昨年11月、田園風景の広がる三条市下田に「クチーナ・トシキ」という小さなイタリアンレストランがオープンしました。店主の渡邉さんは東京のミシュランひとつ星レストランで料理長として働き、本場イタリアでも料理を学ぶなど、料理人として豊富な経験を持つ方。こちらではそんな渡邉さんが作る、地元下田や自家製の食材を使った、ここでしか味わえないイタリア料理を楽しめます。今回は渡邉さんが下田でお店をはじめたきっかけや、使っている食材へのこだわりについてお話を聞いてきました。
クチーナ・トシキ
渡邉 俊樹 Toshiki Watanabe
1973年三条市生まれ。大学在学中にスパゲッティ屋さんでのアルバイトをきっかけに料理の道へ。その後上京し、東京にあるミシュランひとつ星のイタリアンレストランや、本場イタリアで料理の経験を積む。2019年に新潟へ戻り、三条市下田の地域協力隊として3年間活動。2022年11月に下田で「クチーナ・トシキ」をオープン。趣味はランニング。
——渡邉さんはどんなきっかけで料理に興味を持ったんですか?
渡邉さん:大学在学中にスパゲッティ屋さんでアルバイトをしていたんですけど、そしたらハマってしまって。お客さんが自分の作ったものを美味しそうに食べてくれる姿を見て、料理の仕事をやってみたいなと思いました。
——お客さんの姿を見て、やりがいを感じたんですね。
渡邉さん:僕はそのとき20歳で、少し焦っていたんです。考えたらすぐに行動に起こすタイプなので、本に載っていた評判のいいお店に片っ端から電話して、「働かせて欲しい」って門を叩いて(笑)。それで東京のイタリアンレストランで3年くらい働かせてもらいました。その後もイタリア料理の店を3、4店舗くらいまわって、いちばん長いところでは14年くらい働きましたね。そこではスーシェフや料理長も経験させてもらいましたし、イタリアにも勉強しに行きました。
——ずっとイタリア料理のお店だったんですね。
渡邉さん:イタリア料理って、作ったものをぱっと提供するっていう部分で、ライブ感があるんですよね。この店もオープンキッチンにしていますけど、東京で最初に働いた店もそうでしたし、お客様の様子が見えないところで料理を作って出すっていうのは嫌だなと思って。
——東京で経験を積まれて、そのまま東京で独立しようとは思わなかったんでしょうか。
渡邉さん:そう思っていたんですけど、6年前くらいに父が他界してしまって。いろいろ考えることがあって「どうせお店をやるなら新潟でやろう」と思って帰ってきました。ただ、東京での暮らしがすごく長かったので、急にこっちに帰ってきたところで右も左も分からなくって……。そこでまずは「地域おこし協力隊」として活動することにしたんです。
——それで下田に来られたんですね。
渡邉さん:下田の地域おこし協力隊は、農業生産者さんと関わりながら新しいものを生み出すような事業もあったので、自分にも合うのかなと思って。そこで生産者さんとのつながりを作ってからお店を開こうと考えました。
——まずは協力隊として地域とつながることからはじめたと。
渡邉さん:だから最初、協力隊の活動は1年で辞めてお店を出そうと思っていたんですけど、ちょうどコロナウイルスが流行って、お店を出す段階じゃなくなってしまったんです。そこで「あと2年の任期で自分がまだ持っていないスキルを習得しよう」と考えて、生ハム作りを学んだり、北海道でチーズ作りを勉強したりしました。
——せっかくなら自分をより成長させるための期間として時間を使おうと考えたんですね。
渡邉さん:その時期に下田の方ともつながることができて、自分にとってプラスになりましたね。最初は山菜とかが生えている場所も知らなかったので、山菜屋さんの方にお願いしたら採れる場所へ連れて行ってくれたり、いろんな山菜を教えてくれたりしました。そのつながりで今度は投網で鮎を捕っている人を紹介してくれたり、秋になったら舞茸採りに連れて行ってくれたりしましたね。
——へ~、下田で舞茸が採れるんですね。
渡邉さん:朝3時くらいから歩きはじめて、山を3つくらい越えて採りに行くんです。ものすごく感動するので、今年も行くのが楽しみですね。そうやっていくうちに、地元の食材や地元の人を好きになっていって。もともと三条の実家の近くでお店をやる予定だったんですけど、「やるなら下田だな」と考えが変わって、ここで出店することにしました。
——じゃあこちらは、下田で採れた食材を使ったレストランなんでしょうか。
渡邉さん:そうです。なるべく下田で採れたもの、それがだめなら三条で採れたもの、それもだめなら新潟で採れたもの、というふうに、できるだけ地産地消でやっていこうというのが軸としてあります。
——そこまで地のものにこだわるのはどうしてですか?
