「ないものはない」という大胆な看板を掲げる商店「西田屋」。

「西田屋」に垣間見る、人々の生活の移り変わり。

朝市などで賑わう山の下市場。そのそばの交差点を通るたび、目につく看板があります。「ないものはない」。強気なキャッチコピーを掲げる「西田屋」とはいったいどんなお店なのか。西田さんにお店の歴史や品揃えについて、お話を聞いてきました。

 

 

有限会社西田屋

西田 光子 Mitsuko Nishida

1949年新潟市北区生まれ。雑貨問屋の事務、市役所の手伝いなどをやった後、有限会社西田屋に嫁ぐ。現在は趣味で書道を習っていて、お客さんから頼まれた金封の宛名書きをすることも多い。

 

お客さんのリクエストに応え、どんどん増えていった商品。

——今日はよろしくお願いします。「ないものはない」の看板通り、いろんな品物が置いてあるんですね。

西田さん:うちは60年前に創業したんだけど、昔は今みたいにコンビニやスーパーもないし、ホームセンターもなかったでしょ?金物屋として始めたんだけど、お客さんのリクエストに応えていくうちに品物がどんどん増えてったんだわね。最初は茶碗とかの生活雑貨を売ってたみたい。品物が増えるにつれて、お店の規模も広げていったんですて。最盛期は取引している問屋さんが100軒もあって、東京や愛知からも行商が来てたからね。

 

——「ないものはない」っていうキャッチコピーの看板がインパクトありますよね。いつ頃から掲げているものなんですか?

西田さん:創業したときからついてたみたい。当時、近所の小学生に大ウケして、まだ小学生だったお父さん(西田さんの旦那さん)も冷やかされたんだって。最初は「ないものはない?」っていうように、はてなマークがついてたんだけど、看板を新しくした時にはてなマークがなくなっちゃったんだわねぇ。なんでも置いてある店にしたいっていう思いでつけた宣伝文句だったんだろうね。

 

——最初ははてなマークがついてたんですね。そもそも、こちらはどなたが始められたお店なんですか?

西田さん:創業者はおじいちゃん(西田さんの義父)。もともと富山の人なんだけど、お兄さんが新潟で船具を売る会社をやっていて、その会社を手伝うために呼ばれて来たのよ。その後太平洋戦争があって、出兵して帰ってきてから「西田屋」を始めたの。

 

——西田さんはいつ頃お嫁に来たんですか?

西田さん:45年くらい前。当時はとにかく忙しくって店員が5人もいたんだから。歳末なんて大忙しで、学生アルバイトを4人も雇ってたからねぇ。歳末の準備で神棚とか鍋とか買っていく人がひっきりなしだったんだわ。座る暇もないほど忙しかったもんね。

 

ホウキやハタキは売れなくなり、コロコロクリーナーが売れる時代。

——「西田屋」さんで売れ筋の商品ってなんですか?

西田さん:前にテレビで古いお宝品が売られてるって紹介されたことがあって、それ以来古物が売れるようになったの。もうほとんど売れちゃって、あんまり残ってないんだけどね。鉄瓶とか、炊飯器とか、弁当箱とか。弁当箱はなつかしいアルマイト製のもので、ピンクレディーとか古いキャラクターものがよく売れたんだわ。

 

 

——以前と比べて売れ筋商品って変わってきてるんですか?

西田さん:昔は年末年始になるとお客さんが家に来たでしょ?だからお茶碗やお皿が売れたんだけど、今は家で集まることも少なくなって、みんなお店に食べに行くようになったから食器は売れなくなったねぇ。山の下にはお年寄りが多いんだけど、昔と違って一人暮らしの人が多いから、あまり余計なものを買わないんだよね。掃除するのも大変だから、ホウキとかハタキとかの掃除道具は売れなくなって、代わりに身のまわりだけきれいにするコロコロクリーナーが売れるのよ。

 

 

——商品の売れ方で時代の流れがわかるものなんですね。それでも年配のお客さんは多いんですよね?

西田さん:うちは配達もやってるから、地元のお年寄りはけっこう買い物してくれるね。あと、住まいのことで困っているお年寄りの相談に乗るような「お助けマン」みたいな仕事をしてるのよ。そういう意味でもリフォームのお手伝いとか建材の仕事が増えてきてるの。うちでまかなえないときはリフォーム業者を紹介したりしてね。

 

——一人暮らしのお年寄りには頼もしい味方ですね。

西田さん:でも、昔ほど売れるわけじゃないし、私も足の具合が良くないし、もうお店を閉めようと思って何年か前に閉店セールをやったの。倉庫に残っている商品を100円で売り払っちゃったのよ。そんなときに知り合いからテーブルをもらったから、店番しながら趣味の書道でもやってようと思ったら、お茶飲みに来るお客さんが増えて、困りごとの相談なんかも多くなったんだわね。近所の人たちが集まるようになったから、やめるにやめれなくなっちゃった(笑)

 

コミュニケーションを取り合って生活している山の下地域。

——ずっと山の下で商売をしてきて、地元に対してどんな思いがありますか?

西田さん:山の下は周りの工場の社員が集まって住むようになった場所で、昔は活気があったよね。今でもあちこちから新潟弁が聞こえてくるし、声かけてくれたりして人情味のある土地だわね。お店にお茶飲みに来るときも、手土産にお菓子とか自分で漬けた漬物とか持ってきてくれるし、コミュニケーションを取り合って生活している地域だと思いますて。

 

——では最後に、これからやってみたいことを教えてください。

西田さん:ずっとお店にいたから旅行したいんだけど、ちょっと足が悪くなっちゃってねぇ。でも、なんとか足を直してお友達と旅行に行きたいと思ってるのよ。お店はもちろん、趣味の書道を通じてお友達がいっぱいできたし、今が青春だわね。

 

 

「ないものはない」のキャッチフレーズ通り、なんでもありそうな品数の「西田屋」。でも、時代の流れとともに、売れる商品にも変化があるようです。そこには日本人の暮らしの変化の様子も垣間見えるようでした。これからも、地元のお年寄りの心強い味方として、山の下の頼れるホームセンターであり続けてほしいです。

 

 

 

有限会社西田屋

〒950-0056 新潟県新潟市東区古川町9-16

025-274-0457

8:30-18:30(土曜は15:00まで)

日曜休


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