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ヒトが中心に。現代社会へ挑戦しているアフリカパンの店「ナミテテ」。

新潟市西区にある「アフリカンベーカリーカフェ ナミテテ」は、全粒粉やライ麦の風味、食感を生かしたアフリカパンが人気のベーカリーです。カラフルな原色で彩られ店内や緑がいっぱいのお庭から、アフリカのムードを感じることができるこのお店には、実は「アフリカ」にこだわる深い理由がありました。今回は、世界の貧困に向き合い、国際協力に従事した経歴を持つマネージャーの工藤さんに、いろいろとお話を聞いてきました。

 

アフリカンベーカリーカフェ ナミテテ

工藤 知子 Tomoko Kudo

1962年新潟市西区生まれ。取締役、マネージャー。医療系の専門学校を卒業後、臨床検査技師として東京都内の病院に就職。実務経験を積み、青年海外協力隊としてアフリカのマラウイ共和国で医療支援を行う。帰国後、国際協力に関わる仕事に従事。その後、世界の貧困を生む根本を知るために、琉球大学と一橋大学大学院にて開発学を学ぶ。2007年に「ナミテテ」をオープン。ヨガのインストラクターとしても活躍。

 

「ナミテテ」で、アフリカをイメージした創作パンを作る理由。

——アフリカパンって聞き馴染みがないのですが、いったいどんなパンなんですか?

工藤さん:アフリカパンは、全粒粉やライ麦を使ってアフリカをイメージして作った創作パンのことです。素材の特徴を生かしたオリジナルレシピで、個性的だけど飽きない美味しさを目指して、毎日約120種類ほど提供しています。

 

——え、120種類ものパンを毎日……。しかもオリジナルレシピで?

工藤さん:スタッフ全員でアイディアを出し合って、身体に優しくて美味しい「ナミテテだけのパン」を作っています。ひとりでも納得しなかったら、何度も試作を繰り返して、全員が美味しいと思うまでこだわるので、なかなか根気が必要で。季節ごとに提供している4種類のシュトーレンなんて、納得できるモノになるまで完成までに10年もかかったんですよ。

 

 

——10年もかけて完成したシュトーレン……絶対美味しいじゃないですか! ちなみに、どうしてアフリカパンのお店にしようと思ったんですか?

工藤さん:夫婦で、アフリカのマラウイ共和国とザンビアに暮らしていた時期があったので、パン屋を起業するなら、自分たちにしかないコンセプトにしたいと考え、経営戦略的にアフリカをキーワードに置きました。距離的にも精神的にも遠く感じるアフリカのことを知って欲しいと思ってアフリカパンを作りはじめたんです。

 

生きることを教えてくれたアフリカの日々。一日一日を必死で生きる。

——アフリカで暮らしていたなんて驚きました。ちなみにそれはどんな経緯で?

工藤さん:東京の病院で臨床検査技師として働いていたときに、青年海外協力隊としてセネガルの病院で医療の技術移転をした経験を持つ女性と出会いました。彼女は佐渡の出身で、その方と会話を重ねるうちに、だんだん青年海外協力隊への興味が湧いてきて。「次の目標はこれだ」と、3年間の実務を経験してから、青年海外協力隊としてマラウイ共和国に渡りました。

 

——派遣先は自分で決められるんですか?

工藤さん:希望は出せますけど、派遣先は決められません。ちなみに、第一希望はモルディブにしていました(笑)。でも、派遣先のマラウイ共和国がすっかり気に入ってしまって、一時帰国する時間も惜しんで3年間滞在しましたね。

 

——マラウイ共和国のどんな所に惹かれたんですか?

工藤さん:マラウイ共和国の自然はとても壮大です。そして、人も自然の一部と思えるくらいに一体化していて。「こういう世界が、何百年と続いていくんだろうな」と思わせてくれる場所なんです。それに、私の周りにはポジティブな人が多くて。まだまだ途上国だから、子どもをたくさん産んでも死んでしまうような厳しい現実もあるのに、みんな元気で明るい働き者が多かったんですよね。

 

 

——ポジティブさには、理由があるんでしょうか?

