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新潟の花ろうそくを全国へ広げたい「小池ろうそく店」の挑戦。

「花ろうそく」は新潟周辺だけの独自の文化。

村上市の堆朱、燕市の洋食器、五泉市のニット製品、加茂市の桐だんす、糸魚川市の翡翠細工…新潟県にはいろいろな物産工芸品があります。その中に「花ろうそく」と呼ばれるものがあるのをご存知でしょうか。和ろうそくに花の絵が施されたもので、これ、実は新潟とその周辺地域にしかない独自の文化なのだそうです。今回は「花ろうそく」を作り続ける「小池ろうそく店」の社長・小池孝男さんに「花ろうそく」の由来や復活秘話を聞いてきました。

 

小池ろうそく店

小池 孝男 Takao Koike

1964年新潟市江南区生まれ。京都府の大学を卒業後、静岡県の浜松市にある商社で働く。1989年新潟市に戻り小池ろうそく店を継ぐ。趣味は幅広く、ジャズバンドでトランペットを演奏したり、バイクでツーリングを楽しむ。またラジオチャット「FMにいつ」の「新潟の社長ラジオ“自分流”」という番組でパーソナリィーも務めている。

 

倉庫の隅で出会った花ろうそくが運命を変えた?

——小池さんは子どものときから「小池ろうそく店」を継ごうと思っていたんですか?

小池さん:いいえ、若い頃の私はろうそくなんて辛気くさいと思っていたから大嫌いだったんです。「ろうそく=お化け」のイメージしか持ってなかったんですよ(笑)。だから京都の大学を卒業した後は、浜松の商社に勤めたんです。浜松市は温暖で過ごしやすくて、楽器やバイクの町だったから、私の趣味にもぴったり合うし。できれば浜松でずっと暮らしていたかったんですよね…。

 

——それなのにどうして新潟に帰ってきたんでしょうか?

小池さん:父親が体調を崩して、それで新潟へ帰ってきたんです。でも、やっぱりろうそく店を継ぐことには迷いがありました。あるとき店の整理をしていたら、倉庫の隅に花の絵が描かれたろうそくを見つけたんです。それは「花ろうそく」と呼ばれるものなんですが、高くて誰も買わないから片付けられてたんです。だって、スーパーだったら1箱100円で買えるろうそくなのに、1本で1,000円もするんですからね。そりゃあ売れないですよ。でも、私はそれを見て何か感じるものがあったんです。

 

——ほう、ビビッときたんですね。

小池さん:まず、「花ろうそく」に描かれた花の絵柄がとても美しかったんです。それまで私が抱いていた辛気くさいイメージのろうそくじゃなかったんですね。あと「花ろうそく」の由来を聞いてピンと来ました。新潟って雪国ですから、冬の間は雪が積もって仏壇に飾るためのお花なんかも手に入らなかったんですよね。昔はビニールハウス栽培もやってなければ、造花なんかもなかったんです。そこで、ろうそくに花の絵を描いて仏花の代わりに使っていたそうなんです。ろうそくが溶けて消えていく花は、亡くなった人に届くと言われていたんですね。

 

——へ〜なるほど、「花ろうそく」って、そういう由来のあるものだったんですね。

小池さん:そうなんです。しかも当時は全国どこにも「花ろうそく」なんてなくて、新潟をはじめとした周辺地域独自の文化だったんです。これは新潟の特産品として販売できるんじゃないかって思いました。あと、当時のろうそく店って全国で20軒も残ってなかったんです。言ってみれば「絶滅危惧種」ですね。そんなろうそく店を盛り上げて、新潟の文化でもある「花ろうそく」を全国に広める挑戦をしてみたいっていう気持ちになったんです。

 

ろうそくは「お葬式で使うもの」から「お祭りには欠かせないもの」へ。

——「花ろうそく」を広めるために、まずはどんなことをしたんですか?

小池さん:「花ろうそく」の生産準備を始めました。今は9人の絵師がいますが、当時は県内の「花ろうそく」絵師って、おばあちゃん一人しか残ってなかったんです。そこまで「花ろうそく」は衰退していたんですよ。ただ、お土産屋さんに花ろうそくを見てもらって意見を聞いて回ったんですけど、どこのお土産屋さんからも「そんなの売れない」って言われましたね。バブル景気の頃だったから「ろうそく屋なんてやらないで会社勤めしたら?」なんて。

 

——なかなか厳しいですね。でもあきらめなかったんですか?

