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この街が、アルビが、小説に! 最新刊『サムシングオレンジ』と藤田雅史。

7月11日に発売された小説『サムシングオレンジ』は、表紙に見慣れた風景のイラストが。そう、新潟に暮らしている人なら何度も通っているであろう、ビッグスワンのそばのあの道路です。「あれ? 今週、本屋さんでこの本ちらっと見たかも」という人もいるのではないでしょうか。新潟の街を舞台に、アルビサポの人たちの物語が16本収録された短篇小説集。今日は作者の藤田雅史さんに、この最新刊のことをたっぷり語ってもらいました。

 

 

作者

藤田 雅史 Masashi Fujita

1980年新潟市生まれ。日本大学芸術学部卒。著書『ラストメッセージ』『サムシングオレンジ』。小説のほか戯曲、ラジオドラマなど執筆。2021年現在、アルビレックス新潟サポーターズマガジン『LARANJA AZUL』誌上で同シリーズと、エッセイ「週末の機嫌はあなた次第。」を連載中。サッカーTシャツ「EVERYDAY FOOTBALL」代表、ThingsのCDでもある。趣味の競馬は現在、連敗街道まっしぐら。

 

新潟の情景が浮かんでくる、アルビを題材にした普遍的な物語たち。

――いきなり、新潟駅南口のバスのりばから物語がはじまります。主人公が乗りこむのは、おなじみの新潟交通のバスですね。

藤田さん:そうです。駅南からまっすぐの道を鳥屋野潟のスポーツ公園に向かって行きます。

 

――新潟に暮らしていると情景が頭の中に広がっていく、そんなお話ばかりです。それに、アルビのサポーターだけじゃなくて、それほど熱心ではないライトな層とか、アルビに興味のない人でも楽しめる本でした。

藤田さん:そう言ってもらえると嬉しいです。新潟に住んでいると、まわりにはアルビのことが大好きな人もいれば、まあまあ好きな人もいるし、ときどき結果だけ気にするだけの人も、ほとんど興味のない人もいて、それぞれ地元チームに対するいろんな接し方がありますよね。そういう、接し方の距離のばらつきとか、アルビのある日常のフィーリングの濃淡も、今回の短篇集では楽しんでもらえたらと思っています。そもそもサッカーって、「サッカーに詳しい人じゃないと楽しめない」みたいな、そういうものじゃないですから。

 

――恋の話、親子の話、夫婦の話、描かれているのは誰にでも通じる普遍的なテーマだと感じました。片想いとか、泣ける話とか、別れ話とか、不倫の話とかも(笑)。登場人物はみんな、ごく普通の人たちですよね。

藤田さん:「登場する男たちがみんなダメな男たちだ」と指摘されています(笑)。サッカーに限らず、スポーツのことを伝える文章って「情報」が優先されることが多いですけど、これは小説なので、やっぱり「人」を描きたいですし、人にとって大切なことというのは、人間関係や感情や愛情……結局、誰もが持っている普遍的なことになるんですよね。

 

サポーターズマガジンから生まれた、ピッチの外側のストーリー。

――そもそも、この小説はどうして生まれたんですか?

藤田さん:『LARANJA AZUL』というアルビレックス新潟のサポーターズマガジンがありまして、その編集部の方から、一緒に何かやりませんかと声をかけていただいたんです。それで、「僕はこういう小説を書きたいんですけど、どうですか?」って提案して。

 

――それが一冊にまとまったということですね。

藤田さん:そうです。連載から13本、それに書き下ろしの3つを加えて16本です。

 

――タイトルの『サムシングオレンジ』というのは?

藤田さん:表題作になった一本が書き下ろしの中にあるんです。アルビが好きな人って、何かしらオレンジ色のものに目が行くと思うんですよね。サッカーでも野球でも、ファンはやっぱりチームカラーを大切にするじゃないですか。それでサポーターの話ということで、『サムシングオレンジ』としました。本の見返しとかもね、オレンジ色にしてもらっています。

 

 

――全体的に、とても読みやすかったです。小説っていうと、もっと難しい表現とか主張みたいなものがあるのかな、って。

藤田さん:それはやっぱり、最初にサポーターさんたちに読んでもらうことを前提に書いたので、わかりやすく丁寧に伝えることは心がけました。サッカーの情報とかアルビの選手のことを知りたくて雑誌をめくって、いきなり小難しい文字ばっかりのページが登場したら「げっ」ってなっちゃうでしょ。ただでさえ小説なんて誰も読んでくれないのに(笑)。だからできるだけ読みやすく、とっつきやすく。それでも最初は「なんだこれ?」って思われたと思いますけど。

 

――アルビに興味がある人は、今まで見てきた試合のことがたくさん描かれていて、すごく物語の世界に入り込めるでしょうね。

藤田さん:そうだと嬉しいですね。チームが生まれたばかりの、まだ陸上競技場でやっていたときから、J1昇格、あの2012年の最終節の札幌戦の奇跡の残留、J2降格、それぞれの思い出をオーバーラップさせてくれたらいいなと思っています。あのときの自分の人生はこんな感じだった、あの人と一緒に見た、そういうのを。それがまた、アルビをもっと好きになることにつながってくれたら、最高ですね。

 

――巻末にはサポーターの方のエピソード投稿も掲載されています。応募されたエピソードは全部読まれたんですか?

藤田さん:読みました。もうね、皆さん、すごくしっかりと書いてくれるんですよ。好きなものについて書いてくれているわけだから、ほんとに行間から「好き」があふれてて。素敵なエピソードばかりでした。アルビのサポの方なら、もう絶対、「わかるわかる」って思いながら読んでくれると思います。

 

好きなサッカーで物語を書ける。今はそれがすごく楽しい。

――実際に行われたアルビの試合があって、それとは別に主人公がいて、物語があって。いろんな条件があるなかで小説を構成するのはすごく大変というか、複雑な作業なんじゃないですか?

