Tokyo Styleをアウトプットする「id nagaoka」。

服もイベントも、固定概念にとらわれない新感覚MIX。

毎週東京へと足を運び、感度の高いイベントに顔を出すことをルーティンに、最新のアパレルから、イベント、アーティストなど、カルチャーを長岡へ運んでくる酒井さん。自身が営むセレクトショップ「id nagaoka」では、MODE、SKATE、KNIT、USED WEARのミックススタイルをコンセプトにアイテムを展開しています。今回は、ファッションを愛し、ファッションに愛された男の素顔に迫ります。

 

id Nagaoka

酒井一馬 Kazuma Sakai

1980年新潟県長岡市生まれ。長岡大手高校を卒業後、文化服装学院へ進学。MODE、SKATE、KNIT、USED WEARを展開する「id nagaoka」を2016年10月にオープン。ファッションとお酒を愛するショップオーナー兼「MITSUKE KNIT」広報。

「COMME des GARCONS」のバリバリな立体裁断。

――よろしくお願います。まずは、ファッションに興味を持ったキッカケから教えください。

酒井さん:中越地域は、縫製の産地って知っていましたか? 長岡市は栃尾を中心に織物が盛んで、見附市はニットをはじめとした編み物が有名です。そんな地域なので、縫製された服にアイロンをかけるプレス業という仕事もあり、実家がそうでした。

 

――となると、実家でいろいろな服を見ていた、ということですね。

酒井さん:とてつもない立体裁断を施された「COMME des GARCONS(コムデギャルソン)」の服などが並んでいましたね。それもあって「面白い服があるんだな」と、ファッションに興味を持ちました。まぁ、本格的に服を買いはじめたのは中学生からですが。

 

 

――中学生のときは、どのようなファッションを?

酒井さん: USA製の「VANS(ヴァンス」「CONVERSE(コンバース)」のスニーカーを履いて、同じくUSA製のビンテージ、古着ばかりを着ていましたね。高校の進学は私服の学校に行きたくて進学先を選んだくらい、ファッションにのめり込んでいた時代です。

 

――となると、高校時代もとことんファッションに?

酒井さん:雑誌「asayan」を穴が開くぐらい熟読して、「fragment design(フラグメントデザイン)」の藤原ヒロシさん、「UNDERCOVER(アンダーカバー)」のジョニオ(高橋盾)さん、「A BATHING APE(アベイジングエイプ)」のNIGOさんたちに憧れていました。

 

――裏原カルチャーを作った人たちですね。

酒井さん:ドメスティックブランドにビンテージや古着を合わせていて、めちゃくちゃ刺激的でした。ただ、今と違ってインターネットなんてなく。雑誌の情報だけを頼りにジョニオさんが着ていたTシャツを探したりしていました。「あのTシャツは、どこのヤツだ?」ってね。

 

ちょっと恥ずかしいから、電信柱に隠れて見ていた「asayan」。

――探すにしても、長岡に取り扱っているショップなんてありました?

酒井さん:それが、なかったんですよ(笑)。だから新潟市内まで行ったり、新幹線に乗って東京へ足を伸ばしたり。とにかくファッションに命をかけていました。はじめて東京に買い物へ行ったのは、高校2年生。いろいろと衝撃を受け、今でも鮮明に覚えています。

 

――人の多さですか(笑)?

酒井さん:NIGOさんとジョニオさんが1993年にオープンした「原宿NOWHERE」というショップがあるんです。憧れていたから、とにかく行きたくて。夏休みを利用して行ったんです。が、なんと改装中でお休み(笑)。ショックでしたねー。

 

――せっかく目指して行ったのに。目的を失いましたね。

酒井さん:いえ、たくましく「asayan」を片手に「STUSSY(ステューシー)」や「NEIGHBORHOOD(ネイバーフッド)」を巡りました。が、今みたいにGoogle先生が親切に道案内をしてくれる時代ではありません。掲載されている簡単な地図を頼りに探し回り。でも、かっこ悪いから地図を確認する時はコソコソと隠れて(笑)

 

――なんか分かる気がします。田舎者に見られたくないんですよね(笑)。青春ですね。

酒井さん:まぁ、とにかくNIGOさん、ジョニオさんに憧れていました。文化服装学院を進学先に選んだ理由も、ふたりが卒業していたからです。

 

憧れの「NOWHERE」へ。先の見えない道のり。

――文化服装学院は、どんな学校だったんですか?

酒井さん:家庭科の先生を目指す人とか、工場、アパレルショップ、ブランド勤務を志す人たちがいて、たくさんの出会いがありました。でも、ファッションという一見華やかな世界を夢見てきたら、地味で大変な現実に、夏休みが終わると辞めていく生徒も多くいました。

 

――酒井さんは当時、何を目指していたんですか?

酒井さん:一択で「原宿NOWHERE」で働きたい、でしたね。

 

――じゃ、就職試験を受けたり?

酒井さん:それがどこにも求人が出ていなかったんです。ハローワークにもないし。

 

――求人が出てないと、どうしようもないですよね。諦めたんですか?

