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カレーで新型ウイルスに挑戦する!今年オープンの「米山咖喱食堂」。

新潟駅南口にあるお洒落な雰囲気のカレー店「米山咖喱食堂」。ちょっと読みにくい漢字ですが「咖喱」は「カリー」と読みます。お店の中は広々して、カウンターと小上がりがあり、カウンターの上には色とりどりのスパイスの瓶が並んでいます。今年オープンしたばかりですが、新型ウィルス感染症の影響はどうだったのでしょうか。ちょっと心配ですよね。オーナーの高橋さんにオープンまでのいきさつやカレーのこだわりを聞きました。

 

 

米山咖喱食堂

高橋 章介 Shosuke Takahashi

1969年京都府生まれ。親の転勤で新潟に移住。東京の専門学校を中退後、さまざまなアルバイトを経験して再び新潟へ。ディスコ、中古車ディーラー、DJバーの共同経営など多岐にわたる仕事を経験。飲食店を多店舗展開する会社で多くの飲食店に関わるが、新型ウィルス感染症の影響を受けた事業縮小のために退職し、新潟駅南口に「米山咖喱食堂」をオープンする。ファッションが好き。以前はサーフィンやスノーボードをやっていたが、今はなかなか時間がない。

 

自分の本当にやりたいことを探すため、新潟に帰ってきて。

——高橋さんって飲食業界は長いんですか?

高橋さん:なんだかんだで長いですけど、その他にもいろんなことをしてきてるんですよ(笑)。もともと服が好きだったんで、ファッションデザインの勉強をするために東京の専門学校に行ったんです。でもそこはアパレル業界の経験者が行くようなハイレベルな学校で、初心者だった僕は全然ついていけなかったんですね。仕方なく学校を辞めてアルバイトを始めました。

 

——どんなアルバイトをしたんですか?

高橋さん:和食レストランの調理補助とか、トラックを運転する宅配の仕事とか、いろいろやってました。バブル景気のまっ只中だったのでとにかく仕事が忙しくって、プライベートの時間なんてないくらいでしたね。でも、だんだんと時間に追われる生活に疑問を持つようになったんです。それで自分の本当にやりたいことを探そうと思って、新潟に帰ってきたんです。

 

——新潟に帰ってきてからは、どんなことをしたんですか?

高橋さん:友達が働いていた「マハラジャ」っていうディスコでウエイターをやってました。そのうち同い年の仲間が独立してショットバーを始めたのを見て、自分もお店をやってみたいという気持ちが強くなったので、「マハラジャ」を辞めることにしたんです。

 

——じゃあそれから自分のお店を始めたんですか?

高橋さん:いえ、まず資金を貯めようと思ったので外国車の中古車ディーラーで働きました。ところが、そこの社長がある日いきなり夜逃げしてしまったんですよ。前の日まで普段通りに仕事してたから驚きました。それがトラウマになって人に雇われるのがイヤになってしまったので、ますます自分の店をやりたいと思うようになったんです。

 

そんなにハマらなかったパキスタンカレーとの出会い。

——かなりいろんな経験を積んでらっしゃいますけど、料理ってどこで学んだんですか?

高橋さん:料理は前から好きだったんですよ。でも本格的に教わったのは友達がやっていた飲食店で働いたときですね。その飲食店の後は、高校の同級生と共同経営で「インスリーズ」っていうDJバーを始めました。今でいうクラブのハシリみたいなお店で、若者がたくさん集まったから人気店になったんですけど、共同経営していた相方との意見のずれが大きくなってきたので店を閉めることにしたんです。

 

——せっかく人気があったのにもったいなかったですね。その後はどうしたんですか?

高橋さん:ニューヨークで買い付けした服を売ったり、パキスタン人の経営する自動車販売の仕事を手伝ったりしました。そのとき、パキスタン人からビリヤニとか、マトンカレーとか作ってもらったのがパキスタンカレーとの出会いだったんです。でも正直そんなにハマんなかったんですよ。

 

——あれれ(笑)、そこでカレーに目覚めたわけじゃなかったんですね?

