自然豊かな村上市には、鮭や村上牛をはじめとした美味しい食材がたくさんあります。そのため割烹も多いのですが、そのひとつが今回ご紹介する「割烹 千渡里(かっぽうちどり)」です。壁一面に有名人のサインが書かれた店内で、お店を切り盛りする中倉さんご夫婦にお話を聞いてきました。
割烹 千渡里
中倉 貴洋 Takahiro Nakakura
1971年村上市生まれ。建設会社の事務職を経て、2007年の結婚を機に「割烹 千渡里」で料理人として働きはじめる。昨年より社長に就任。30年以上ウォーキングを続けている。
割烹 千渡里
中倉 歩 Ayumi Nakakura
1972年村上市生まれ。旅館で働くが腰を痛め、1991年より家業の「割烹 千渡里」で働く。趣味は旅行で、台湾とカナダでのホームステイが印象に残っている。
——壁一面のサインがすごいですね。何気に有名な方のサインもあるじゃないですか。いちばん奥にあるのは、70年代に一世を風靡したイラストレーターの水森亜土さんでは?
歩さん:水森さんは当店で行ったジャズのイベントにボーカリストとして参加して、そのときにイラストを描いてくださったんです。他にもいろいろな有名人がご来店くださいましたけど、皆さま奢ったところのない気持ちいい人たちでしたよ。
——ずいぶん古いサインもあるようですが、こちらのお店はいつ頃から続いているんですか?
歩さん:私の祖母が牛乳屋、煎餅屋に続いて小料理屋をはじめたのが創業で、最初は「千鳥」という店名だったんです。祖父が尺八の師範をやっていたことから、尺八の名曲「千鳥」を店名にしていたんですが、字画が悪いということがわかって「千渡里」と書いて「ちどり」と読むようになりました。
——そんな裏話があったとは。最初は小料理屋さんとしてはじまったんですね。
歩さん:新潟や京都で和食修業をした父が帰ってきてから、今のような割烹を開くことになったんです。
——「割烹 千渡里」は、歩さんのご実家の家業なんですね。
歩さん:そうです。三人姉妹の長女だったので、幼い頃から祖母には「割烹を継がなければならない」と言われ続けて育ちました。しかも飲食業の厳しさを目の当たりにしてきたので、自分と結婚するような相手はいないと思って結婚を諦めていたんです。かといって私ひとりで割烹を経営できるとは思えなかったので、父が引退したら私の代で店を畳もうと思っていました。
——でもご結婚されたんですよね。
歩さん:夫とうちの母親同士が友人だったんです。うちの母親は「娘の夫に合うのはこの人しかいない」と思ったようで、共通の知り合いを通して勧められたんですよ(笑)
——貴洋さんは、結婚される前から料理のお仕事を?
貴洋さん:ずっと建設会社の経理マンをやってきました(笑)。36歳のときに奥さんと結婚することになったので、家業の「割烹 千渡里」を手伝おうと決心したんです。
歩さん:私は料理人の厳しさを知っていたので止めたんですけど、会社を辞めてお店に入っちゃったんです。
——まったく経験のない状態で、36歳から料理人の修業をするのは大変だったんじゃないですか?
貴洋さん:大変でしたね。最初の頃は何をしたらいいのかわからないし、お客様と話すこともできなかったので、厨房の隅に立ったまま動くことすらできませんでした。耐えきれずお店の裏に逃げて、野菜の皮むきを練習していたんです(笑)
——それは辛い思いをしましたね(笑)。でも、今ではおひとりで調理をこなしているんでしょう?
貴洋さん:僕が働きはじめた頃は、義父、義妹、それから板前さんの3人で調理をしていたんです。でも僕が入ってしばらくすると義妹が結婚してお店を辞めてしまったので、僕が義妹の担当していた揚げ物をやることになりました。数年前に板前さんが退職し、義父も視力が低下して包丁を扱えなくなってしまったので、昨年僕が社長になって、奥さんに手伝ってもらいながらひとりで調理をしています。
歩さん:昨年末はお店の営業をやりながら、無理してお座敷の宴会にも対応していたら、あまりの忙しさでふたりとも不眠症になってしまったんですよ。そこで今年からは思い切って宴会を辞めて、カウンターや小上がりのお客様に楽しんでもらうようなスタイルに変えたんです。
——貴洋さんはお義父さんから教わったことで、心掛けていることってあるんでしょうか?
貴洋さん:先代から教わったのは「気持ちを込めて料理を作る」ということです。「美味しくなれ」と気持ちを込めながら調味料を入れたり盛りつけをしたりするだけで、同じ材料や調味料を使っていても味が美味しく変わるんです。不思議なことですけど、今では漠然とわかるような気がしてきました。
歩さん:美味しいものって出汁みたいに隠れたところが大事だと思っているので、見えないところも疎かにしないように心掛けています。
——他にも気をつけていることがあったら教えてください。
貴洋さん:お客様が口に入れるものを扱うということは、命を預かるということでもあると思うんです。だから衛生管理には徹底して気をつけていますね。コロナ禍がはじまる前から調理の際にはビニール手袋を使っていたんですよ。
歩さん:少しでも鮮度が疑わしいと思ったものは、お客様にお出ししないようにしています。一方で父からは「同じ品物を並べられたら値段の高い方を買え」と言われていたので、値段が高くてもいい素材を使うようにしています。お客様のことを第一に考え、利益は二の次にするよう心掛けているんです。
——ではお料理のオススメがあったら教えてください。「割烹 千渡里」の名物といえば「だぁーまた丼」が思い浮かびますけど……。
歩さん:「だぁーまた丼」には15〜16種類のお魚をお刺身にして使っているんですけど、近年はそんなに多くのお魚がなかなか揃わないんです。ですから、現在は予約制でご提供させていただいています。
貴洋さん:最近人気があるのは「うめもん定食」ですね。村上名物の塩引き鮭、はらこ、村上牛をちょっとずつ味わえる定食になっています。
——お料理以外で心掛けていることがあれば教えてください。
歩さん:父の頃から接客を大切にしてきたお店だったので、居心地のいいお店を目指しています。お客様にできるだけお声掛けするのはもちろん、目配りを欠かさないようにしています。今では慣れてきたので、見たり聞いたりしなくても「お客様のお酒がなくなるんじゃないか」「お料理が届いていないんじゃないか」ということが感覚で分かるようになりました。
——そんなことがわかるんですか(笑)
歩さん:目に見えないものに気を使って、お客様の求めていることを察する力を養うようにしています。
——今後やってみようと思っていることはあるんですか?
歩さん:当店で使っている醤油やポン酢は、何種類もの醤油や調味料をブレンドしながら父がレシピを考えた自家製なんですよ。ご家庭でも美味しいお刺身を味わっていただきたいので、それを商品化して販売してみようと考えているところです。お客様の反応がよければ、しそ味噌やふき味噌といった商品も販売していきたいですね。
割烹 千渡里
村上市細工町2-14
0254-53-6666
11:00-13:30/17:00-21:30(火水木曜は夜営業のみ)
日曜他不定休