新潟市秋葉区ののどかな住宅街に「プエル」という名のイタリアンレストランがあります。店の前に掲げられた案内板には、「予約をお願いしております」「食事中のスマートフォン等の使用、写真撮影できるだけ控えて下さい」「小さいお子様連れはご相談下さい」「料理内容はおまかせです」などと記載されています。どうやら完全予約制のお店のようで、ずっと気になっていました。今回はオーナーシェフの熊倉さんから料理のこだわりや、予約制の理由などを聞いてきました。
イタリア料理 プエル
熊倉 至總 Munefusa Kumakura
1977年五泉市生まれ。大阪の辻調理師専門学校卒業後、関西のレストランで修行を重ねる。その後、銀座のレストランでオープニングスタッフとして働き、2012年に新潟へ戻り新潟市秋葉区で「イタリア料理 プエル」をオープン。
——もっと頑固そうな方かと思っていたら、気さくな方だったので安心しました(笑)。まずはお店のことをお聞きする前に、熊倉さん自身のこれまでのことを聞かせてください。
熊倉さん:高校生のときに、「将来は喫茶店をやりたい」って思っていたんですよ。「カフェ」じゃなくて、「喫茶店」。コーヒー好きの母親の影響があったのと、何より喫茶店の空気感が好きだったんです。それで、とりあえず大阪の辻調理師専門学校に通って料理を学びました。
——レストランではなくて最初は喫茶店がやりたかったんですね。それで、専門学校を卒業した後は?
熊倉さん:大阪のイタリアンレストランで3年間修行しました。でも当時は仕事を教えてなんてもらえなかったので、自分で見て覚えましたね。叱られるときに手が出るなんてこともざらでした。時間も朝6時から夜中の12時までで、仕事が終わってから職場の仲間たちと遊びに行ってたから寝る時間がなかったですね(笑)。若いときだからできたんでしょうね。
——いかにも料理人の修行っていう感じのお話ですね。その後はどんなお店で修行されたんですか?
熊倉さん:関西方面では、10年間で6軒の店で修行させていただきました。3軒目に働いた、夫婦でやっているお店が、修行した中で一番厳しいお店でしたね。もう、バッシバシやられましたよ(笑)。仕事は何でもやらせてくれたんですけど、でもちゃんと教えてはもらえないんです。だけどその店のマスターは「どうせ失敗してもお前の店じゃねえじゃねーか」って言ってくれて、失敗した責任はお店で負ってくれました。
——厳しい修行を重ねてきたんですね……。辞めたいとは思いませんでしたか?
熊倉さん:思いませんでしたね。僕の経験を振り返ってみると、厳しい店の方が勉強になったことが多いんですよ。叱られることでわかることもあるし、その経験は今でも役に立っています。何よりメンタルが鍛えられますんで、ちょっとやそっとの辛いことにも耐えられるようになりました(笑)。そんな職場って今はもうないと思うので、僕たちがそういう厳しい修行をした最後の世代なんじゃないかな。
——厳しくされて、よかったと?
熊倉さん:思いますね。おかげで自分で考えながらやるという習慣が身につきました。自分でお店を始めてからは、もう誰も叱ってくれる人がいないんですよ。いるとすればお客様だけですけど、お客様に叱られてしまったらもうアウトですからね。
——関西での修行後は新潟に戻ってきたんですか?
熊倉さん:30歳のときに新潟へ戻ってきて、イタリアンレストランを始めようと思ったんです。ところが銀行からお金が借りられないし、家族の理解も得られなかったので、断念したんです。何よりも自分の中で、まだ独立への踏ん切りがつかなかったのが大きかったですね。それで東京に行って、銀座にあるお店でオープニングスタッフとして働き始めました。
——今度は東京で修行ですか。東京ではいかがでした?
