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古町の飲食店を支えてきた老舗青果店「八百重商店」。

長く古町を見守ってきた老舗青果店の社長さんに聞く。

新潟市の古町8番町は、居酒屋、バー、ナイトクラブなどなど様々な飲食店が建ち並び、新潟の繁華街としてずっと賑わってきました。そんな飲食店街の中、店先の鮮やかな色彩で目をひくのがこのお店。新鮮な野菜や果物を提供している創業150年以上の老舗「八百重商店」さんです。長い間古町の変遷を見守り続けてきた「八百重商店」の8代目社長・本間栄一さんに、お店の歴史や古町の移り変わりについて聞いてきました。

 

 

八百重商店

本間 栄一 Eiichi Honma

1965年新潟市中央区生まれ。株式会社八百重商店8代目社長。東京の専門学校でビジネスを学んだ後、築地場外市場にある青果の卸問屋で5年間修行する。その後新潟に戻り八百重商店を継ぐ。趣味はゴルフと散歩。旅行や温泉も好きだが時間がなくてなかなか行けない。

 

老舗ホテルや一流料亭にいち早く“初物”を提供してきた青果店。

——今日はよろしくお願いします。八百重商店さんの歴史は古いんですよね。

本間さん:残っている資料から明治2年創業ということになっています。現在の古町8番町に店を構えたのは明治10年で、その少し前に創業したイタリア軒さんとはその頃からお付き合いをさせていただいてます。そのほかにも老舗料亭の鍋茶屋さんをはじめとした料理屋さんも多く、そういったお店とも長くお取引きさせていただいてるんですよ。資料に残っている青果店の中ではうちが新潟で一番古いかもしれないですね。

 

——錚々たる老舗ホテルや料亭とお付き合いしてるんですね。

本間さん:現代では青果物が年中出回っていますけど、当時は青果物によって食べられる季節って決まっていたんですよ。そんな中で「はしり」とか「初物」とかって呼ばれる季節を先取りした食材は料亭に喜ばれたようです。他の店では出していないものを、いち早くお客さんに出すということで評判を高めていたんでしょうね。そうしたことに対応して、他の店より早く初物を仕入れてお客さんに提供するのも八百屋の役目だったんですよ。うちの店ではル・レクチェもかなり早く扱っていたようです。

 

——ル・レクチェはいつ頃から扱っていたんですか?

本間さん:まだ新潟県内ではほとんど流通していなかった昭和の初め頃と聞いてます。白根の梨農家で作られていて、まだ「ル・レクチェ」という名前じゃなくて「ルルクチン」とか「ロクチ」とか呼ばれていたそうです。他の梨に比べて小さくて当時は扱いにくい品種だったので、他の八百屋では扱っていなかったそうです。そのうち、八百重商店は高級青果物を扱っている店として知られるようになって、贈答用の籠盛りがどんどん売れるようになったんです。

 

実は青果店だけじゃなくて喫茶店も経営していた?

——それにしても青果店一本で150年以上も続いているのってすごいですね。

本間さん:じつは「美好(みよし)」っていう喫茶店もやってたんです。太平洋戦争が始まった直後の昭和17年から、八百重の一画で甘味処として営業していたそうです。戦争中で野菜や果物とかの売るものがなかったから、八百屋だけじゃやっていけなかったんですね。戦後からはコーヒーも出すようになって、本格的に喫茶店として営業するようになったようです。その後の喫茶店ブームもあって、メニューも豊富だったので人気があったらしいですね。

 

——喫茶店をやってたのは知りませんでした。

本間さん:新潟駅の地下名店街とか西堀ローサとか多いときには4店舗くらいあったんです。それと同じ頃に八百重商店の支店も何軒かできたんですよ。新潟駅、マルタケデパート、本町、上古町にありました。

 

——喫茶店はもうやってないんですか?

本間さん:万代シティや駅周辺や郊外にいろいろな店ができて、古町には以前のように人が来なくなっていったんです。それにつれて喫茶店のお客も減って経営が難しくなってきたので、徐々に閉店して平成5年に最後のお店をたたみました。今は青果店一本でやっています。

 

かつての夜の古町では、今の10倍もの売り上げがあった。

——繁華街の八百屋さんということで、どんなお客さんが来ますか?