小池さん:はい。あるとき、相談に行った先のお土産屋さんから、新潟県のお土産審査会に出品してみたらどうかと勧められたんです。審査が通れば商品にも箔がつくってことでした。そこで応募したらなんとか審査を通りまして、それ以降は新潟県が参加する他県の物産展に誘ってもらえるようになったんです。でも、初めの頃はあんまりいい扱いを受けないこともありましたね。イベント主催者から「ろうそくはお葬式に使うものだからお祭りには向かない」なんて言われて、端っこのトイレ前のブースで出店してました。実際、お客さんも珍しがってはくれるものの、買ってはくれなかったんですよ。ぜんぜん売れなくて資金も底をついてきてしまったんです。

 

——物産展に出れるようになったのに、売れるところまでは行かなかったんですね。

小池さん:それで、なんとかお客さんに興味を持ってもらおうって思って、物産展の会場で私自らろうそくの絵づけを実演してみたんです。どんな風にろうそくができるのか実際に見てもらおうって思ったんですよ。そしたら人が集まるようになって売れ始めて、物産展での「花ろうそく」の人気が高くなっていったんです。イベント主催者も以前とは違って「お祭りにはろうそくが欠かせない」なんて言ってくれるようになりました(笑)

 

——すごい手のひら返し…(笑)。その後「花ろうそく」は人気商品になっていったんでしょうか?

小池さん:雑誌やテレビに取り上げてもらえるようになりましたね。そうしたら、全国各地の物産展から「花ろうそく」の出店オファーがたくさん来るようになって。私一人ではとても手が回らなくなったので、関東在住の応援スタッフにも活動してもらいました。愛知県で2005年に開催された「愛地球博」では新潟県で唯一の公式メーカーとして出店させてもらったんです。

 

縄文時代への憧れで土器のレプリカギャラリーをオープン。

——ところで気になっていたんですけど、お店に併設して、縄文式土器や土偶のレプリカギャラリーがあるんですよね?

小池さん:「ギャラリーJOMON(ジョーモン)」として2019年にオープンしました。私が子どもの頃ってミステリーブームやオカルトブームがあって、世間で不思議なものが流行ってたんですよ。UFOとか古代文明とか超能力とか。そんな中で縄文時代への浪漫も感じていて、小学3年生のときに粘土で土偶のレプリカを作ったほどだったんです。

 

——縄文時代のどこにそんな浪漫を感じるんでしょうか?

小池さん:考えてみてください。人類の歴史の中で記録が残っているのは1万年の中のせいぜい2000年ちょいしかないんです。残りはすべて縄文時代ってことになるわけですけど、まったく知られていない時代なんですよ。そんなところに浪漫を感じますね。あと、その時代に作られていた縄文式火焔土器が、新潟でしか出土していないことにも不思議なものを感じます。

 

——なるほど。それでギャラリーをはじめたと。

小池さん:私は以前からお土産用で、小型の縄文式土器風のろうそく立てを提案していたんです。それが縁で縄文土器のレプリカを製作している作家さんと知り合いました。その作家さんは博物館とかに展示される土器のレプリカを作る仕事をしていたんですが、2004年の新潟県中越地震で博物館の土器のレプリカが落ちて壊れてしまい、それ以降は3Dプリンターで作る樹脂製のレプリカに変わってしまったことで仕事が少なくなってしまっていたんです。そこで作家さんからの相談を受けて「ギャラリーJOMON」をオープンしたんです。土器とろうそくって相性がいいんですよ。土器の中でろうそくの火を灯すと、影が揺らいで見えてヒーリング効果があるような気もします。

 

世間に知られていないコアな店や企業を紹介したい。

——今後はどんなことをしていきたいと思っていますか?

小池さん:私の娘も「花ろうそく」の絵師として手伝い始めてくれているので、いいタイミングで店を娘にバトンタッチしたいと思ってます。私は現在「FMにいつ」っていうラジオチャットで「新潟の社長ラジオ“自分流”」っていう番組のパーソナリティーをやってるんですが、あまり人に知られていないコアなものが好きなので、まだ世間であまり知られていないお店や企業の紹介をどんどんしていきたいですね。

 

 

 

小池ろうそく店

〒950-0135 新潟県新潟市江南区所島2-2-76

025-381-3044

10:00-17:00

土曜日曜祝日休

 

※掲載から期間が空いた店舗は移転、閉店している場合があります。ご了承ください。
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