ハンター店主がジビエ食材でつくる
「日本料理 福楽」のこだわり。
食べる
2025.12.20
「ジビエ」とは、狩猟で得た野生鳥獣の食肉を指す言葉で、ヨーロッパの伝統料理として発展してきましたが、近年では日本でも消費が拡大しつつあります。新潟市江南区の住宅街に佇む「日本料理 福楽(ふらく)」では、釣りや狩猟を趣味とする店主の媚山さんが、自ら獲った魚や肉を使った日本料理を提供していて、地場の食材にこだわる姿勢は2023年の「新潟ガストロノミーアワード」で新人賞として評価を受けました。そんな媚山さんに、食材へのこだわりについてお話を聞きます。
媚山 潤
Jun Kobiyama(日本料理 福楽)
1978年新潟市江南区生まれ。調理師専門学校卒業後、割烹や結婚式場で経験を積み、2022年に独立して新潟市江南区で「日本料理 福楽」を開店する。釣りや狩猟が趣味。
自然の厳しさを知ったことで
食材へのリスペクトが生まれる。
――釣りが趣味という人は多いけど、狩猟が趣味というのはちょっと珍しいですね。
媚山さん:釣りは子どもの頃からやっていました。狩猟をはじめたのは20歳になってからなんです。狩猟免許が取れる年齢になってすぐにはじめました。修業した割烹の先輩が狩猟をやっていたので、いろいろなことを教わりましたね。
――危ない目に遭ったりしたことはないんですか?
媚山さん:山で死にかけたことはあります。足を滑らせて崖の上から河原に滑落したんです。気がついてすぐに手足が動くかを確認しましたが、運良く骨折はなくて全身の打撲だけで済みました。リュックを背負っていたことで背中が守られたことも幸いでしたね。
――うわ〜、運が良かったですね!
媚山さん:お医者さんからは「死んでもおかしくない状況で、助かったのが奇跡だ」と言われました。でもそれからしばらくはトラウマで、高いところに登れなくなりましたね。
――命が助かって本当に良かったです。自然の怖さがよくわかるお話ですね。
媚山さん:ボートで海釣りに出かけたときも、怖ろしい目に遭いました。海が穏やかだったので粟島まで行ったんですが、帰りは風が強くなって海が大荒れになったんです。背丈以上のトンネルみたいな波をくぐって、びくびくしながら2時間以上かけて帰ってきました。でも自然の厳しさを経験したからこそ、そこで獲れた食材に対するリスペクトが大きくなった気がします。

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料理人生に大きな影響、
超人気店「エル・ジブ」の奥深い料理
――料理には以前から興味があったんですか?
媚山さん:最初から興味があったわけではないんです。大学に進学するつもりがなかったので、学歴ではなく実力で勝負できる仕事をやろうと思って、調理師の道に進みました。
――料理のなかでも、和食を選んだのはどうしてなんですか?
媚山さん:本当はフランス料理をやりたかったんですが、料理の勉強だけでも大変なのに、フランス語も覚えなければならないのはキツかったので和食を選びました(笑)
――そ、そんな理由だったとは(笑)。専門学校を卒業してからは、どんなお店で修業を?
媚山さん:古町エリアにある割烹で5年ほど働きました。いちばん下っ端だったので、いろいろな雑用をやらなければならなくて、いつも帰りが遅くなるがキツかったですね。だから仕事を早く終わらせるために、効率のいい仕事の段取りばかりを考えていました(笑)
――手際のよさを身につけたんですね(笑)
媚山さん:親方からは、とにかく基本を大切にするよう教わりました。基本さえしっかり身についていれば、だいたいのことは応用で何とかなると言われたので、包丁の持ち方や煮炊きの味付けなど、基本をしっかりと覚えるようにしましたね。
――修業を重ねるうちに、料理に打ち込む覚悟が決まったんでしょうか?
媚山さん:それもありますが、スペインの三ツ星レストラン「エル・ブジ」の本に大きな影響を受けましたね。「世界一予約の取れないレストラン」として有名だったお店のこだわりに触れたことで、料理の奥深さに気づかされたんです。
――例えば、どんなこだわりに?
媚山さん:そのお店では、お客様に料理の食べ方を指示するんです。例えばシャンパングラスに入ったスープが出てきたら、半分まで飲んでから残りを一気に飲み干すように指示されます。そうすることで、二層に分かれているスープの温度や味の変化が楽しめるわけです。