藤田さん:いや、そんなことはないです。そもそも連載は紙面に制限があるので、一本ごとの書く分量はたいしたことないんです。むしろ制約になる条件が多い方が書きやすいときもあります。ずっとラジオドラマを書いたり、短い小説を書いたりしてきているので、そこに複雑さを感じることはないです。むしろ、好きなサッカーで日常のちょっとした物語をつくる、というのを今はすごく楽しくやれています。

 

 

――書くときはどこで? こちらの仕事場にこもって書くのですか?

藤田さん:仕事場にこもるのは仕上げのときだけですね。勢いをつけてバーッと書き上げちゃった方がいいので、どんな話にしようか考えたり、下書きしたりするのは、外にいるときの方が多いです。早朝のスタバとか。外でほぼほぼ、8割方くらいまで作って、あとは仕事場で直して整える作業を繰り返す感じです。

 

――ちなみにそこにある付箋がいっぱい付いている紙の束は……?

藤田さん:これはゲラといって、書き上げた後で出力されたものを直す段階のものです。複数でチェックして。けっこうね、根気がいるというか、書くのとはまた別の頭を使わないといけないから大変なんです。

 

 

――今回は表紙のイラストも描かれたとか。

藤田さん:ピッチの外の物語なので、どんなイメージがいいのかなって悩んだんですけど、「わかりやすい方がいいよ」「ビッグスワンとかがいいんじゃない?」とまわりにアドバイスをもらったりしているうちに、アルビのサポーターならみんなが通る道がいいな、みんなで共有できるイメージがいいなと思って、こんな感じにしてみました。いかにもサッカー!って感じにだけはしたくなくて。自分で気に入って、ポストカードも作っちゃいました(笑)

 

 

――ところで藤田さんはアルビのサポーターなんですか?

藤田さん:コアなサポーターだと思われがちなんですけど、本当にがっつり試合見はじめたのは実は去年からなんですよ。でも新潟にいると、アルビのいろんな情報は入ってくるし、サッカーはもともと大好きだから、大事な試合とかは見てましたね。東京に住んでいたときは何度かアウェイの試合にも行っていました。ゴール裏にお客さんがほとんどいない頃のアウェイ戦とか。アルベルト監督になって、サッカーそのものが面白くて、普通に見て楽しいサッカーになりましたよね。昔は見てたけど最近アルビ見てないって人に、ぜひ見て欲しいですよ。「え、今、こんないいサッカーしてるんだ!」って思いますよ、きっと。

 

――シーズンの折り返しで、上位です(7/14現在3位)。期待は膨らみますね。

藤田さん:今年、すごくいいチームですよね。選手、みんな好きになる。秋にはJ1昇格の物語も書きたいです、リアルタイムで。

 

――ですね!

 

まるで懐かしい音楽のように、サッカーも人生の思い出を運んでくる。

――ちなみに、いちばん気に入っている作品とかありますか?

藤田さん:全部(笑)。子どもと同じですよ。フラットに好き嫌いの話をして、誰がいちばん、なんてないです。でも連載していて手応えを感じたのは、3回目に書いた「父のマルクスゴール」という話で、マルクスのチャントってご存じですか?

 

――ブルーハーツの「キスしてほしい」のやつですよね?

藤田さん:そう、それを題材にして書いたんですけど、これができたときに、「あ、この連載うまくいくんじゃないかな」って思いました。そうだ、自分はこういうものを書きたかったんだ、って。なんだろう、人生と一緒に存在するサッカー、というか。例えば音楽って、昔の歌のメロディとか、その当時の思い出とか感覚を連れてくるじゃないですか。サッカーも、サッカーが好きな人にとっては、試合、選手、シーズン、チャント、サポーター仲間、いろんなことが、やっぱりそのときそのときの人生の思い出を運んでくるんですよ。プロスポーツって、前へ前へと時間を進めていくことで盛り上がっていくものですけど、振り返って楽しめる、語り合えるっていうのも魅力のひとつだし、みんなで楽しめると同時に、自分ひとりだけの時間軸の中で感傷的に思い返せるものでもあって。だから、文化なんだと思うんです。サッカーにはそういう、文化としての強靱さがあるんです。

 

 

――カバーも爽やかだし、夏の読書にちょうどいいかも、って思うのですが、この新刊は普通に本屋さんで買えますよね?

藤田さん:新潟県内の主要な本屋さんはどこも置いてくれていると思います。すごく目立つところで展開してくれている書店さんもあるみたいで、本当に感謝しています。本屋さんに行けない方は、もちろんAmazonでも買えます。アルビの熱心なサポーターの方には、ビッグスワンに行ったときオレンジガーデンとかでも見つけてもらえると嬉しいですね。

 

――『この街と、アルビと、サッカーを愛するあなたへ』と帯に書いてあります。まさに新潟で生まれた作品集ですね。

藤田さん:このコピーの要素が揃わなくても、新潟の街が好きな人、アルビが好きな人、サッカーが好きな人、それぞれに手にとってもらって、それぞれに楽しんでもらえたらと思います。地元にプロサッカーチームがあるって、すごくラッキーなことなんですよ。本当に。この本を書くことで、改めてそのことに気づけました。僕も、それを思いきり楽しませてもらっています。

 

 

『サムシングオレンジ THE ORANGE TOWN STORIES』
著者:藤田雅史
出版社:ニューズ・ライン
発売日:2021年7月11日
定価1,650円(本体1,500円+税)

 

■『サムシングオレンジ|THE ORANGE TOWN STORIES』

 

■藤田雅史

 

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