熊倉さん:お店での修行よりも、プライベートな時間での食べ歩きが勉強になりましたね。東京の店はさすがにクオリティが高かったです。おかげで自分のやりたいと思う料理の方向性も見えてきました。でも子どもができたので新潟で育てようと思って、2010年にまた帰ってきたんです。その翌年に東日本大震災が起こったんですよね。
——心を動かすものがありましたか。
熊倉さん:東北で大変な被害があったのを見て、自分の身にもいつそういう災難が起こるかわからないと思ったら、「後悔のないようにやりたいことをやっておこう」って気持ちになりました。それでやりたかったイタリアンレストランをオープンすることにしたんです。ちなみに店名の「プエル」はラテン語で「少年」っていう意味の言葉なんです。
——お店のロケーションはどのように決めたのでしょうか。
熊倉さん:最初は中央区の古町や新潟駅周辺で探したんですけど、山まで一気に見渡せるロケーションがあまりに素晴らしかったので、この場所に決めました。
——たしかに、とてもいい眺めですよね。この場所で営業してきていかがですか?
熊倉さん:イタリアンレストランを提案するのはなかなか難しかったですけど、50代〜70代の落ち着いた世代を中心に、常連のお客様もできました。うちの店のこだわりをわかっていただけるのはうれしいですね。
——店頭の案内やメニューを見ると、かなりのこだわりを感じます。料理内容は「おまかせ」なんですか?
熊倉さん:自分が食べてほしいと思う料理をお薦めしたいので、お客様のリクエストは聞かないようにしているんです。
——それはどうしてなんですか? ニーズに応えた方がお客さんも増えそうですけど……。
熊倉さん:そんなに交通の便がいい場所でもないのにわざわざ食べに来てもらうためには、他とは違う店じゃないとダメだと思うんですよ。そのためには店の個性を大切にしていきたいんです。お客様からのリクエストに応えていくと、どこにでもあるようなお店になってしまうと思うんですよね。
——料理のオリジナリティを守りたいと。それから、写真撮影禁止についてもお聞きしていいですか?
熊倉さん:撮影禁止というわけじゃないんですけど、まずは料理を楽しんでほしいんです。僕は食べるときにいちばん美味しくなるよう、ベストな状態で料理をお出ししているんですが、お客様の中には食事よりも撮影の方が大事というような方もいらっしゃるんですよ(笑)。他のお客様のお食事の雰囲気を壊す場合もありますので、写真の撮影は遠慮していただけるとありがたいですね。
——そっか、いちばん美味しいタイミングで料理を食べてほしいですもんね。あと、完全予約制なのはどうしてなんですか?
熊倉さん:じっくりと時間をかけた仕込みが必要な料理があるんです。例えば肉は塩を振ってから2〜3日寝かせることで、塩が馴染んで熟成して美味しさが引き立ちます。できるだけ美味しい状態の料理を食べていただきたいので、ご予約をお願いしているんです。
——つまりお客さんへのお願いひとつひとつに、料理を美味しく食べてほしいっていう思いがあるわけですね。
——熊倉さんは、どんな料理を作ろうといつも心がけていますか?
熊倉さん:新しい料理を作り出すというよりは、「伝統的な料理をどこまで美味しく作れるか」にこだわっています。伝統的な料理っていうのは、長い間生き残ってきたわけじゃないですか。それだけ理にかなっている料理ってことなんですよね。そういう素朴でスタンダードな料理を作っていきたいと思っています。
——王道の料理っていうことですよね。他にもこだわりはありますか?
熊倉さん:盛り合わせで彩りをよくしようとは思わないし、調味料の味で食べてもらおうという考えもないんですよね。味付けをするんじゃなくて、味を引き出す料理がしたいんです。食材の産地やブランドにもあまりこだわりがなくって、どこでも買えるような食材をどこまで美味しく料理できるかが僕の仕事だと思っています。そして作り手が何を食べてほしいのか伝わって、お客様の印象に残る料理を、これからも作り続けていきたいですね。
「イタリア料理 プエル」のオーナー熊倉さんを取材して、案内板に書かれたいろいろなお願いの理由と、その背景にある料理へのこだわりを知ることができました。そのこだわりはすべて、「自分が作るベストの料理を味わってほしい」「まず第一に食事を楽しんでほしい」という思いからきています。取材の帰り際に、わざわざお店の前まで見送りに出てきてくれた姿にも、お客さんをもてなすこだわりの姿勢を感じました。熊倉さん、ありがとうございました。
イタリア料理 プエル
新潟県新潟市秋葉区萩野町2-12
0250-25-1105
12:00-13:00(ディナーは火〜土曜のみ予約制)
月曜休