燕市にある「中国料理 朱夏(しゅか)」のオーナー・井上さんは、「本当に美味しいもの」「身体にいい料理」を追求して、「薬膳」にたどり着きました。「薬膳」と聞くと、漢方の材料を使った癖のある料理をイメージする人もいるかもしれませんが、けっしてそんなことはないんです。今回は井上さんに、身近な食材を使った美味しい「薬膳」のお話を中心に聞いてきました。
中国料理 朱夏
井上 剛 Tsuyoshi Inoue
1962年三条市生まれ。高校時代は寿司屋でアルバイトをし、卒業後に新発田市の「中国餐庁 天龍軒」で10年間修行する。1991年、三条市に「中国料理 朱夏」をオープン。店を営業する傍ら、大阪にある「辻調理師専門学校」の料理研修に毎年参加し中国料理について学ぶ。中国料理専門調理師、中国料理調理技能師、中華中医栄養薬膳師などの資格を持つ。
——井上さんが料理に目覚めたきっかけは、どんなことだったんですか?
井上さん:俺の母親は地元の保育園で調理師をやっていたんです。もちろん家でも手作りの料理を作ってくれていたんですけど、当時の三条では珍しいような、ハイカラな料理が多かったんですよ。家庭料理といえば煮物が多かったような時代に、グラタンとかケーキとかを作ってくれましたからね。
——じゃあお母さんの影響が大きかったんですね。
井上さん:あと、おばあちゃんの影響もあります。おばあちゃんの畑仕事を手伝っては、収穫した野菜や果物の皮むきといった下ごしらえを一緒にやってましたからね。料理に目覚めたというよりは、小さい頃から料理が身近にあったっていう感じでしょうか。
——いつも料理と関わっている、そんな環境で育ったんですね。
井上さん:はい。そのおかげかどうかわかりませんけど、昔から一度食べた味は忘れない記憶力はありましたね。鼻も良くって、夕飯を作っている匂いだけでその日の献立がわかりました。料理人になってから、その能力はとっても役に立ってますね。
——高校を卒業してからは調理師の専門学校へ行かれたんですか?
井上さん:大阪にある「辻調理師専門学校」に行きたくて、申し込みをしたんです。ところが母親が体調を崩してしまったのであきらめて、新発田市にある「国餐庁 天龍軒」という中国料理店に住み込みで勤めることになりました。
——そのお店での修行はどんな感じでしたか?
井上さん:20人くらいの調理師のまかない料理を作るところから始まりました。まずは炒飯をマスターしたかったので、毎日炒飯を作らせてもらいました。炒飯の鍋振りを覚えたら今度は野菜炒め、というように、まかない料理がいい練習になりましたね。それで、入って1ヶ月も経たないうちに親方に認めてもらって、調理を任されるようになったんです。先輩たちからはやっかまれてしまいましたね(笑)
——独立して店を始めようと思ったのはどうしてなんですか?
井上さん:高校生の頃にアルバイトしていた寿司屋が家族経営だったんです。俺は共働きの家庭に育ったので、家族が常に一緒にいるのを見て憧れていたんですよ。それで自分も独立したら、家族が身近にいる環境で仕事をしたいと思っていたんです。「天龍軒」では一番弟子になっていたので、店を継いでほしいと言われたんですが、地元で自分の店を始めることを選びました。
——それで「中国料理 朱夏」をオープン、と。
井上さん:はい。でも、オープンしたのはいいけど、山あり谷ありでしたね。開店後すぐにバブルが弾けたり、近所の五十嵐川が氾濫して水害に遭ったりね……。3年前の大雪では店の水道管が凍結してしまって、それが原因で詰まってしまったんですよ。建物も老朽化していたので、移転することにしたんです。
——移転先にこの場所を選んだのはどうしてなんですか?
