かつて北前船の寄港地のひとつとして栄えた、村上市の塩谷地区。風情のある街並みが今も往時の面影を残す当地に蔵を構える「野澤食品工業」は、木桶での仕込み・熟成など、昔ながらの製法にこだわって味噌・醤油の製造を続けています。またそれだけでなく、近年は本物志向に応える高級ラインの新ブランド「NOZAWA」もスタート。今や全国的にも珍しくなった自蔵での味噌・醤油の製造を守りつつ、新たなチャレンジにも意欲的に取り組んでいます。若旦那の野澤陽祐さんに、詳しく話を聞いてきました。
野澤食品工業
野澤 陽祐 Yosuke Nozawa
1981年生まれ。野澤食品工業取締役。家業が終戦直後、酒造から味噌・醤油づくりに転換してからは3代目にあたる次の跡取り。東京農業大学の応用生物科学部を卒業後、24歳で帰郷し家業に就く。2015年には自社内に新ブランド「NOZAWA」を立ち上げ、高級ラインも展開。中学以来の趣味は音楽(ギター)で、近所の友人と夜な夜な宅録に励む。
――本日はよろしくお願いします。すごく風格というか味のある建物ですね。
野澤さん:ありがとうございます。うちの店舗兼母屋は国の登録有形文化財(建造物)にもなっています。またうちだけでなく、この塩谷という集落はほかにも歴史的な建物がたくさん残って風情のある街並みを形成していて、それを活かした観光イベントや地域おこしも盛んなんですよ。以前は時代劇の映画の撮影もあったくらいで。今年はコロナでイベント自体はなかなかできなかったんですが……。
――野澤食品工業さんでは蔵の見学も受け入れていますね。
野澤さん:はい。これもコロナで一時休止していましたが、少しずつ再開しています。事前にご予約いただければ、今も製造工場として使用している蔵の中を解説付きでご覧いただけます。またこの冬は知人の酒販店との共同企画で、夜の蔵の中で自社製品を使った料理と地酒を味わう「KURANOMI」というイベントも開催しました。おかげさまで好評で、第2弾も鋭意企画中です。
――会社の歴史について改めて教えてください。
野澤さん:うちは江戸末期の天保7(1836)年の創業で、元々は造り酒屋でした。戦時中、産業統制による企業整備で村上税務署管内の酒蔵は合併して現在の大洋酒造さんになるんですが、うちはその合併には加わらず、味噌・醤油づくりに転換したんです。なので計算してみるとまだ、味噌・醤油蔵としての歴史よりも酒蔵としての歴史の方が若干長いんですね。ちなみに現在でも、酒蔵時代のうちを知る地元の高齢の方からは「酒屋さま」なんて呼ばれたりします。
――そうなんですね。その当時からずっと同じ設備・製法を守っているのですか?
野澤さん:基本的にはそうです。醤油の小麦は自家焙煎していますし、酒蔵時代から使われてきた木桶や、「槽」(ふね)と呼ばれる圧搾機を今でも使用しています。国内では現在、木桶で仕込んだ醤油の出荷量は全体の1%くらいですから、かなり珍しいかもしれませんね。ただ昔ながらの製法を守っているとはいえ、これまでまったく変化してこなかったわけではありません。例えば私の父親の代では、原料を従来の脱脂加工大豆から丸大豆に換えました。脱脂加工大豆はその名の通り油分を取り除いた大豆で、熟成期間も短く生産効率が高いのに対し、丸大豆は作業に手間暇はかかりますが、油が膜を張り、醪の酸化や香りが飛ぶのを防いでくれて、きれいで深みのある醤油がつくれるというメリットがあります。転換にあたって、父親はいろいろと苦労したみたいですが……。その、より良い製品をつくる、という試行錯誤の姿勢は、数年前に立ち上げた新ブランド「NOZAWA」にも通ずるかもしれません。
――その「NOZAWA」について詳しく教えてください。「二年熟成醤油 ふたなつ」、「ワイン樽熟成味噌 ふたたび」という2商品を展開されていますね。他の商品に比べ、お値段も高めです。
野澤さん:「ふたなつ」は、日本酒に例えるなら大吟醸ですね。先ほど述べた丸大豆で仕込み、1年半から2年、じっくり天然熟成させた醤油です。2度の夏を越えて熟成させることから、「ふたなつ」という名前にしました。また自家焙煎の小麦が生む香ばしい甘さもあり、さらに深みのある味わいになっています。「ふたたび」は、県内産の大豆と酒米で仕込み、ワイン樽で熟成させた味噌です。味噌を大きな木桶でつくるとムラになりやすく品質の管理が難しいため、ちょうどいい大きさの木桶といえるワイン樽に目を付け、仕込みました。酒米を使っているため滑らかな口当たりで、ワイン樽に染みついている香りが味噌に移り、独特のハーモニーを味わえます。
――そもそも新ブランドを立ち上げようと思ったきっかけは?
