東京から移住した女性がひとりで挑む、十日町の「妻有ビール」。
ものづくり
2019.10.14
地域の元気を目指す十日町の地ビール。
クラフトビールや地ビールがブームになり、新潟でもいろいろな地ビールが作られています。地ビール第1号のエチゴビールをはじめ、スワンレイクビール、妙高高原ビール、胎内高原ビール、八海山ライディーンビールなどなど…。どれも個性的なビールばかり。今回紹介する「妻有ビール」もそのひとつ。でも、このビール…東京から十日町にやってきた女性が、ひとりで立ち上げたんです。今回は「妻有ビール」の高木さんにお話を聞いてきました。

妻有ビール株式会社
高木 千歩 Chiho Takagi
1973年十日町市生まれ。新潟市で育ち、その後は父の転勤のため、あちこちで暮らす。大学卒業後は、IT企業などで営業職を経験。2011年に「地域おこし協力隊」として十日町市に移り住み、2014年、共同経営者と「ALE beer & pizza」をオープン。2017年に妻有ビール株式会社」を立ち上げる。中学、高校時代に吹奏楽部でアルトサックスを担当していて、現在は趣味としてジャズバンドで演奏を楽しんでいる。
クラフトビール流行とはちがった路線の「妻有ビール」。
——クラフトビールは県内でもいろいろ出ていますが、「妻有ビール」にはどんな特徴があるんですか?
高木さん:これを「特徴」と言っていいのかわかりませんが、親しみやすさを今は大切にしています。ホップの苦みがガツンと効いたスタイルが人気がありますが、クラフトビールを飲んだことがない人がまだまだ多いような気がして、定番ビールは親しみやすい味わいにしています。レストランの店長をやっていた時に、英語の品名のものはお客様が言い出しにくいような反応も見ていたので、日本語を入れた名前にしています。
——クラフトビールはクセが売りのようなところもありますからね。「妻有ビール」には種類がいくつかあるんでしょうか?
高木さん:はい。まず定番ビール「豪雪ペールエール」。これは味と香りのバランスにこだわった、飲み飽きしないビールです。次に「十日町そばエール」。十日町産のそばの実をローストして使っていて、そば茶のような香ばしい風味を楽しめます。もうひとつは「めでたしゴールデンエール」。オレンジピールを使ったフルーティーな香りの強いビールで、一番クセがあるかもしれません。この3種類がスタンダードになっています。ほかにも季節限定ビールをいくつか作ってます。
——どれも気になるビールですね。「妻有ビール」はどこで飲むことができるんですか?
高木さん:地元・十日町の飲食店やイベント出店で提供しています。そのほか、地元の方々からリクエストをいただき、工場での量り売りもやっています。専用の1リットル瓶にビールを入れて販売し、2回目以降は、持参してもらった専用瓶にまたビールを入れて販売するスタイルです。この販売スタイルが、酒屋さんで日本酒を買うときの「通い徳利」に似ているということで、懐かしがるお客さんもいますね。

ビールは気軽でカジュアルに楽しむことができるお酒。
——高木さんはビールのどんなところが好きなんですか?
高木さん:ビールって気軽でカジュアルに飲むことができるお酒だと思うんですよ。それほどアルコール度が高くないから、ほどよく酔って楽しく飲むことができるところがいいですよね。それから、原材料にいろいろなものを取り入れることができますので、地場産品を使ったり、山の花を使ってみたりすることができます。ビールのスタイルも様々で、飲み比べたり好みのビールを見つける楽しさもありますよね。
——たしかに飲みやすいお酒ですよね。では、クラフトビールの魅力はどんなところですか?
高木さん:これまで日本では大手のビール会社さんが似たような商品を作ってきたので、ビールに様々なスタイルがあるということがわかりにくい現状がありました。ですので、クラフトビールを最初に飲んだ時は衝撃的でしたよね。いろんなものを試していく中で自分の好みもわかってきたり、ワインのようにフードとのペアリングも楽しめるので、そういったところが魅力的なのではないでしょうか。
——ビールを作り始めてから職業病のようなものはありますか?
高木さん:ビールを飲んだときに、単純に「美味しい」とというよりは、味や香りなどを細かに確かめてしまうクセがつきました(笑)。新しいものをお店で見つけると試してしまいますし、ビアバーでいろんな醸造所のビールを飲むのは楽しみでもありますが、私にとっては「勉強」ですよね。

