元小学校教師がはじめた親子の居場所
「ごせんファミリーサロン OTENTO」
その他
2026.03.14
春は卒業や進学のシーズン。幼稚園や小中学校など、新しい環境に変わるお子さんも多いと思います。昨年、五泉市にオープンした「ごせんファミリーサロンOTENTO(おてんと)」の代表・寳川さんは、少し前まで小学校の先生でした。そんな寳川さんが、どうして学校を辞めて「親子の居場所」づくりをはじめたのか。「OTENTO」の名の通り、あたたかい笑顔の寳川さんからお話を聞いてきました。
寳川 有華
Yuuka Hougawa(ごせんファミリーサロンOTENTO)
1992年五泉市生まれ。専門学校卒業後、小学校の教員として11年間を過ごし、2025年7月に「ごせんファミリーサロンOTENTO」をオープンする。同年6月には電子書籍「私が学校を辞めた理由」を出版。「ごせん子育て戦隊 ハグレンジャー」のイエローでもある。時間があるときは、己を知るために温泉でぼーっと過ごす。
どうして小学校の先生をやめて
ファミリーサロンをつくったの?
――寳川さんは小学校の先生だったんですよね。
寳川さん:はい、11年間やっていました。
――先生になりたいと思った、何かきっかけみたいなものがあれば教えてください。
寳川さん:もともと子どもが好きだったので、関われる仕事ができたらいいなと思っていたんですよ。そしたら中学生のときに、5人の先生から次々と学校の先生になるよう勧められたんです(笑)。それぞれ尊敬していた先生たちだったので「これはやるしかないだろ!」って思いましたね。
――5人の先生からって……よっぽど向いていると思われたんでしょうね(笑)
寳川さん:そうだったら嬉しいですね。「人を導く仕事に向いている」と言われました。私は昔から絵を描くことが好きだったので、中学校で美術の先生をやりたいと思ったんです。でもそれはかなりの狭き門だったので、専門学校に入って保育士の資格や幼稚園、小学校の教員免許を取りました。
――本当に小学校の先生になった、と。
寳川さん:とにかく子どもたちが可愛くて面白くて素晴らしくて、毎日が楽しかったですね。子どもたちって、大人にできないことができるんですよ。
――大人にできないこと?
寳川さん:言われたことはちゃんとやるし、人を思いやる愛や正義の心を持っています。子どもが大人から叱られているときなんかも、だいたいは子どもの言い分のほうが正しいんです。でも、大きくなるとそうした素晴らしい素質をどんどん失っていっちゃうんですよ。悪いことをする子はいても、悪い子なんて見たことがないですね。
――それなのに、どうして小学校の先生をやめることになったんですか?
寳川さん:学校という組織の中にいては、やりたいことができなかったんです。例えば、雪が積もったときにソリ遊びはできても、雪合戦は禁止されている学校が多いんです。それって大人が子どもを信じていないわけだし、せっかくの学ぶ機会を奪っているように思えるんです。そうした大人の都合が感じられて息苦しくなったので、小学校をやめて「ごせんファミリーサロン OTENTO」をはじめることにしました。