本間さん:店に来てくれるお客さんの多くはほとんど常連さんですね。以前は新潟一の繁華街ということもあって、夜になると飲みに来る人たちで賑わっていたから、夜9時まで店をやっていたんですけどね。飲食店で使うフルーツやおつまみのお菓子、お店の女性スタッフのおみやげにする高級フルーツとかが売れて、夜の売り上げだけでいうと今の10倍以上ありました。バブル経済の崩壊以降、夜の古町にどんどん人通りがなくなってしまったので、うちも閉店時間を早くしたんですよ。以前は多かった籠盛りの注文もかなり減っちゃいましたね。

 

——籠盛りというとお見舞いとかお供えとか贈答用に使うものですよね?

本間さん:ええ。お見舞いに持っていくものも、今ではお花とかケーキとかお菓子とかいろいろなものがありますからね。葬儀のお供えにしたって最近はほとんどお花になりましたよね。お花も綺麗ですけど、祭壇に果物籠が並ぶと見栄えがすると思います。

 

——青果の他に扱っているものはあるんですか?

本間さん:場所柄料理屋が多いので、割烹材料、乾物、缶詰、あとあまり知られてないんだけどおつまみが充実してますね。飲食店の方が買っていくこともありますし、お正月やお盆といった家に人が集まる時に買っていかれるお客さんも多いんです。

 

得意先の厳しい要求に応えるための努力。

——野菜はどんな基準で選んでるんですか?

本間さん:野菜はできるだけ新潟県産を仕入れるようにしています。卸売の得意先が割烹やホテルといった料理屋さんなので要求は厳しいですね。例えば「サイズを揃えるようにしてほしい」という注文は多いんですが、農作物はその時々の出来不出来もありますから、難しいこともあるんです。でも頑張って揃えるように努力してます。

 

——天候不順とかで植物の生育も変わりますもんね。では果物はどうでしょうか?

本間さん:越後姫、ル・レクチェ、八色スイカとかの新潟産果物のほかは東京の大田市場から仕入れるようにしています。大田市場には美味しくて質の高い果物が集まるんですよ。果物は必ず試食して味を確かめてからお店に出すようにしています。下手な物はお店に出すわけにいきませんからね。

 

——ちゃんと味見してくれていると安心ですね。青果はけっこうデリケートですもんね。

本間さん:これはもう鮮度ですね。とにかく新鮮な青果物をお届けしたいと思ってますので、毎朝市場に行って仕入れして、買い置きしないでその日のうちに回転よく売るようにしています。

 

——せっかくなので、新潟産の青果類で旬のおすすめを教えてください。

本間さん:今くらいの季節ですと、女池冬菜とか越後姫とかが美味しくなってますね。葉物野菜は寒さで凍らないように身を守るために糖分が増して甘みが出るんです。年明け頃からは帛乙女とかの里芋も美味しくなります。里芋に限らずサツマイモ、ジャガイモといった芋類は熟成していて美味しくなってますね。

 

——そういえば芋といえば、店頭で焼き芋を売ってますね。

本間さん:11月頃から4月頃までやってます。「いもジェンヌ」や「鳴門金時」を1時間くらいかけてじっくり石焼しているので、甘みがあってしっとりした食感になってるんです。芋の指定がある時は事前に予約してもらえれば対応できますよ。以前は天津甘栗もやってたんですよ。大正時代の店舗写真を見ると看板も出してたことがわかるんです。当時は「天津甘栗」という商標を買って販売していたようで、八百重では5〜6店舗あったそれぞれの支店でも販売していたようです。

 

歴史が古く、お客さんと店の関わりが濃い古町。

——ずいぶん寂しくなってしまった古町ではありますけど、いいところを教えてください。

本間さん:昔から代々受け継がれている、歴史のある老舗や専門店がたくさんあります。だから世代を超えたお客さんも多いんです。そういう意味では、お客さんと店の関わりは濃い地域なんじゃないでしょうか。料亭とかがある芸妓文化の残っている大人の街でもありますね。そんなよさがいつまでも残るよう、また活気を取り戻してほしいですね。

 

 

明治2年から150年以上も続いてきた「八百重商店」。古町の様子が変わっても、店に並ぶ新鮮な野菜や果物は変わりません。そこには歴史あるホテルや一流料亭との付き合いの中で培ってきた青果物に対する厳しい姿勢があるのだと思います。これからも古町の飲食店やお客さんに新鮮な野菜や果物を提供し続けていってほしいです。

 

 

 

株式会社八百重商店

〒951-8063 新潟県新潟市中央区古町通8番町1450

025-228-8121

月曜〜土曜10:00-19:30/日曜祝日10:00-15:00

 

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