いられるようになりました。いろいろな色を重ねて印刷すると、すごくかわいい仕上がりになる、と評判が高いんです。

 

――ほぉ、輪転機のことなんですか。でもなぜ、リソグラフ印刷を選んだんですか?

井上さん:個人書店の経営者やZINEを制作されている方からおすすめされて。安価で早いという魅力もあるし、手作り感との相性の良さもポイントです。「こんこん堂」では現在5色のインクを選ぶことができて、色の選び方や重ね方、紙の質感次第で、表現の可能性が無限に広がります。私は、人の数だけ作り方があると思っていて。リソグラフ印刷であれば、それが表現できると思っています。

 

――井上さんはZINEの制作者でもあるから、今の言葉にはとても説得力があります。

井上さん:はい(笑)。まさに私がやってきたことでもあるんです。制作したい方に向けたサービスですね。

 

「木舟舎」が制作した雑誌「なわない」も。

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心を豊かにすることと、
ものづくりの関係性。

――去年取材させてもらったときの記事を読み返して、ふと疑問に思ったことがあります。井上さんは社会課題に向き合う仕事をされてきましたよね。ZINEの構成とかデザインのスキルは、どう磨いてきたんですか?

井上さん:いろいろ調べたり、「木舟舎」の活動で知り合ったデザイナーさんや編集さんたちに聞いたりとか。でも私が作るものは文章がメインなので、ものすごくデザインスキルを磨いてきたかというとそうでもない気がします。

 

――だとしても、根本には興味とか「好きだ」って気持ちがないと学ぶ気にもならないですよね。

井上さん:私の場合、興味のベースはやっぱり社会問題にあるんですよ。だから手段としてZINEを制作しているというか……。本や紙、編集が好き、という部分はありますが、この町や現代を生きている私たちの人生をフィールドに「新しいことを試してみたらどんな結果が出るだろうか」を実践し、観察してみたい。その中で「今、やるべきものはこれ」というものを選んでいる気がします。前職や新潟に移住してからの経験を踏まえて、私がこの地域で次にやってみたい、そして必要だと感じたのは、「個人で商売をすること」と「本がある場所や、表現の機会を提供すること」でした。

 

――つまり、ZINEの精度を高めることだけに焦点を当てているわけじゃないんですね。

井上さん:それには、あまり執着していないかもしれないです。でも実際、ものづくりって続けるうちにだんだんと「もっとこうしたい」が出てくるものなんですよね。だから結果、「すごくこだわっている人」みたいになるんだけど、入り口も基本の考えも、制作物の完成度とは関係のないところにあります。

 

――つまり、内野の活性化が根本にあるってことですか?

井上さん:活性化という言葉は、あまり使いたくないんですけど……、でも広い意味では、活性化なのかも。ずっと「心が豊かになるために必要なものってあるよね」と思っていて。生活のための必需品と、心を豊かにするための商品があるとしたら、どうしたって必需品の優先度が高いわけで。だからといって、心が豊かになったり、感性が磨かれたりするようなものが日常からなくなってしまっては、それはそれで生きていけないのかな、と思うんです。そういうものに、町の中で触れられることに意味があるだろう、と思っています。

 

――お考えが、わかってきた気がしますよ。

井上さん:受け取る側だけじゃなくて、作る側になるっていうのも、また心が豊かになるというか。消費するだけじゃない日常もいいものですよね。自分の本を制作することは、自分と向き合うことになります。辛かったこと、大切にしてきたことを本に昇華させるって、自身のケアにもつながっていると思うし。自分の感覚と向き合う時間を作れたらいいな、と思っているところがあるんでしょうね。

 

書店の隣には、印刷所がある。

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住む、取り組む、とも違う
町に店を構えるということ。

――「こんこん堂」がオープンして、井上さんご自身の生活も変化があったのでは。

井上さん:勤めていた頃からフルリモートで、けっこう好きなように働いていたので、生活そのものはあまり変わっていないんです。でも「こんこん堂」をはじめてから、「こんなに知らない人がいるんだ」と実感しました(笑)。というのは、今までは好きなイベントを、好きな人たちとしてきたので、限られた世界の中、もしくは関連するSNSの反応しか見えていないようなところがあったんです。でも、「その外側」からのお客さんが、こんなにたくさん来てくれるんだな、とすごく感じて。

 

――そういう視点、面白いですね。お店を構えたから、会えた人がたくさんいるなんて。

井上さん:車通りの多い通りにお店があるので、人の目線をすごく感じるんです。準備期間が長かったから、「何かはじまりそうだ」と気にしてくれた方もいたようで、「以前から見ていて、気になっていました」というお客さんがたくさんいて。それで、「町には、こんなに大勢の人がいるんだな」と実感したんですよ(笑)。きっと田んぼの中にポツンとあるようなお店だったら、SNSの情報が肝になったかもしれないけど、「もともと町の中にある場所」にお店が入る場合は、こういう反響が起こるものなんですね。今までも内野を拠点にしていましたけど、改めて「内野の町ってすごいな」と思いました。ひとりの住人、ひとりのイベント運営者と「店主」は、やっぱり違いますね。

 

――さて、最後に今後の展開についても教えてください。

井上さん:今仕入れている自主制作本は、県内外で話題になったものや、以前から私が気になっていたものなんですが、ゆくゆくは、ここで制作した本でいっぱいにしたい、と思っています。複数人が制作に関わる「『こんこん堂』の出版物」みたいなものを作ってもおもしろそうだと思うし。もうひとつの目標は、商売を続けること。本屋の経営は初めてなので、正直まだ戸惑いがあるんだけど、「何が大切なのか」しっかり理解して、「こんこん堂」を続けていきたいと思っています。

 

こんこん堂

新潟市西区内野町1053-1

※最新の情報や正確な位置情報等は公式のHPやSNS等からご確認ください。なお掲載から期間が空いた店舗等は移転・閉店の場合があります。また記事は諸事情により予告なく掲載を終了する場合もございます。予めご了承ください。

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