「地域おこし協力隊」として十日町に移住。
——そもそも、高木さんはなぜ十日町に移住したんですか?
高木さん:私は父の仕事の関係で転勤が多く、家族ごと引っ越していましたので、いわゆる実家がないんですね。でも、十日町には両親の実家があって、自分が生まれた土地なので愛着を感じていました。いつかなんらかの形で関われるといいなとも思っていたんですよね。2011年に東日本大震災が起こって、停電とか食料品の買い占めとか、当時住んでいた東京も大混乱になったんですよ。そのとき都会の生活の「もろさ」みたいなものを強く感じたんです。そのころ父が亡くなり、十日町にお墓を建てたいと言っていたことを思い出したりしました。そういったいろいろなことが重なって、十日町に行くならきっと今なんだろうなと思って十日町で仕事を探し始めました。
——なるほど。でも十日町での生活はスムーズにはじめられたんですか?
高木さん:「地域おこし協力隊」に応募して2011年に十日町へ来ました。過疎地域に、地域外の人材を受け入れ、活性化につながる活動を行ってもらい地域力の維持・強化を図っていくという総務省の制度で、十日町市の嘱託職員として給与をいただき活動をしていました。配属された地域の皆さんと農産品の販売促進や地産地消の推進の取り組みをしていました。野菜やお米のことを農家さんにたくさん教えていただきました。

県外客の「十日町の地ビールってないの?」がきっかけ。
——「妻有ビール」はどのようないきさつで始めたんでしょうか?
高木さん:十日町に移住してきたものの、大好きなクラフトビールを提供する店が一軒もなかったんです(笑)。そこで、クラフトビールを提供するレストランを作ったのがきっかけです。2014年に知り合いと4人で、クラフトビールとシカゴスタイルのピザを提供するレストラン「ALE beer & pizza(エールビールアンドピッツァ)」をオープンしました。地元産の野菜やお肉などの食材を使って地産地消の店を目指しました。
——まずクラフトビールが飲めるお店を作ったんですね。そこから地ビールへの過程というのは…?
高木さん:最初はクラフトビールもシカゴピザも地元の方々に馴染みがないものになりますから苦戦しました。クラフトビールを知ってもらうためのセミナーを開催したりしました。3年目くらいになると観光のお客さんも来店されるようになって「十日町の地ビールってないの?」と聞かれることが多くなってきました。それに対して「無いんですよね」と答えていたものの、自分でやれないのかな?と調べ始めたことがきっかけとなりました。
——でも、簡単にできるものではないですよね?どこかで修行したんでしょうか?
高木さん:まず、いろいろなブルワリーを視察して回りました。でも見たのは大きな工場ばかりで、私がやろうとしている個人レベルの工場じゃなかったんですよ。そんなある日、山梨にある「Outsider Brewing(アウトサイダーブルーイング)」を訪ねてみたら、商店街の中にあるお店を使ったブルワリーだったんですね。小さな設備でもクラフトビールを作れることを知ったんです。そこは有名なビール醸造家・丹羽智(にわさとし)さんのブルワリーだったので、丹羽さんに会って根掘り葉掘り質問して、こと細かに教えてもらいました。でも、あんまり熱心に質問し過ぎたのか「もしかして、自分で作ろうと思ってるの?」と言われ、事情を打ち明けたら、研修生として2ヶ月間勉強させてもらえることになったんです。2ヶ月間は短すぎる研修期間でしたが、滞在費とかを考えるとギリギリの期間でした。
——たった2ヶ月でおぼえたんですか? そのあと自分で作れたんですか?
高木さん:研修した設備と実際の設備は違いますので、まず習ってきたプロセスを「妻有ビール」の設備に置き換えて考える必要がありました。一番最初の仕込みでは、師匠の丹羽さんに何度電話したかわかりません(笑)。お湯の温度が上がらなかったり、詰まって流れない箇所があったり、そのたびにチェックして試行錯誤しながら改善していきました。
——それでも作り上げたところがすごいですね。設備を作るのも大変だったんじゃないですか?
高木さん:税務署への申請手続きが大変でしたね。審査が続いて、許可が出るまでに半年かかりました。資金面でも予算より工事費が上振れしてしまったり、厳しい状況でした。ペンキ塗りを見積もりからはずしてもらい、自分でやる!と言ってみたものの、いざ取り組んでみるととてつもない面積で。Facebookの力を借りて協力してくださる方を募ってみました。快く20名もの方々が手伝ってくださり、工事は予定通り進みました。クラウドファンディングも使って170名の方からご支援もいただきました。本当にたくさんの方のお力でこの醸造所ができたんです。

十日町の人はとてもあたたかい。
——十日町について、どんな思いを抱いてますか?
高木さん:十日町は多いのか最初はなかなか距離が縮まらないように感じたりしたのですが、とてもあたたかい人が多いんです。夏には皆さんから新鮮な野菜をいただいて御礼に何かお渡ししたり、お手伝いしたり、そういうお金を介さないやり取りが日常的に行われています。いまでは「妻有ビール」を応援してくれる人もたくさんいて、本当にありがたく思っています。

今後は「十日町やお隣の柏崎の材料を使って、地場材料のビールを作りたい」という高木さん。農家に協力をしてもらい、ホップやビール用大麦も試験的な栽培を進めているそうです。地場産材料のビールが醸造できるようになればきっと農業の活性化にもつながります。「地域おこし協力隊」として十日町に来た高木さんが、「妻有ビール」で地域おこしをしてくれるのを期待せずにいられません。
妻有ビール株式会社
〒942-1527 新潟県十日町市太平字塚上り474-1
025-594-7911
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