高橋さん:そうですね(笑)。それから、駅南でカフェを経営している社長と出会ったことがきっかけで、アルバイトとしてその会社の経営する別の飲食店に勤めることになったんです。その会社ではいろいろな店に携わりました。新店の立ち上げをしたり、経営不振の店を立て直したりしてきたんです。

 

——でもその会社も辞めた、と…。

高橋さん:今年に入ってから、新型ウィルス感染症の影響もあって店舗を減らして、経営を縮小することになったんですよ。僕が一番給料をもらっていたので、会社のためにも他のスタッフのためにも、自分が身を引いた方がいいと思って解雇してもらいました。それでしばらくは今後の身の振り方を考えて、「自分の店をやりたい」という初心に帰ることにしたんです。

 

あえて新型ウィルスに立ち向かう、そんな道を選ぶ。

——お店を始めるって、新型ウィルス感染症が流行して、タイミングが悪くないですか?

高橋さん:確かに、どこかに雇われる方が無難だったかもしれないですね。他の飲食店からいい条件でのお誘いもいただいてたんです。でもあえて新型ウィルスに立ち向かう道を選んだんです。こんな状況だからこそ挑戦して、「がんばればできるんだ」っていうところを証明してみせたいんですよ。「失敗を恐れない」っていう信念があるので、思いきってぶつかっていこうと思ってます。

 

——カレー店を選んだのはどうしてなんですか?

高橋さん:ラーメン店も考えたんですが、もともとカレーが好きだったし、パキスタンカレーもよく食べてましたからね。あと、テイクアウトできるし、少ないスタッフでも回せるし、後々いろんな展開がしやすいジャンルだと思ったんです。

 

——なるほど。で、カレーの作り方はどこで覚えたんですか?

高橋さん:休職している間にスパイスを仕入れて、独学で試行錯誤しながら作り上げました。厨房なんてないので自宅のキッチンで試作に打ち込んだんです。おかげで家中スパイスの匂いで大変なことになりました(笑)

 

日本のお米に合う、日本人のためのカレーを目指す。

——「米山咖喱食堂」さんのカレーの特徴を教えてください。

高橋さん:「米に合う日本人のためのカレー」を意識してます。まあ、新潟って米どころだし。あと健康も意識して、小麦を使わないグルテンフリーのカレーになってます。旬を取り入れて季節の野菜を使うようにもしています。

 

——一番のこだわりっていうとどんなところでしょうか。

高橋さん:やっぱりスパイスですね。カレーの中に辛さだけじゃなくて、爽やかさ、苦み、山椒の辛み、香りといった要素もバランスよく盛り込んでいくわけです。僕は食材によってスパイスを使い分けるようにしてます。たとえばラム肉には臭みを抑えるスパイスを使うとか、豚肉にはスパイスを少なめにするとか、魚に合うスパイスを使うとか。食材とスパイスを合わせるのは難しいんだけど、やっていて楽しいですね。

 

——難しいだけに美味しくできたときは達成感がありそうですね。

高橋さん:その通りです。僕は食べ終わったお客様に必ず感想を聞くようにしてるんです。そのときに「美味しかった」って言ってもらえたら、それまでの苦労も吹っ飛びますね。

 

いろいろなカレー店舗の展開やセントラルキッチン。

——今後やってみたいと思っていることってあるんでしょうか?。

高橋さん:いろいろありますね。今はひとりいろいろ全部やっているんです。6種類あるカレーの仕込みが特に大変で、寝る時間もないくらいなんです。だから、ゆくゆくは何人かのスタッフでカレーの仕込みをするセントラルキッチンを作りたいと思ってます。他にもカレーパンとかカレーうどんとかの店舗展開も考えてます。まずは新型ウィルスに負けないよう、がんばっていきたいですね。

 

 

 

 

米山咖喱食堂
〒950-0916 新潟県新潟市米山1丁目5-13
025-278-3296

11:30-22:00

日曜休

 

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