ラジオやテレビ、雑誌でお馴染みの
料理家「佐藤智香子」
その他
2026.06.02
かつてFM portで放送していた『four seasons(フォーシーズンズ)』という番組を覚えているでしょうか? その番組でパーソナリティを担当していたのが、料理家の佐藤智香子さんです。現在もテレビやラジオ、雑誌の料理コーナーで活躍しています。今回は五泉市にある複合施設「ラポルテ五泉」のカフェ「ひゃんでマルシェ」にお邪魔して、佐藤さんから食にまつわる取り組みについてお話を聞いてきました。
佐藤 智香子
Chikako Sato(株式会社ワイオリキッチン)
新潟市中央区生まれ。BSN 新潟放送のラジオ番組でレポーターを務めるが、生産者への取 材で食への興味が昂じて料理の道へ。東京のフランス料理学校をはじめ、各地で日本料理、 中華料理、懐石料理を学ぶ。2000 年頃から雑誌やイベントで料理家としての仕事が増え、 2020 年には「株式会社ワイオリキッチン」を立ち上げ、店舗プロデュース、企業ブランデ ィングの他、「おにぎり料理研究家」「野菜ソムリエプロ」としても活躍している。好きなお にぎりの具は筋子。
ラジオレポーターとして取材するうち
食への関心が強まって料理の道へ。
――佐藤さんは以前から料理が好きだったんでしょうか?
佐藤さん:もともと料理は好きでしたが、興味を持つようになったのは、BS N 新潟放送のラジオ番組で「スナッピー」というレポーターをはじめたこと が大きいです。生産者への取材も多かったので、お話を聞いているうちに食 への関心が強くなりました。
――「スナッピー」の仕事って大変だったんですか?
佐藤さん:毎日の生放送で農家さんにお邪魔したり、飲食店への取材で綺麗 なお料理に感動することも多くて、生産者さんが心を込めて育てた食材で、 素敵なお料理をつくってみたいと思うようになったんです。そこで、フラン スの料理学校「ル・コルドン・ブルー」の東京校へ入学しました。オードリ ー・ヘプバーンの映画に出てくる学校で憧れていました。フランス本国と同 じように進み、コックコートを着てレストラン料理を学ぶ。厳しい実技試験 もあり、必死でした。
――ラジオレポーターから料理の道に……。なかなか大胆な転身ですね。
佐藤さん:今思えばそうですよね。周りの方に心配もされていましたが、挑 戦したかったんでしょうね(笑)。フリーアナウンサーとしてお仕事を続け ながら、東京の料理学校へ通う日々でした。その後も、日本料理や中国料理 など夢中で学びました。
――その後はどんなふうに、料理家の仕事へつながっていったんでしょう?
佐藤さん:イベントでお話しをしながら料理をつくる機会が増えました。そ れと同時にタウン誌でのレシピ連載がはじまり、テレビがはじまりました。 気づけば喋る仕事と料理の仕事が同じ速度で進んでいて、全く想像していな い未来でした。
――FM Portでは平日の帯番組で、レギュラーパーソナリティを担当してい ましたよね。
佐藤さん:はい。平日の午後から「four seasons」という番組を担当してい ました。毎日3時間の生放送をしていた8年間はドタバタで、午前中に雑誌 連載の撮影をしてからラジオ番組に出演して、終わったらまた撮影に戻るそ んな生活でした。
――それは大変ですね。
佐藤さん:ラジオ番組内で「つぶやきレシピ」というコーナーがあり、毎日 140 文字以内のレシピを紹介していましたが「おかげで食卓がうるおってい ます」というリスナーさんの声があると励まされました。喋ることを通して、 料理に興味を持つ人が増えたり、多くの人に食の魅力を伝えることができる ということを知りました。食のイベントへ足を運んでくださったり、リスナ ーさんの存在は本当にありがたいです

