子どもの頃から実家の牧場で馬の世話をし、新潟県競馬の騎手を経て調教師になった「松原ステーブルス」オーナーの松原さん。馬一筋の人生を送って来た松原さんの、馬への愛情に満ちた活動をご紹介します。
松原ステーブルス
松原正文 Masafumi Matsubara
1961年北海道生まれ。「松原ステーブルス」オーナー。16歳で新潟県競馬の騎手となり、その後調教師となる。2006年「松原ステーブルス」を開き、胎内市の伝統神事「シャングシャング馬」の復活に従事。
日本海にほど近く、林や畑に囲まれた中にある胎内市の「松原ステーブルス」は、乗馬体験をすることができる馬の養老牧場です。そこで暮らす馬のほとんどは引退したサラブレッドなどを含む元競走馬。競走馬としての役割を終えた馬が健やかに余生を過ごせるよう、松原さんはこの牧場を立ち上げました。
さて、まずは一般の「乗馬体験」のお話を。この牧場では、2種類の乗馬体験(ワンコイン乗馬/外周コース)が用意されています。「ワンコイン乗馬(500円)」は、柵中の馬場を馬に乗って約10分間回るコース。ちょっとだけ馬に乗ってみたいという人にはぴったり。ちなみに馬は午前中、牧場に放牧されているので、誰でも自由に見学することができます。
「外周コース(2,000円)」は、牧場外周の林道を約30分かけて回るコース。木々の間を馬に乗って散歩すると、乗馬の醍醐味を味わうことができます。どちらのコースも前日までの予約が必要。ただし、気温が30度を超えたときは馬の体調を考え、乗馬を遠慮させてもらうこともあるそうです。
乗馬は写真の通り、女性でも気軽に楽しめるアクティビティ。馬は基本的におだやかな生き物ですが、驚くことがあったりすると、噛んだり蹴ったりすることも。くれぐれも馬を驚かさないよう、馬の後脚のそばに立ったりしないよう気をつけましょう。マンガのようにポーンと蹴られてしまうかも?
「松原ステーブルス」を運営しているオーナーの松原さんは北海道出身。子どもの頃から実家の牧場を手伝っていたため、将来は馬関係の仕事をしたいと思っていたそうです。そして16歳のとき、松原さんは働いていた牧場に訪れた新潟県競馬の調教師の目にとまり、騎手としてデビューすることになりました。
騎手時代にいちばん辛かったのは「減量」。鞍(くら)も含めた総重量を53kgに収めねばならず、レースのあるときは常に体重を46kg〜47kgに保たなければならなかったのです。その後、調教師試験に合格して、自分の厩舎を構えたのは30歳のときでした。しかし、新潟県競馬自体が業績不振で廃止になるという憂き目に。そこで同じ地方競馬の金沢競馬に移りました。その後、競馬界を離れて新潟県に戻り、胎内市にあった新潟県競馬の牧場跡を買い取った松原さんは、2006年に「松原ステーブルス」を開くことになるのです。
松原さんが「松原ステーブルス」を開いた背景には、馬に対する愛情と慈しみの気持ちがありました。競走馬のほとんどは、いずれ「廃馬」として殺処分されてしまう運命にあります。寿命を全うすることができるのは、ほんのひと握りの馬だけ。競馬の世界に身を置いて、そうした状況をずっと見続けてきた松原さんは「一頭でも多く馬が寿命をまっとうできる場所を作りたい」と、引退した競走馬を預かる養老牧場を始めました。ただの養老牧場ではなく、見学や乗馬体験を受け入れることで、人と馬との触れ合いの場を設け、「もっとたくさんの人に馬を好きになってもらいたい」という気持ちも持ち続けています。
「松原ステーブルス」の管理運営は基本、松原さんが一人で行っています。「馬で金儲けするつもりはない。」と語る松原さんは、牧場のPRをすることもなく、乗馬体験もワンコインから受けつけ、牧場見学は無料。もっと馬と深く関わりたい人には、月単位で回数制限なく自由に乗馬することができる「月会員コース」、競走馬や乗馬クラブから引退した馬の余生を預かりたい人のための「馬主コース」なども用意されています。「馬主コース」の会員さんは、エサやりや乗馬体験のお手伝いにもきてくれます。ビジネスではなく、馬の生活に合わせた運営をしているので、乗馬体験も馬のコンディション優先になっているのです。
胎内市の赤谷に、五穀豊穣と牛馬安全の守護神として有名な「馬頭観音」と呼ばれていた鳥坂神社があります。北陸では珍しい盛大な馬の祭りで、かつてはたいそう賑わっていました。祭りの日は馬を飼っている農家では農作業を休み、馬を連れて神社に参拝する習わしがあったそうです。その馬の中には、きれいに装飾した鞍をつけ、鈴を鳴らしながら引かれていく「シャングシャング馬」と呼ばれる馬もいました。しかし、農作業の機械化により馬の姿が減り、1967年に胎内地方を襲った羽越水害をきっかけとして「シャングシャング馬」の行事は途絶えてしまったのです。
その行事を、松原さんは2015年に復活させました。「俺は馬のおかげで生活してこれたんだから、馬への感謝の気持ちでやってるんだ。」そう語る松原さんは、ボランティアの人たちの協力を得ながら、自分たちの手で祭りを毎年開催。今年で5年目を迎えます。道の駅「胎内」から鳥坂神社までの道を、華やかに着飾った10頭もの「シャングシャング馬」が練り歩き、最後は神社の坂を駆け上がるのです。最初の年は200人程だった来場者も、2019年は県内外から1,000人以上もの来場者が集まる立派なお祭りになりました。
松原さんに馬の魅力を聞いてみると、こんな答えが返ってきました。「馬の魅力?全部だね。人間よりずっといい。」短い言葉の中に、松原さんの馬を大切に思っている気持ちが凝縮されています。一頭でも多く馬の命を救いたいという思いで運営されている養老牧場「松原ステーブルス」は、現代では触れ合う機会の少なくなった馬と触れ合える貴重な場所です。子どもたちに訪れてもらって、命の大切さに触れてほしいと思います。