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あたたかい寄付によって、
たったひと月でスピードオープン。
――「ごせんファミリーサロンOTENTO」は、いつ頃オープンしたんでしたっけ?
寳川さん:昨年の6月にこちらの物件を契約して、7月にオープンしました。ずっと物件を探していたのに、子どもの頃から近所にあったこの場所には、知り合いから勧められるまで気づかなかったんです(笑)
――灯台もと暗しですね(笑)。でも、ひと月でオープンというのは大変だったんじゃないですか?
寳川さん:『夢見る小学校』という映画の上映会を主催したときに、舞台挨拶で自分の思いの丈を語らせていただいたんです。それに共感してくださった方々からソファやテーブル、本などのご寄付をいただき、3週間くらいでほとんど揃っちゃったんですよ。特にピアノは100万円くらいするものらしいんです。自分の考えに共感してくれる人がこんなにいることが、嬉しいと同時に心強く思いました。
――オープンしてから半年が経ちましたが、課題は見つかりました?
寳川さん:寄付やボランティアでは長く続けることができないので、収益化してスタッフを雇用できるようにしたいですね。家賃や備品は自腹で払っている状況なので、昨年は大赤字で、減り続ける残高を見ながら笑うしかなかったんです(笑)。でも、それは投資だと思っていて。セミナーでいろいろな話を聞くこともできたし、人との出会いもありました。
――これからのための準備期間だったわけですね。
寳川さん:そうですね。毎日、キラキラした子どもらしさと出会うたびに「オープンしてよかった」と感じています。子どもたちが心を開いて甘えてくれるのが素直に嬉しいです。
――子どもたちにとっても、安心できる場所なんでしょうね。
寳川さん:そうありたいですね。子どもたちだけではなく、お母さんたちにとっても癒されて元気になれる場所を目指しているんです。お母さんが満たされると、子どもにもそれが伝わるんですよ。そうすると親子喧嘩もなくなると思います。

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電子書籍出版から戦隊活動まで
みんなに陽があたる社会を目指す。
――寳川さんは他にもいろいろな活動をされていますよね。まず電子書籍『私が学校を辞めた理由』についてお聞きしたいと思います。
寳川さん:私のSNSを見た出版元の社長さんから直々にご連絡をいただき、出版を勧められたんです。自分の活動を世の中に知ってもらうための手段として、挑戦してみようと思いました。おかげさまで大変な反響があり、なかには「読みはじめて3分で泣いた」という嬉しい感想までいただいたんです。お母さんはもちろん、学校の先生からも共感をいただきました。
――挑戦してみてよかったですね。それから「ごせん子育て戦隊 ハグレンジャー」も気になっています。
寳川さん:五泉在住のママ6人が集まって、自分たちの好きなものや得意なことを生かしながら、イベントをはじめとした楽しいことを企画しています。ママになっても自分らしく楽しんでいいと思うし、ママがご機嫌になれば子どももご機嫌になると思うんです。ひとりで抱え込まないで、みんなでつながりながら子育てしていけたらいいですね。
――個性的なメンバーが集まっているんですね。ところで、これから春休みシーズンを迎えるので、こちらも忙しくなるんじゃないですか?
寳川さん:おかげさまで「春休みこども預かり」は、定員に達して締め切らせていただきました。今回は日替わりで20人の先生を迎えて、子どもたちにいろいろなお話をしていただいたり、体験をさせていただいたりする予定なんです。
――どんな先生が来てくれるんでしょう?
寳川さん:ブレイクダンスのダンサー、ボクサー、落語家などから生後4ヶ月の赤ちゃんまで幅広く先生を迎える予定です(笑)。調理師の方と一緒に桜餅をつくったり、納棺師の方から死化粧について教わったりします。自衛隊員を呼んだときには本物の日本刀を見せていただきましたが、普段はやんちゃな男の子も正座をして姿勢を正したまま見つめていました(笑)。子どもたちにはできるだけ「本物」に触れる機会をつくってあげたいんですよね。
――子どもたちにとっては、いい経験や思い出になるでしょうね。
寳川さん:その延長として、将来は「村」をつくりたいと思っています。自然の中で得意なことを教え合える、みんなが先生でみんなが生徒になれる場所。小さい町が過疎化でどんどん失われていますけど、そんな地域ほどいろんなものが揃っていると思います。私は村長になって、学校でできなかったことをそこでやりたいんです。
――ありがとうございます。最後に「OTENTO」という名前に込めた思いを教えてください。
寳川さん:お天道さまのように、みんな平等に陽があたって、ポカポカとあたたかい空間にしたいという思いを込めました。同じ思いを持つ方がいろんな地域で、第二、第三の「OTENTO」をつくってくれたら嬉しいですね。

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