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広く料理に関わりながらも、
伝統料理とおにぎりに原点回帰。
――毎日レシピを紹介するのって大変じゃないですか?
佐藤さん:旬の食材を使ったレシピを考えることが多いのですが、例えば 7 つの案件で同じレシピをつくるわけにはいかないので、同じ食材を使った 7 種類のレシピを考えるというのはひたすら食材に向き合う仕事です。年間で 300 個近いレシピを考えてた時期もあります。
――うわー、嫌にならないですか?(笑)
佐藤さん:嫌にはならないけど、申し訳ないことですが少し飽きている自分 がいました。そんなときに、離れて暮らしている大学生の娘から「のっぺが 食べたい」と言われたんです。料理の仕事をしているのに、「のっぺ」は母 が作るもので、私は食べる側、作り方もこれであっているのか、新潟の郷土 料理としてお馴染みなはずなのに知らないことが多いと気付きました。
――へぇ〜、そうなんですね。
佐藤さん:郷土料理を勉強するために再び県内各地へお邪魔するようになり ましたが、郷土料理を伝えることができる年代の方々は今聞かないとこの先 繋がらない、と知りました。だから少しでも後世にバトンを渡せるよう、残 していきたいと思っています。でも、レシピにするのがとても難しいんですよ。
――そんなにシビアなんですか?
佐藤さん:分量とか山菜の戻し方とか、教わった通りにやっても上手くいか ないんですよ(笑)。レシピではなくて、長年の経験から培った勘が頼りの 調理なんです。だから、自分が料理一年生になったような気持ちになると共 に「こんな世界があったのか」って新鮮に感じられて難しいけれど面白い。 基本は変えず、現代に再現しやすいレシピにして、次世代へつないでいけたらと思っています。
――郷土料理って、シンプルそうで奥が深いんですね。
佐藤さん:村上に「大海(だいかい)」っていう郷土料理があるんです。ご ぼうやにんじん、鶏肉などたくさんの具材が入った煮物料理なんですよ。そ の郷土料理を撮影する際に陶器の絵皿に乗せたところ、料理を教えてくれた お母さんから「器が違う」と言われたんです。「大海」というのは料理名で はなく平たい蓋つきの塗り物の器のことを言うのです。村上のご家庭にはあ るおうちが多いです。
――ますます奥が深い(笑)
佐藤さん:簡単に手に入れられる器ではないので、撮影はそのまま絵皿を使 って進めさせていただきましたが、郷土料理を伝えるなら、その土地の方々 の思いを大切にしながら受け継いでいかなければならないと気持ちを引き締 めた出来事でした。
――佐藤さんといえば「おにぎり」というイメージがあります。
佐藤さん:たくさんレシピは考えてきましたが、一番根底にある新潟の美味 しいお米を見つめ直したいと思いました。それで「365 日おにぎりレシピ」 という連載がはじまりました。それをまとめた書籍が翻訳された英訳版の「ONIGIRI(オニギリ)」は「世界料理本大賞 2020 ライス部門」で大賞に選ん でいただけたんです。
――それはすごい。
佐藤さん:それからは「おにぎり料理研究家」として取材されることも多く なり、おにぎりの商品開発に携わったり、オーストラリアやフランスでワー クショップやアトリエを開催して、日本の米文化を伝える活動を続けてきま した。いろいろな料理に広く携わってきたものの、お米や伝統料理という食 の原点に戻ってきた気がしています。

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新潟の食にまつわる困りごとを、
一緒に解決していきたい。
――「株式会社ワイオリキッチン」という会社を立ち上げていますよね。
佐藤さん:メディアのレシピ開発を始め、商品開発、プロデュース、ブランディングやコンサルティングといった企業案件が主です。
――こちらの「ラポルテ五泉」にも関わっていらっしゃるんですか?
佐藤さん:施設の管理者が変わるにあたって、カフェの監修をさせていただくことになりました。「五泉のランドマークにしたい」というコンセプトだったので、まずはサトイモやレンコンといった五泉の特産品をピックアップしたメニュー作りからはじめました。
――例えば、どのようなメニューを?
佐藤さん:飼料や飼育環境にこだわる「キムラファーム」の良質な新鮮卵を使ったオムライスや、老舗ベーカリー「栄軒(さかえけん)」のコーヒーパンを油で揚げてアレンジしたスイーツを提供しています。このカフェでオムライスやコーヒーパンを食べたお客様が、帰りにお店へ寄って卵やパンを買い求める導線をつくれたらいいなと思ったんです。
――仕入れたものをそのまま提供するのではなく、ひと手間かけてアレンジしているんですね。
佐藤さん:そうすることで興味を持っていただき、多くの方々にアプローチしていきたいと考えました。これは立ち上げの第1フェーズで、今後数年かけてもっと五泉を盛り上げていきます。
――なるほど。カフェ以外には、どんなところに携わっているんでしょう?
佐藤さん:新規店舗立ち上げやおにぎりのキッチンカー立ち上げ、外食産業や宿泊施設、デパ地下など、スタッフたちとともに常にいろんな現場が回っています。
――これまで食に関わり続けてきて、思うところはありますか?
佐藤さん:ラジオのレポーターをやっていた自分が食に深く携わるようになるとは想像していませんでしたが、それももう 30 年近くなろうとしています。これは周りの方々のおかげで、今があります。新潟は良質な食材に恵まれているからそれだけでも十分なのですが、もし食に関わることで困っていることがあったら、お気軽に相談していただきたいですね。一緒にうんうん悩んで、新潟の食について考えていきたいと思っています。新潟って本当に美味しくて素晴らしいところです。

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