工藤さん:きっと、何とかして日々を生きていかなくてはならない中で、悲しんだり、落ち込んだりする暇なんてないんでしょうね。子どもを亡くしたお母さんが、霊安室で大きな声で丸一日泣いていても、次の日には日常に戻って働いてたし……。そんな姿を目の当たりにしたら、悲しみに暮れる時間があるって贅沢なことなんだと思いましたね。一日一日を必死で生きていかなくてはならないから、目の前にある現実から逃げないし、生きるってこうゆうことなんだって。そんなことを現地の人たちから学んで、それまでの価値観が一変しました。自分の教科書が書き換えられたような感覚でしたね。

 

——なるほど。日本に暮らしていると信じられないことですね……。

工藤さん:マラウイ共和国は、アフリカの中でも最貧国とされている国なんです。何十年も先進国からの支援や援助を受けているのに、ずっと貧困から抜け出せない現状があって。暮らしていくうちに「それはなぜなんだろう……」と、大きな疑問にぶつかりました。私自身は病気の発見や検査をしていたけど、これって付け焼き刃に過ぎなくて、もっとやらなければならないことは別にあるんじゃないかと考えるようになったんです。アフリカの根本的な課題を解決するにはどうしたらいいのかって。

 

——確かに……、世界から様々な援助が行われているんですもんね。なぜ改善されないんだろう……。

工藤さん:なんとなく自分の中で見つかった答えは、「教育が足りない」ということでした。少しだけ気をつければ水からの感染症なんて起きないのに、注意する知識がないんですよね。

 

――私たちが当たり前のように知っていることでも、現地の人たちからしたら分からないことなんでしょうね……。マラウイ共和国から帰国されてからは、どうされていたんですか?

工藤さん:任期を終えて帰国してからは、国際協力に関わる機関に籍を置いたんですけど、「貧困とは」という大きなテーマについてしっかりと学ぶ必要があると思って、琉球大学と一橋大学大学院へ進んで貧困問題や格差の解決を追求する開発学を勉強しました。

 

方法を変えても、目的を変えずに人の支援を続ける。

——貧困を突き詰めるために大学院まで修了されているとは、異色の経歴をお持ちで驚きました。でも、話がパン屋さんにつながってきませんね……。

工藤さん:そうですよね。私もパン屋をやっていることが不思議です(笑)

 

――じゃあ聞きますよ、どんなキッカケでパン屋さんに?

工藤さん:私の夫は、私と同じく、マラウイ共和国に青年海外協力隊として派遣されていました。システムエンジニアとして、ITの技術支援をしていたんですけど、将来的に技術が進歩すればエンジニアはモノのように扱われるんじゃないかと当時(1990年代)から悟っていたようで。それに、自分が携わったものがこの世に残るのが嫌みたいで、豆腐屋かパン屋になると言っていました。パンは毎日作られるし、3日もすればこの世からなくなるからいいんだそうです(笑)。で、そんな彼がパン職人になったんです。

 

——お、ちょっとずつパン屋さんに近づいてきましたね(笑)。現在、工藤さんは「ナミテテ」で働いていますが、大学院まで行かれたとなると、正直なところ、国際協力の仕事をしたかったのでは?

工藤さん:そうですね、「ナミテテ」オープンして2年ぐらい手伝ったらアフリカに戻ろうとは思っていましたね。でもその頃、障がいを持っている生徒さんが実習に来て、「パン屋で仕事ができて楽しかった」「働くって楽しいことなんですね」と言ってくれたんです。その言葉がきっかけとなって、「大変なのはアフリカの人たちだけじゃない。社会で生きることに窮屈な思いをしている人は身近にもたくさんいる」と今更ながらに気がついたんです。それで、現地で支援すること以外にも役立てる方法はあるだろうと思うようになってから、アフリカに行きたい気持ちは薄れてきました。私の使命は、「ここでいろんな人たちと一緒に仕事をすること」だと思うようになったんです。

 

ダイバーシティを実現し、人が中心のパン屋さんへ。

——「ナミテテ」って株式会社なんですよね。それにも狙いがあるんですか?

工藤さん:今の世の中はお金やモノが中心だけど、大学で開発学を学んで、本来は人が中心であるべきじゃないかと考えるようになりました。働く人の心身の健康や労働環境、待遇などの整備が二の次で、株主利益が優先されている経済システムの中で、社会的利益を追求する株式会社が受け入れられれば、この先にはアフリカの貧困問題の解決に繋がっていくと考えますし、社会はより良い方向に向かっていくと思ったからです。

 

——現代社会への挑戦ということですね。最後に、今後の目標を教えてください。

工藤さん:ここで働いている人が、「ナミテテ」を選んで良かったと思える会社にすることですね。障がいを持っている人、外国の人、引きこもりの人、いろんな人たちがいる社会で、多様性を実現する人が中心の会社が「ナミテテ」でありたい。彼らも私たちも生きやすい社会を実現するために、「人が中心の会社」を発信していきます。今、流行のSDGsは私が最初のアフリカ滞在時に目標に置いたことです(笑)

 

 

 

アフリカンベーカリーカフェ ナミテテ

新潟県新潟市西区みずき野1-12-8

TEL 025-374-6001

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