井上さん:前の店舗は調理場に窓もなくて、外の景色がまったく見えなかったんです。だから今度は景色のいい自然の中で、四季を感じながら働きたかったんですよね。川の近くということもあって水害の記憶がある人たちからは反対されました。でもこの場所が気に入ったので思い切ってオープンすることにしたんです。
——井上さんはどんな思いで料理を作っているんですか?
井上さん:とにかくお客様に喜んでもらいたいと思って作っています。美味しいものを食べると嬉しいし、元気になれるじゃないですか。食べて感動してもらえるような料理が作れるよう、常に努力したいと思っていますね。
——そのためのこだわりがあったら教えてください。
井上さん:タレとかドレッシングとか、出来合いのものがいろいろ出回っていますけど、保存料や着色料が入っていることがあるんですよね。そういうものは使いたくないので、しっかりした油や調味料を使って、お店の味として一から作るようにしています。身体にいい中華料理を作りたいので、薬膳についても勉強しています。
——「薬膳料理」って漢方の材料を使って作るようなものでしたっけ?
井上さん:そういうイメージがあると思うんですけど、本来は全然違う料理なんですよ。高級な漢方の材料を使って作る「食べるバイアグラ」みたいな薬膳料理に、俺はずっと違和感を感じてきたんです。だから正しい薬膳料理を学びたくて、通信講座で勉強して「中華中医栄養薬膳師」の資格を取りました。
——えっと、「正しい薬膳料理」っていうのはどういうものなんですか?
井上さん:漢方なんかの特別な材料を使うわけじゃなくて、そのときどきの体質や季節に合わせた食材を組み合わせて作る料理のことなんです。
——じゃあ身近な食材も使って、と。新しく勉強した知識を、お店の料理に生かしているんですね。
井上さん:ただ、通信講座での勉強って、あくまで知識でしかないんですよね。それでもっと実践的な勉強をしたいと思っていたときに「高津薬膳教室」の高津先生と出会って教室に通い始めたんです。「生まれ育った土地で採れた食材が最も身体に適している」とか、「季節ごとに旬の食材を食べることが身体にいい」とか、「身近な食材を使った薬膳」っていう考え方に共感を覚えて、ぜひ自分の料理にも取り入れたいと思いました。
——お店の料理にはどんなふうに取り入れているんですか?
井上さん:メインの料理は変わりませんけど、付け合せに使う食材を季節によって変えています。夏はトマトや枝豆、冬は山芋や柚子というように、その季節ごとの食材を使うようにしています。自分が目指す料理がやっと見えてきたって感じですね。
——「中国料理 朱夏」ではどんな料理がおすすめなんですか?
井上さん:一番人気は「焼き餃子」です。俺が修行した「天龍軒」の味を引き継いだもので、とにかく大きいのが特徴ですね。肉よりも野菜をふんだんに使っていて、ニンニクは使っていないので、さっぱりしていて食べやすい餃子になっています。
——本当に食べやすいですね。他にもおすすめはありますか?
井上さん:「麻婆豆腐」ですかね。入学を断念した大阪の「辻調理師学校」ですが、店を始めてから料理研修には毎年参加してきたんです。これはそこで覚えた料理ですね。自家製のラー油に、四川省から取り寄せた2種類の山椒をブレンドしたものを合わせて作っています。色々な味が複雑に絡み合って、奥深い味わいになっていると思います。
——ご飯のお供にぴったりの料理ですね。
井上さん:ありがとうございます(笑)。他にも「よだれ鶏」や「黒酢のすぶた」といった人気メニューもいろいろあります。「黒酢のすぶた」はケチャップを使わずに黒酢で味付けしたものです。当時は珍しかったので、有名なハム会社の三条工場の人達が視察にきました(笑)
——それはすごい(笑)。ところで今後はどんなことをしていきたいですか?
井上さん:自分が学んできた料理や薬膳の知識を、何らかのかたちで人々に伝えたいと思っています。お店を営業しながら料理教室をやってみたり。あとは四季に合わせた美味しい料理で、お客様に喜んでいただきたいですね。
中国料理 朱夏
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