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自分がうまいと思うラーメンしか作らない!南区の「俺のラーメンジョー」。

新潟市南区の国道8号線沿いを通ると「俺のラーメンジョー」というインパクトある店名の看板が見えてきます。店名にもなっている「ジョー」さんこと池端譲さんに、今までのラーメン修行やお店のこだわりについてのお話を聞いてきました。

 

 

俺のラーメンジョー

池端 譲 Jo Ikebata

1985年新潟市東区生まれ。高校時代から2軒のラーメン店でアルバイトを経験し、卒業と同時に正社員としてラーメンチェーンに入社。店長として店を任されていたが、一緒に退社した師匠と共に「麺屋十八(めんやじゅうはち)」をオープン。その後2012年に南区で「俺のラーメンジョー」をオープンする。3人の子どもたちと過ごすことを楽しむイクメンパパ。

 

高校時代のアルバイトから始まったラーメン人生。

——池端さんはいつ頃からラーメンの仕事を始めたんですか?

池端さん:高校生のときです。姉から勧められて、当時人気のあったラーメン店でアルバイトを始めたんですよ。でも勉強しないでアルバイトばっかりやってたから、親からアルバイトを禁止されちゃったんです(笑)。しばらく真面目に高校生活を送って、アルバイトが解禁になってからは別のラーメン店で働き始めました。俺はまったく知らなかったんだけど、その店は最初にアルバイトしていた店と同系列だったんですよ。給料日に社長と会って初めて知ったんです。「あれー? 社長!」「なんだ、お前か!」みたいな感じで(笑)

 

 

——社長が系列店全部に直接給料を渡して回るんですね。そのお店では長く働いていたんですか?

池端さん:高校を卒業するまでアルバイトをしていました。高校3年生の夏に社長から卒業後の進路について聞かれて、「東京に出てラーメン店で働きたい」って言ったんです。そしたら新潟市の東区で新しく店を出す予定だから、そこで働いてみないかって誘われたんですよ。その店で初めて本格的にラーメンを作ることになりました。

 

——社長に認められたんですね。ラーメン作りの修行は大変だったんですか?

池端さん:大変でしたね。3ヶ月間休みなしで朝から晩まで働き続けました。当時はそういう「根性試し」みたいな研修をやっていたんですよ。「これを乗り切れなければ一人前にはなれない」っていうような……。今では無理でしょうけどね。その店で出会った師匠のおかげでラーメン作りを覚えて、常連のファンもできて、23歳のときには店長として店を任せてもらえるようになりました。

 

 

——店長ってことは、そのときは師匠はお店にいなかった?

池端さん:そうなんです。師匠は現場じゃなくて本部の仕事をしていました。でも、売上会議の席で叱られている師匠を見るのが辛くて。「一緒に辞めて新しく店を始めませんか?」って誘ったんですよ。師匠には現場でラーメンを作ってほしかったんです。それで師匠や後輩と3人で「麺屋十八(めんやじゅうはち)」という店を始めることにしました。

 

——ああ!あのお店はそういういきさつで始めたんですか。

池端さん:でも師匠も俺も自分のやりたいことや考え方があったから、一緒にやってみると意見の対立が増えてしまったんです。このままじゃやっていけないと思ったので、俺は「麺屋十八」を辞めることにしました。

 

慣れ親しんだ東区から、南区へ。環境の違いに苦戦?

——「俺のラーメンジョー」を始めることになったいきさつを教えてください。

池端さん:当時、倖田來未の大ファンだったので、関西弁の彼女がほしかったんですよ(笑)。だから京都に行って、うどんかラーメンの店で働こうと思っていたんです。そんなときに、以前勤めていたラーメンチェーンの社長から連絡が来て、空き店鋪になる予定の物件があるから、そこで自分の店を始めてみないかと勧められたんです。

 

 

——倖田來未みたいな彼女は諦めて「俺のラーメンジョー」をオープンすることにしたんですね(笑)。始めてみていかがでしたか?

池端さん:今まではずっと東区のラーメン店で働いてきたんですけど、新しい店にはいつも常連のお客さんがついてきてくれたんですよ。でも、それは前の店のお客さんがついてきてくれているわけだから、自分の力を試すためにも、今度は東区から遠い場所でやってみようと思ったんです。

 

——ちなみに東区と南区って環境は違うんですか?

池端さん:お客さんの層がまったく違いますね。外食をする人も少ないんじゃないかな。あと東区のときみたいに元気良く挨拶していたら「うるさい」って言われちゃったりしてね(笑)。最初の頃はなんでも環境のせいにしちゃってましたけど、今では自分のことも振り返りながら楽しんで営業できるようになってきました。

 

——どんなふうに営業を楽しんでいるんですか?

池端さん:SNSを使って楽しみながら店の告知をしていますね。Twitterでお客さんの乗ってきたカッコいいバイクをツイートしたことがあったんです。そしたら、そのお客さんが俺の投稿をリツイートで拡散してくれて、いつしかバイカーが集まる店になったんですよ。Twitterもラーメンよりバイクの写真だらけになっちゃいましたね(笑)

 

——なるほど(笑)。他にも楽しいと思うことってありますか?

池端さん:会社勤めの頃と違って、自分の思うまま自由に営業できるのは、ストレスがたまりませんね。以前はやりたいことがあっても上部の決裁が下りるまでに時間がかかってしまって、できるようになった頃にはタイミングを逃すなんてこともありましたから……。ただ、そのかわり全責任を自分が持たなければなりませんけどね。

 

——たしかに自由にできる反面、すべて自分の責任になってきますよね。

池端さん:そうなんです。しかも店名に「ジョー」って自分の名前を入れちゃったもんだから、すべて自分で作ることになっちゃったんです(笑)

 

 

——それじゃあ、ほとんど休めないじゃないですか。そこまでして作っているラーメンのこだわりを教えてください。

池端さん:一番こだわっていることは、「自分がうまいと思うラーメンしか作らない」ってことです。明日もまた食べたいって思えるようなラーメンを目指しています。今までいろいろな店で経験してきたことを生かしながらも、今までとは違った新しいラーメンを生み出していきたいですね。

 

——なるほど。今後挑戦してみたいことってありますか?

池端さん:病院や施設で患者さんや入所者の方にラーメンを作るボランティアをやってみたいです。お声がけいただけたら、無理のない範囲でお伺いしたいと思っています。お店で作るラーメンとは違った価値を見いだすことができて、ラーメンやってきてよかったって思えるんじゃないかな。それがまた自分のラーメン作りのエネルギーになりそうな気がするんですよ。

 

 

以前Thingsでも紹介させてもらった「中田製作所」の中田さん、「AKIHA麺屋 粋翔」の小泉さんとも仲がいいという池端さん。おふたりに負けず劣らずのノリの良さで、いろいろなポーズをとって写真を撮影させてくれました。そんなところにも楽しみながらお店をやっているのを感じることができました。これからもいろいろな新しいラーメンに挑戦して、新潟のラーメン好きを楽しませてください。

 

 

俺のラーメンジョー

新潟県新潟市南区鷲ノ木新田5734

025-377-0670

11:00-14:30

17:00-21:30

木曜休

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