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繁華街じゃなくても
店が魅力的ならお客様は呼べる。
――いつ頃から独立を考えていたんですか?
媚山さん:30歳を過ぎた頃ですね。でも独立準備をはじめようとしたタイミングで、新型コロナウイルスの拡大がはじまったんです。しばらく様子を見ていましたが、いつまで続くかわからないので待ちきれず準備をはじめました。最初は周りの人たちから猛反対されましたね。
――コロナ禍でお店をオープンすることに対してでしょうか?
媚山さん:それもありましたけど、繁華街でもない場所で店をはじめても集客は望めない、ということでした。でも、場所に頼って営業していたって店に魅力がなかったら、最初はお客様を呼ぶことができても、15年以上営業を続けることはできないと思ったんです。だったら、場所がどこでも魅力的な店をやろうと思いました。
――ある意味、挑戦ですね。それにしても、明るくて開放的なお店じゃないですか。
媚山さん:私の要望は設計士さんからことごとく却下されてしまいましたが、その結果、とても魅力的な店舗になりました(笑)。大きな窓や高い天井のおかげで、開放感のある空間ができましたね。いらないと思ったウッドデッキも、つくってみたら開放感が生まれました。
――お庭の眺めもいいですね。
媚山さん:ここは実家の敷地なんですよ。おじいちゃんが手入れしてきた庭を生かして、駐車場から店までのアプローチをできるだけ長くしました。その間に日本料理を食べる気持ちが高まってくれたらいいなと考えたんです。なかには樹齢100年の樹もあるんですよ。近所に住んでいる80歳を過ぎたおばあちゃんが「子どもの頃に登って遊んだ」と言って懐かしがっていました(笑)


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野生の食材を使った料理の
難しさとこだわり。
――こちらのお店では、どんなお料理を楽しめるんでしょうか?
媚山さん:僕が釣った魚や狩った肉を使った日本料理です。冬場は海が荒れて釣りに出るのが難しいので、魚は使わず肉を使った料理だけになります。
――ずいぶん徹底していますね。買ったほうが楽なように感じますが……。
媚山さん:確かにその通りなんですけど、最初から最後まで自分で管理した食材でつくった料理を、お客様に楽しんでいただきたいんです。今では買った食材で調理するのが、申し訳ないとさえ思っています。
――でも、天然の食材を使うのって難しいんじゃないですか?
媚山さん:そうなんですよ。天然の食材は個体差が激しいので、良いものもあれば悪いものもあるんです。それを見極めるには長年の経験が必要になってきますね。普通はつくりたい料理に合わせて食材を揃えますが、僕の場合は食材に合わせた料理を考えるんです。
――徹底して食材ありきの料理なんですね。野生の食材を使う際に、気をつけていることはあるんでしょうか?
媚山さん:どの料理にも大切なことですけど、火入れの加減には気を使います。鹿肉や鴨肉は特に難しくて、火を入れすぎると固くなるばかりではなく、クセのある香りがでてくるんです。だからギリギリのラインを見極めながら調理しています。
――ジビエ料理が苦手という人もいるんじゃないですか?
媚山さん:ご予約の際に「ジビエが苦手だから牛豚鶏の肉で料理をつくってほしい」というオーダーをいただいたことがありましたが、お断わりしました。それって僕からしてみれば、ラーメン屋に来てお蕎麦を頼むようなものなんですよ。
――ブレないこだわりがありますね。
媚山さん:店は自分の生き方そのものだと思うんです。やりたいことをやらなければ、自分で店をやっている意味がないと思います。だからジビエが苦手なお客様に寄せるつもりはないけど、自分の料理を喜んでくださるお客様には、もっと喜んでいただけるよう努力していくつもりです。

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