ピンチを発想力で乗り越えてきた、地域密着のお店「ほうせい丸」。
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2024.02.01
新新バイパス東港ICを降りてすぐの場所にある「ほうせい丸」。宴会やランチタイムにいつもお客さんで賑わっている人気店です。ビジネス街にあるわけでもないのに客足が途切れない、その理由を社長の浅野さんに聞いてみると、お客さんを惹きつける工夫がたくさんあることがわかりました。

ほうせい丸
浅野 政和 Masakazu Asano
1961年新潟市生まれ。会社勤めなどを経て、父親が創業した「お食事処ほうせい」で働く。1994年に事業継承し店名を「ほうせい丸」に変更。宴会場を設ける、変わり種メニューを追加するなどさまざま試みを図る。映画館で最新作を観るのが趣味。
新新バイパスとともに生まれ、変化した「ほうせい丸」。
——「ほうせい丸」さんはいつからあるお店ですか?
浅野さん:創業は1982年です。父親が「お食事処ほうせい」を開業したのがはじまりです。その当時は、新新バイパスが東港インターまでしか開通していなくて、この通りはとにかく交通量が多かったんですよ。それで農家からドライブインに転業する諸先輩方が近所に何軒かあったんですね。そういう先駆けの皆さんにならって、父親が食堂をはじめたんです。それから、1994年に私の代で「ほうせい丸」に名前を変えました。
——浅野さんは、お父さんの代から料理をされていたんですか?
浅野さん:調理は料理人さんが担当していて、私は料理人さんの下で働いていました。代替わりしてからは、高校を卒業してからずっと料理の仕事をしてきた弟に調理場を任せています。

——浅野さんがお店を継がれた頃のお話も聞きたいです。
浅野さん:父の店で働いているうちに「自分でやりたいモード」が強くなっちゃって。自分の代に変わったときは嬉しかったですよ。体力はあるし、アイディアは次から次へと出てくるし。「そんげなことしなくていいわいや」って、自分の考えが却下されることはないしね(笑)。でも事業継承したタイミングっていうのは、それまで途切れることのなかったお客さまの流れが激減した頃なんです。新新バイパスが新発田インターまで開通したから、店の前の交通量がピーク時の1/10くらいになっちゃって……。
——交通量の多さが肝だったはずなのに、状況的にはピンチですよね。それで、どうしたんですか?
浅野さん:以前はこの建物に「新潟東港魚市場」というテナントさんが入っていて、そこも賑わっていたんです。皆さん「あそこは魚屋さんだよね」ってイメージを持っていたから、自分の代では海鮮をメインにしたお店にしようと考えました。それで「ほうせい丸」と名前を変えて、海鮮メニューを全面に出したんです。それと客足が減った分は、客単価を上げればいいんじゃないかと考えて、宴会をメインにしようって発想に至りました。それもマイクロバスでの無料送迎付きの宴会です。
——マイナス面を送迎サービスでカバーしたと。
浅野さん:立地条件は悪い、交通量は激減している。でも「ピンチはチャンス」だと思いました。「お客さまが来ないなら、出迎えてやろう」ってね。普通の宴会じゃダメだろうから、人数に応じて「まぐろカブト焼き」や日本酒一升を特典としてサービスしたり、記念写真をプリントしてプレゼントしたりして。何か惹きつけるものがないとお客さまはわざわざここまでいらっしゃいませんから。

「来ないなら、来てもらう」。豊富なメニュー発案の背景。
——「ほうせい丸」さんといえば、ランチメニューの豊富さも人気の理由だと思うんです。
浅野さん:転機になった年がありましてね。増税の関係もあって、宴会数が徐々に減ってきた2015年に食事メニューを強化しました。「お客さまが来るのを待つんじゃなくて、来てもらう工夫をしなくちゃ」って発想がずっとあったので、「海鮮チャレンジ丼」や北区出身力士の豊山にちなんだ「豊山定食」、「ローストビーフいくら丼」など、それまでしてこなかったメニュー開発に力を入れたんですよ。そしたら「珍しいメニューがたくさんある」とテレビ局さんから取材のオファーをいただくようになりました。

——限定メニューの「あけおめ海鮮丼」にもびっくりしましたよ。
浅野さん:あれは「じゃらん」さんから「年始のメニューを考えてもらえませんか」と頼まれたのがきっかけです。お正月でめでたいから、海老をドーンと入れた海鮮丼なら皆さん喜ばれるんじゃないかと思い切りました。
※「あけおめ海鮮丼」のサービス期間は終了しています。
——海鮮丼の豪華さもそうですけど、「41周年だから41円」にびっくりです。
浅野さん:今は新聞広告を一切入れていないので、広告費だと思っているんです。それくらいやらないと食いつきが悪いじゃないですか。当たり前のことをやってもぜんぜん目立ちませんから。「あけおめ海鮮丼」の応募数は毎年増えているので、ちゃんと宣伝効果が出ていると思っていますよ。
——社長としての手腕が光っていますよね。弟さんに料理を任せていらっしゃるから、浅野さんが経営に集中できたところもよかったんじゃないですか?
浅野さん:弟と二人三脚っていうのは心強いですよ。これが家族じゃなかったら意見が割れたりするのかもしれない。まぁ、兄弟でも当然そういうときはありますけど(笑)。でもお互い自分の分野に集中できるのはありがたいですよね。弟がいてこその「ほうせい丸」です。

地域に密着し、多くの人に「喜び」を届ける。
——こんなこと聞いてよいものかと思いつつ、せっかくの機会なので質問させてください。浅野さんの次の代をどうするか考えていますか?
浅野さん:「地域密着」を大事にしているので、この地域をわかっている人じゃないと難しいかなと思うんです。その方が馴染むっていうかね。身内が継承して、お店が存続すればいいなっていうのが希望ですよね。でも何かを求め過ぎると、きっと受け継いだ側はきついじゃないですか。だから次の代に受け渡したとして、もし今までと違うやり方であっても意見は言わないでいようと思っています。世の中広いから、80歳で元気な人だっていっぱいいるでしょう。おかげさまで健康なので、体力のある限り続けていこうと思っていますよ。
——その言葉を聞けてよかったです。ちなみに「地域密着」という言葉が出てきましたが、具体的にはどんなことをされてきたんですか?
浅野さん:代替わりして5年目の年に「もう5年間も続けてこられたんだ」ってお客さまへの感謝の気持ちが芽生えてきて。何か地域の皆さんに還元したいとチャリティービアガーデンを開催したことがありました。パフォーマンスしてくれるのはお客さん。練習の成果をステージで発表できるんだから、演者さんもハッピー。出演料は払わなくていいから店側もハッピー、来場のお客さんもハッピーってまさに「三方よし」と思えたイベントでしたね。他にも駐車場にひまわりを植えてもらうイベントをしたり、地引き網体験ができる企画をしたりいろいろ開催しましたよ。

——わ〜。盛り上がったでしょうね。
浅野さん:2004年の中越地震、2007年の中越沖地震では地元の皆さんと協力して炊き出しボランティアにも行きました。東日本大震災で福島から避難された方が少しでも元気になってくれたらいいなと思って、宴会料理を振る舞ったこともあります。「喜び」が会社のテーマなので、これからもお客さまや地域の皆さんの「喜び」を追求していきたいですよね。

ほうせい丸
北蒲原郡聖籠町藤寄2321-4
tel 025-386-3587
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