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純喫茶として半世紀以上も親しまれてきた、燕の「喫茶ロンドン」。

「エモい」という言葉には、いろいろなニュアンスが含まれていますよね。その中には「懐かしい」「ノスタルジック」「郷愁的」といった意味もあります。今回紹介する「喫茶ロンドン」は、まさにエモい喫茶店ではないでしょうか。店内外は創業時から変わらない昭和40年代そのままの雰囲気で、提供されるドリンクもフードも長い年月続いてきた変わらない味。そんな「喫茶ロンドン」の歴史について、マスターの吉野さんにお話をお聞きしました。

 

 

喫茶ロンドン

吉野 昌英 Masahide Yoshino

1948年燕市生まれ。高校卒業と共に父親の経営する「喫茶ロンドン」で働き始め、50年以上にわたって営業を続けてきた。奥さんによると大変頑固な性格。

 

創業時から変わらない喫茶店の秘密。

——今日はよろしくお願いします。

吉野さん:私なんか、あんまりしゃべりが上手じゃないから、ちゃんと話せるかどうか……。

 

——私がお聞きしたことに正直に答えていただければ大丈夫ですから(笑)。それにしても店内のレトロな雰囲気が落ち着きますね。

吉野さん:古しいばっかで恥ずかしいですこってね(笑)。ほとんど開業したときのままなんですよ。変わったのなんて、テーブルやイスの大きさや向きくらい。昭和50年代に自動販売機が普及したせいで、お茶のためにわざわざ喫茶店へ来る人が減っちゃったんですよ。それでお茶より食事に来る人が増えたから、テーブルも食事用に少し大きめに直したんです。

 

 

——とても歴史のあるお店みたいですけど、いつ頃から続いているんですか?

吉野さん:昭和42年に私の親父が始めたんです。その前までは遊技場……まあ、今でいうパチンコ屋ですこってねえ……それをやっていたんですけど「これからは喫茶店の時代だ」っていって、この「喫茶ロンドン」を始めたんですて。そしたら、これが当たって毎日ほぼ満席だったんです。

 

——へ〜、すごいですね!

吉野さん:開店してから少し経った昭和40年代後半から「喫茶店ブーム」が起こって、それが15年間くらい続いたんですよ。当時はまだ燕に喫茶店なんて1軒もなかったから、うちの親父は先見の明があったのかもしれないですね。

 

——マスターはいつから「喫茶ロンドン」で働き始めたんですか?

吉野さん:地元の高校を卒業してすぐです。……っていうよりも、この店は私にやらせるために親父が建ててくれたようなものだったんですよ。ただ私も最初は何もわからない素人だったから「喫茶ロンドン」をやりながら、新潟市にある喫茶店へ半年ほど見習いに通ってました。

 

——見習い修行は大変だったんですか?

吉野さん:いや、皆さん優しい人ばかりだったから居心地がよかったし、何もかも勉強になることばかりでしたね。コーヒーの煎れ方はもちろん、ナポリタン、サンドウイッチ、パフェはそのときに基本を覚えて、自分流にアレンジしてきたんです。ただ、燕から新潟まで電車で通い続けるのは大変でした。もっと近くにあればよかったんだけど、当時は新潟にしか喫茶店がなかったですからね(笑)

 

お店を支えてくれたのは常連のお客さんと、運。

——50年以上もやっていると、いろいろご苦労もあったんじゃないですか?

吉野さん:苦労ばかりだけど……(笑)。大変だったといえば、すぐ斜め前に大きな喫茶店ができてテレビでも紹介されたもんだから、お客さんがほとんどそっちに行っちゃったときは大変だったかな(笑)。そんなときでもうちに来てくれていた高校生のお客さん達のおかげで乗り越えることができたんです。今でもその頃のお客さんが、自分の子どもや孫を連れてきてくれるのはうれしいですね。

 

——高校生にとっては居心地のいいお店だったんでしょうね。

吉野さん:高校生の頃って背伸びして大人ぶってみたいじゃないですか。当時は喫茶店に入り浸るのが大人っぽいことだったんだと思います。見回りにくる学校の先生も、自分の経験からそのへんの気持ちはよく理解しているんだけど、職務上は仕方なく見回りしているって感じでしたね。

 

 

——なるほど、寛容ないい時代だったんですね。そういったお客さんに支えられて今まで続いてきた、と。

吉野さん:それもあるけど、運もあるんじゃないかな……。困ったことが起こっても運に助けられていたっていうか……。

 

——たとえば、どんなふうに?

吉野さん:前に店が火事になりかけたことがあったんです。配線からバンバンと火が出たんですけど、私が見つけて消火したんですよ。普段だったら店にいない時間なのに、そのときはたまたま来ていたんですよね。知り合いの電気屋さんもすぐに来て配線を直してくれました。そんなふうに、何かから「しっかり店を続けろ」っていわれているような、運を感じることがあるんです。

 

——「喫茶ロンドン」のマスターとしての運命みたいなものでしょうか。

吉野さん:世の中にはいくら努力していても、できないことってあるじゃないですか。そういうのも運命だと思うんですよ。私は「喫茶ロンドン」をやり続ける運命だったのかもしれないですね(笑)

 

人気メニューはミックスサンドとプリンアラモード。

——メニューって当時から変わっていないんですか?

吉野さん:ほとんど変えてないです。特にレシピは創業したときのまま。材料もこだわって同じ物を使い続けています。私が「この味でいこう!」って決めた味だし、お客さんもこの店の味が好きで来てくれるわけですから。なんか、私なんかがこんなこというと生意気なようだけど(笑)

 

——ちなみに人気メニューは?

吉野さん:「ミックスサンド」は「ナポリタン」と並ぶ人気メニューです。最初は簡単に作っていたんですよ。でもビールのおつまみにも合うように味の改良を重ねたんです。おかげでビールをたくさん飲んでもらえるようになったし「ミックスサンド」も人気メニューになりました。今でも80歳過ぎのお客さんが「ミックスサンド」を食べるために足を運んでくれています。

 

 

——美味しそうですね。それからそれから?

吉野さん:「プリンアラモード」ですかね。提供を始めた昭和49年の当時は、価格が高かったせいもあってあまり人気がなかったんです。でもだんだん人気が出てきて、とくにここ数年は頼む人がやたらと多くなりましたね。

 

 

——本格的な「プリンアラモード」が食べられるお店は少なくなってきているから、とても貴重なんですよね。マスターはどんなこだわりで料理やデザートを作っているんですか?

吉野さん:お客さんが注文してくれたものを、ひとつひとつ丁寧に作ることしか私にはできないですからねぇ……。大切なお金を「喫茶ロンドン」に使ってくれるわけですから、真面目にきちんとやるだけです。それができるのも、奥さんがしっかり手伝ってくれているからなんですよ。本当にありがたいと思ってますこってね。

 

——最後にどうもごちそうさまでした(笑)

 

 

 

昭和42年の創業以来、店も味も当時と変わらずに続いてきた「喫茶ロンドン」。新しくてオシャレなカフェが増える一方で、こうした昔ながらの喫茶店がどんどん減っていく中、「身体が続く限りは続けていきたい」と語ってくれたマスター。どうか健康には気をつけて、これからも「エモい」純喫茶の灯を守り続けていってください。

 

 

喫茶ロンドン

新潟県燕市穀町3-1-1

0256-62-3615

11:30-24:00

不定休

 

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