オフセット印刷やオンデマンド印刷が世の中の主流となり、いろいろな機能を持った便利な印刷機が登場しています。そんな中で最近見直されているのが、「活版印刷」という印刷技術です。様々な活字を組み合わせ、インクのついた凸面を紙に押し付けて印刷する、歴史の古いアナログな印刷技術。その活版印刷をたったひとりでやっているのが「KOULE TYPE(コウラタイプ)」の吉沢さんです。今回は吉沢さんに活版印刷の魅力について聞いてきました。
KOULE TYPE
吉沢 加也 Kana Yoshizawa
1980年新潟市南区生まれ。京都造形芸術大学通信教育部情報デザイン科の講義で文字の魅力を知り、活版印刷に初めて触れる。卒業後はアルバイトやOLを経験し、28歳から東京のワークショップに3年間通って活版印刷を学ぶ。2013年新潟市にあるWebサイト制作会社の活版部でディレクターを務め、2014年に「KOULE TYPE」として活版印刷の工房を立ち上げる。あんまんが大好きで、Instagramのストーリーにはほぼ毎日あんまんの画像が上がっている。
——今日はよろしくお願いします。「KOULE TYPE」ってどんなことをしている工房なんでしょうか?
吉沢さん:はい。活版印刷の工房です。名刺、ショップカード、ポストカード、結婚式の招待状とかの活版印刷をお受けしてます。活字を使った印刷のほか、デザインを金属版に起こした活版印刷や、デザインと活字を組み合わせた活版印刷にも対応できます。その他にワークショップもやってます。昨年の11月に5周年を迎えることができました。
——5周年おめでとうございます。「KOULE TYPE」っていう名前にはどんな意味があるんですか?
吉沢さん:「TYPE」は英語で活字、「KOULE」はチェコ語でボール、球体という意味なんです。尊敬する世界的な書体デザイナーの小林章(こばやしあきら)さんから著書にサインしてもらった際、サインと一緒に「まずはボールだ」って書いてあったんです。子どもが初めてサッカーしようとするとき、最初から技術書なんて読まずに、とりあえずボールで遊んでみますよね? 本の知識だけではなく、「何事もまずやってみろ」っていう意味の言葉なんです。
——吉沢さんは今まで印刷業界で働いていたんですか?
吉沢さん:いいえ、今まで印刷会社で働いたことはないんです。高校を卒業したばかりの頃は、舞台や映像の照明スタッフをやりたいって思ってたんですよ。それからやりたいことが変わって、光の作品を作りたいと思うようになり、京都造形芸術大学通信教育部の情報デザイン科で勉強したんです。でも最初に受けた授業が、グラフィックデザイナーの白井敬尚(しらいよしひさ)さんによる、文字について学ぶタイポグラフィの授業だったんです。まったく期待しないで受けた授業だったんですが、とっても面白くて書体というものに対して興味を持つようになったんです。翌日には東京の新宿にある出版社に、タイポグラフィについて話を聞きに行っていました。
——文字デザインの魅力にとりつかれたわけですね。活版印刷を始めるようになったきっかけはあるんですか。
吉沢さん:文字のことをよく知ろうと思って本を読むと、そこにはだいたい活版印刷のことが出てくるんです。それで自然と活版印刷に興味を持つようになって、活版印刷を学べる東京のワークショップに28歳から2年くらい通って勉強しました。そのとき日本製の活版印刷機を予約したんですが、手に入るまでに2年もかかってしまったんです。当時はまだ活版印刷がブームになる前で、各印刷会社では活版印刷機を売ることもなく工場の隅に放置していたんですね。それでなかなか市場に出回らなくて、手に入りにくかったんです。そのおかげで、ちょうど私が活版印刷をマスターしたタイミングで手に入れることができたんです。
——ようやく念願の活版印刷機を手に入れて。その後すぐに「KOULE TYPE」を立ち上げるんですか?
吉沢さん:「KOULE TYPE」立ち上げの1年前に、Webサイトの企画制作をする会社で、ディレクターとして活版印刷に携わりました。その会社の代表が活版印刷に興味を持っていて、会社の中に活版部を作ったんです。そこで活版印刷の仕事をしながら腕を磨いて、2014年に独立して「KOULE TYPE」を立ち上げたんです。
——活版印刷をやっていて大変なことってありますか?
吉沢さん:活字ってけっこう消耗しやすいんです。漢字の活字は比較的丈夫なんですけど、欧文の活字は潰れたり飛んだりしやすいんです。特に端の方は圧力がかかりやすいんですよ。しかも、活版印刷に求められるのって印刷時の凹みだったりするから、強く押すことが多いんです。でも活字を作っているところって東京に2ヶ所しかないから、なかなか手に入らないんですよね。なかなか悩ましいところです。
——消耗しやすいのに手に入りにくいんですね。では逆に活版印刷の良さっていうのはどんなところですか?
吉沢さん:オフセット印刷に比べて文字がすっきりシャープに印刷されるので、読みやすくて情報が頭に入りやすいような気がします。あとインクに強弱が出るので、加減によって印刷の表情が変わるんです。私は綺麗になりすぎないところに心地よさを感じますね。あと活版印刷は用紙を選ばないので、表面がツルツルしたインクが乗りにくい紙にも綺麗にインクが乗るんです。そんなところもメリットですね。
——最後に活版印刷に対する思いをお聞きしたいと思います。
吉沢さん:いろいろな印刷の手法がある中で、活版印刷は古くて懐かしいものっていうイメージで見られがちですが、それだけで需要があるのって、決して今後のためにはならない気がしています。そうではなく、表現したいものに活版印刷が適しているのなら、活版印刷を選んでもらえればいいって思うんです。そういった選択肢の一つに活版印刷がなってくれたらいいなって思ってます。
タイポグラフィの魅力にハマったことがきっかけになり、活字を使った活版印刷を始めた「KOULE TYPE」の吉沢さん。どこか懐かしさや温かさを感じることができる活版印刷ですが、吉沢さんは懐かしいイメージだけじゃなく、新しい表現にもマッチした活版印刷を目指しています。活版印刷の世界がこれからどんな広がりを見せてくれるのかとても楽しみですね。
KOULE TYPE