野澤さん:味噌・醤油って日常的に使う調味料なので、これまで話してきたようにせっかくこだわって良いものを作っても、なかなか価格には反映しづらいんですよ。大量生産の大手メーカーとも勝負しなきゃいけないし。ただ、ハイエンドな製品に対する需要は感じていたので、ならばこだわり抜いた高価格帯の製品を別ブランドで展開してはどうか、と考えたんです。作ろうと思えばここまで作れるのに、これまで価格面などから泣く泣く諦めていたものをこのブランドでは存分に作ろう、と。
――なるほど。勝算はあったんですか?
野澤さん:というか、うちの商品を使い続けてくれている既存の顧客を大切にするのは当然のことですが、それだけだと自分の代でいずれ頭打ちになってしまうと思ったんですよね。味噌や醤油ってもう味覚のベースのようなもので、一旦身体に馴染んだ味を変えるのはなかなか難しいじゃないですか。だから、というわけではないですけど、最初は一般販売はせず、飲食店に売り込み、反応を探るところから始めました。プロの舌でクオリティを確かめてもらい、その反応を製造にフィードバックしていくと、少しずつですが実際に使ってもらえるところも増えてきたので、これだったらいける、と満を持して一般販売に踏み切りました。
――料理のプロが太鼓判を押したのなら、心強いですね!
野澤さん:はい。先般発行された「ミシュランガイド」新潟版でも、1つ星獲得店の4店でうちの製品を使用していただいています。ただ、周知はまだまだですね。高級スーパーやデパートにも置いてもらおうと思って、バイヤーが集まる見本市にも出てみたんですど、製品に対しては高い評価をいただく一方で、「売り場の棚はもう埋まっているんだよね」って(苦笑)。先ほど言ったように、やっぱり味噌・醤油は買い替えのハードルが高いジャンルですからね。棚も替えにくいのかもしれません……。で、ならばもう買いに来てもらおうと、最近は出張販売以外に、地域全体の観光誘客についても力を入れ始めています。
――来てもらう取り組みとは、具体的には?
野澤さん:村上市南部や胎内市、関川村など近隣で商売している若手有志で、ローカルツーリズムの勉強会を昨年からやっています。これは、荒川を軸にした当エリアを新潟観光の2日目に訪れる旅の「エリア6番バッター」と位置づけ、滞在プランを提案する「あしたこうすん」というウェブマガジンとして形になっています。実際、うちに買いに来てくれるだけではもったいないと思うので、うちに寄ったついでにあそこやここも、また逆に、あそこやここに寄ったついでにうちにも、という感じで、様々な「ついで」が相互につながり合って、こちらまでの距離感が少しでも縮まってくれたらいいなぁと思っています。
――なるほど。ただ、コロナで遠出はなかなか難しい状況になってしまっていますが。
野澤さん:確かにそうですね。ただ、このコロナをきっかけに、地元や近場を楽しむマイクロツーリズムも注目を集めています。いま話した「ついで観光圏」も、だいたい車で1時間圏内の距離を想定しています。また今後は観光において、「匂い」の強みを活かしていきたいと思っています。
――「匂い」ですか?
野澤さん:こればっかりは、いくらインターネットやテレビなどのメディアでも絶対に伝えることができず、現地に足を運ばないと味わえません。匂いって、経験とセットで体が覚えているというか、いい思い出があると無意識のうちにまたその匂いを嗅ぎに行きたくなりません? 発酵食品を製造しているうちも匂いはかなり強い方だと思うので(笑)、その強みをもっと活かせないか、またエリア全体で活かすにはどうすればいいか、今後考えていきたいですね。
――なるほど、確かにそうかも……。本日はありがとうございました!
二年熟成醤油「ふたなつ」 800yen(300ml)
ワイン樽熟成味噌「ふたたび」 1,111yen(500g)
米澤屋甚左衛門 木桶仕込み醤油 500yen 甘口 520yen うすくち 500yen(各1000ml)
米澤屋甚左衛門 さしみ醤油 290yen(150ml)
米澤屋甚左衛門 たまごかけごはんの醤油 290yen(150ml)
手作り越後味噌 雪っ子 山ぶき 560yen 甘口 600yen 辛口 510yen 超熟 620yen ゴク旨 670yen(各1㎏)
手作り越後味噌 雪っ子 ひとり娘 500yen(500g)
ほか
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