酒井さん:100%諦めたわけではありませんが、学校に来ていた募集に「COMME des GARCONS」と「Yohji Yamamoto(ヨウジヤマモト)」があったので、受けることにしました。1社目の「COMME des GARCONS」は二次面接で落ち、その後、「Yohji Yamamoto」も面接までこぎつけましたが…喜んでいたら、知り合いづてに、今度は「原宿NOWHERE」の求人の話が舞い込んできたんです。喜び倍増ですよね(笑)

 

 

――ダブルでハッピーな知らせですね。「原宿NOWHERE」の求人は、どうして知り合いから?

酒井さん:「原宿NOWHERE」の求人って、欠員が出たら知り合い内で確保するシステムだったんです。働きたいことを知っていた人が、僕のことを覚えていてくれて。ありがたいですよね。何も見えなかった夢への道に、光を灯してくれたんですから。

 

――「Yohji Yamamoto」か「原宿NOWHERE」になったんですね。リッチな選択ですね。

酒井さん:それが、面接が同じ日だったんです(笑)

 

――うわ(笑)。どっち選んだんですか?

酒井さん:もちろん「原宿NOWHERE」しかないですよね。憧れていた人たちと一緒に働けるんですから。

 

「NOWHERE」があったから、今がある。

――人生の夢が叶い、憧れのショップで働けることになって。…どうでしたか?

酒井さん:そのとき原宿はドメスティックブランドで溢れてきたので、「原宿NOWHERE」は、場所を青山に移して「青山NOWHERE」となりました。そこでは著名人やプロスケーター、アーティストなど、多くの人たちとの出会いがあって、店長も務めさせてもらえたり、財産となる経験でした。もちろん、憧れの人たちと同じ環境にいれたことも。

 

――そんなショップで働いていたのに、どうして長岡に戻られたんですか?

酒井さん:大きな地震が2度もあったじゃないですか? 自分の故郷にも、こんなに大きな地震が起きるんだって思ったこと、祖母の介護で家業のサポート、当時の彼女(現在の妻)との結婚を考えて。それに、漠然とショップを持ちたいとも思っていたので。

 

――そうなんですね。それでは「id nagaoka」について教えてください。どのようなコンセプトのショップですか?

酒井さん:憧れていた人たちや好きだった音楽などから影響されて、必然的にMODE、SKATE、KNIT、USED WEARのミックススタイルをコンセプトにしたショップとなりました。「N.HOOLYWOOD(エヌハリウッド)」「VICTIM(ヴィクティム)」などのドメスティックブランドをはじめ、「VANS」「THRASHER(スラッシャー)」等のスケートブランド、さらには同じ新潟発のニットブランド「WRAPINKNOT(ラッピンノット)」も取り揃えています。(編集部注:WRAPINKNOTについてはこちらの記事もぜひ!

 

 

――幅広いラインナップですね。どうして、見附のニットもセレクトされたんですか?

酒井さん:実はUターンしてから文化服装学院時代の先生から紹介を受けて、ニット会社「丸正ニットファクトリー株式会社」に入社しました。見附商工会が運営する「MITSUKE KNIT(ミツケニット)」の事務局にも所属し、関わらせていただいているので。見附ニットの素晴らしさも伝えたいと思い、ミックススタイルに組み込みました。

 

――「id nagaoka」と「MITSUKE KNIT」のWワークなんですね。ショップを運営するにあたって、大切にしているコトを教えてください。

酒井さん:自分がアップデートしていくことですね。以前なら名物店主がオススメしてくれるアイテムなら売れていましたが、今はそうではありません。自分が本物だと思うブランド、作品、アーティスト、ショップ、そしてイベントに足を運び、しっかりと目に焼き付けて「id nagaoka」を通してアウトプットする。このことに全力を注いでいます。

 

――だから、ポップアップストアやイベントを頻繁に開催されているんですね。

酒井さん:東京にあるブティックホテル「TRUNK HOTEL(トランクホテル)」では、18時にオープンするイベントが開催されています。歳を重ねて、だんだんと朝まで遊ぶことが困難になってきた世代に向けて、遊んでも帰れる時間帯に設定されています。著名人なんかが同じ空間にいて、みなさん、フラットにイベントを楽しんでいます。あとは本物をタイムリーに感じるために毎週、東京へ行っては2~3ヶ所を巡っています。

 

――長岡にいながら、東京の今を伝えているんですね。

酒井さん:この感度や考え方は、すべて「NOWHERE」があってこそだと思います。もちろん、これまでに出会ってきた人たちとの繋がりも。こんな長岡の小さなショップには呼べないようなアーティストを招いて、イベントが開催できるのも「NOWHERE」があったから。とにかく、今までの経験と本物を見て感じた“カッコイイ”を切り取って、地元である長岡に伝えていきたいと思っています。

 

パラレルキャリアで多岐に渡った活動を。

毎週火曜と週末にオープンする「id nagaoka」。そして見附ニットのPR活動等にも勤しむ酒井さん。自身を“なんでも屋”と呼ぶほどに、活動の幅は広い。海外では、さまざまなキャリアを重ねる人たちが多いなか「二兎を追う者は、一兎をも得ず、とあるが、追わなければ二兎を得ることはできない」と酒井さん。しかし、広がった視野のすべてはファッションに繋がり、人とも繋がっています。服だけでなく、最新の東京、そして何かに出会える場所。それが「id nagaoka」です。

 

 

 

id Nagaoka

新潟県長岡市笹崎1-4-8 笹崎ファーストビル1F

0258-77-2026

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