東中通と西堀通の間の閑静な小路に、「忘時庵(ぼうじあん)」という名前のお店があります。よく見ないとわからないほど、さりげない看板と暖簾がある他は、お店っぽさが感じられない外観です。調べてみると、昼はコーヒー、夜は日本酒が楽しめるお店の様子。いったいどんなお店なのか、店主の熊木さんにお話を聞いてきました。
忘時庵
熊木 英仁 Hidehito Kumaki
1965年新潟市中央区生まれ。大学で中国語を学びながら、夜学の専門学校で書を学ぶ。中国へ語学留学した後、東京の紙問屋に就職。家庭の事情で新潟に戻り、2014年に新潟市中央区で「忘時庵」を始める。趣味は音楽。バンドではベースを担当している。
——こちらのお店って、昼はコーヒーが、夜は日本酒が飲めるお店だと聞きました。
熊木さん:もともと自分が好きだった日本酒を飲んでもらえるお店をやりたかったんです。でも昼に仕込みをしている時間も使って、コーヒーも楽しんでいただけるようにしたんですよ。コーヒータイムは持ち込み自由ですので、コーヒーと一緒に食べたいケーキやお菓子を持ち込んでいただければ、こちらで盛り付けします。
——じゃあ、本来は日本酒のお店がメインなんですね。
熊木さん:お店を始めた2015年あたりって、日本酒から遠ざかっている人が多かったんです。だから日本酒の魅力をもっと知ってほしいと思って「忘時庵」を始めました。居心地よく過ごしてほしいので、お店の雰囲気を大切にしています。
——「忘時庵」っていう名前からも、その思いが伝わってきますね。
熊木さん:もともと料理が好きだったこともあって、東京で一人暮らししていたときには仲間を部屋に呼んで、料理を振る舞ったりしていたんですよ。飲み過ぎて終電がなくなったら仲間を家に泊めたりしてたので、いつしか私の部屋が「忘時庵」と呼ばれるようになったんです(笑)
——おお、それをそのまま店名にしたんですね(笑)。お猪口がたくさん並べられているのは売り物ですか?
熊木さん:売っているものと、そうじゃないものがあります。
——そうじゃないもの?
熊木さん:お店で日本酒を飲むときには、この中から自分の好きなお猪口を選んでいただいているんです。お気に入りのお猪口で飲めば、日本酒はもっと美味しく楽しめると思うんですよね。ここにあるお猪口は私が20年くらいかけて集めたもので、高価なものというよりも、自分が好きなデザインのものを集めました。
——料理の味つけにとても品があると思うんですけど、どこかで修行されたんですか?
熊木さん:いえ……料理はまったくの独学なんです。ただ、子どもの頃からボーイスカウトでキャンプ料理を作ったりしていて、料理を作ることは好きだったんです。独学の料理にはいいところがあって、なまじ知識がないから素材に対して素直に寄り添えると思うんです。
——この料理が独学なんですか。お店を始める前はどんなことをされていたんですか?
熊木さん:小学生の頃から書道をやっていて、書について勉強したいと思って大学に進みました。ところが中文を勉強するつもりだったのに、中国語学科に入ってしまったんです(笑)。だから大学に行きながら夜学の専門学校で書の勉強をしていました。
——すごい熱意ですね。
熊木さん:とにかく書が好きだったので、いろいろなことを学びたかったんですよね。大学を卒業した後は、語学留学として中国に渡って書の勉強をしてきました。インド人やイギリス人の留学生と同じ部屋で寮生活をしながら、書に向き合う生活を送ったんですけど、滞在資金が底をつきそうになったので帰国しました。
——帰国後はどんなことを?
熊木さん:東京の紙問屋に就職しました。幸い会社の中に書道部があったので、長く勤めることができましたね(笑)。でも父が亡くなって母が一人暮らしになってしまったので、7年前に新潟へ戻ってきました。その頃には私もいい歳になっていたので、こうなったら自分の総決算になるようなお店をやってみようと思って「忘時庵」を始めたんです。
——県外の日本酒がたくさん揃っているんですね。
熊木さん:日本酒は私が好きなものを集めたんです。東京で暮らしているときに全国の日本酒を飲んでいたので、新潟の人にも県外の美味しいお酒を知ってほしかったんですよ。全部で20種類の日本酒を置いていますけど、半分くらいは県外の日本酒ですね。
——お酒の名前を見ると、見たことがないようなお酒もあります。お料理はどんなところにこだわっていますか?
熊木さん:まずは日本酒に合うような料理を作るようにしています。あとは素材本来の味を大切に、できるだけ味つけを控えめにしているんです。
——たしかにお料理をいただいていると、日本酒が飲みたくなりますね(笑)。お客さんはどんな方が?
熊木さん:40代以降の方が多いですね。お客様によってストーリーが変わる、ドラマのような毎日を送っていますよ。開店前には「今日はどんなストーリーかな?」なんてワクワクしますね。帰り際に「美味しかった」「また来ます」って声をかけてもらえると本当に嬉しいです。
——店内にかけてある書って、もしかして熊木さんの作品ですか?
熊木さん:はい。このお店は私のギャラリーも兼ねているんです。書がもっと日本人の生活に密着して、気軽に楽しんでもらえるようになってくれたらと思っています。頼まれればマンツーマンで書の家庭教師もやっているので、興味のある方はご連絡いただければと思います。
——本当に熊木さんの好きなものを集めたお店なんですね。最後に今後はどんなふうにお店を続けていきたいですか?
熊木さん:日本酒の美味しさや日本情緒の素晴らしさを伝えていけたらと思っています。お酒、料理、器、書、どれかひとつでもお客様の記憶に残ってくれるようなおもてなしができたらいいですね。
日本酒や料理、器、書といった熊木さんのこだわりを集めたお店「忘時庵」。そのこだわりは、そのまま熊木さんの人柄を表しているようでした。日本酒好きはもちろん、ちょっと興味があるっていう方もお店を訪ねてみてください。素材の味を生かした料理を、お気に入りの器で飲む日本酒はきっと美味しいと思いますよ。
忘時庵
新潟県新潟市中央区営所通260-4
025-223-5225
14:00-17:00/18:00-23:00
日曜月曜休