渡邉さん:東京にいた頃は、築地で買うものとか、イタリアから来る食材とか、そういうものばかりを使って料理をしていたんです。それはそれで東京のスタイルだしいいと思うんですけど、下田にはいろんな食材があるのにわざわざ県外の食材を使うのは、東京でお店をやるのと一緒かなって。だからできるだけ地元のものにこだわっていこうと思っています。
——こちらのお店はランチがメインなんでしょうか?
渡邉さん:ディナーもやっていますよ。ランチは月~木がパスタの日、金~日祝がピザの日と分けていて、夜は1日1組限定で下田の食材を使ったコース料理を提供しています。僕は走ることが好きなので、この辺りの自然を眺めて走りながら料理のことをよく考えるんです。「次のコースは何を作ろうかな」とか。そういう時間がすごく楽しいですね。
——お邪魔している今日は「ピザの日」ですが、ピザ作りは東京にいた頃に勉強されたんですか?
渡邉さん:ピザ屋で働いたことはないんですけど、東京にいた頃にまかないとして作ったら、仲間から「こんな美味しいピザは食べたことないです」と言われて調子に乗って(笑)。それに「下田にピザはないっけ、やってくれたらいいな」と言ってくれた人もいたので、だったらやろうかなって。やってみたことないことにチャレンジすることが好きなんです。
——ピザもパスタも、内容は日によって変わるんでしょうか。
渡邉さん:日替わりです。ピザだと、マリナーラ、本日のピザ、あとは自家製のスモークサーモンや自家製生ハム、自家製のソーセージを使ったピザもご用意しています。モッツァレラチーズも自家製です。ベーコンやカラスミも作りますし、この前はアンチョビを作りました。あとランチにはドリンクとデザートもつくんですけど、今日のデザートは「下田産ブルーベリーとヨーグルトのセミフレッド」です。
——気になっていたんですけど、定休日がないですよね。おひとりでやっていると大変なんじゃないですか?
渡邉さん:4年間ずっと飲食業をやっていませんでしたし、ひとりで店をやったこともなかったので、最初は様子見で年中無休にしてみたんですけど、やってみたら楽しくてしょうがなかったんです。自分が作ったものをお客様が美味しそうに食べてくれて、何回も来てくれるお客さんも増えてきて。そのために自分ができることをどんどんやっていきたいなって思うので、年中無休でやっています。
——地元の方も、こういう落ち着いた場所で本格的なイタリアンが食べられるって、すごく嬉しいだろうなって思います。
渡邉さん:ここらへんの方たちは「来てくれてありがとう」って言ってくれますけど、「こちらこそありがとう」って感じですね(笑)
——今後はどんなふうにお店を続けていきたいですか?
渡邉さん:父が亡くなって僕が協力隊になって少ししてから、母も急逝してしまったんです。それをきっかけに「一日一日を一生懸命生きていこう」と思うようになりました。そのときにちょうど「一日一生」という言葉を知って、いいなと思って。これからも一日一日、無理をしないで自分のできることを精一杯やって、それが積み重なっていけばいいなと思います。
クチーナ・トシキ
三条市笹岡3627
080-3384-8894
営業時間 11:30-14:00