お風呂のない家が多かった昭和初期は、洗面器に石鹸やタオルを入れて毎晩銭湯に通うのが当たり前の光景でした。今、施設の老朽化や後継者不足によってその銭湯の数はどんどんと減っていき、現在新潟市に残っている銭湯は12軒、そのうち営業しているのはたったの8軒なのだそうです。そんななか、新潟の銭湯文化を守るために営業を続けているのが、西湊町にある「千鳥湯(ちどりゆ)」。営業準備の合間にお邪魔して、店主の熊谷さんに銭湯経営のいろいろなお話を聞いてきました。
千鳥湯
熊谷 孝 Takashi Kumagai
1967年新潟市中央区生まれ。県外の大学を卒業後、大手電機メーカーでシステムエンジニアとして働く。2002年に家業の「千鳥湯」を3代目として受け継ぎ、現在は「新潟市公衆浴場協同組合」の理事長も務める。趣味はバイクで750のKATANAとは長い付き合い。
——「千鳥湯」さんはいつから続いている銭湯なんでしょうか?
熊谷さん:祖父が昭和6年から10年の間に創業した銭湯ですから、だいたい90年ほど続いてきました。私で3代目になりますね。
——熊谷さんは子どものときから銭湯を継ぐつもりでいたんですか?
熊谷さん:私は銭湯を継ぎたくなかったから、逃げるように県外の大学に入学したんですよ(笑)。小学生のときから休みの日でも薪割りや釜炊きを手伝わされて、銭湯仕事の大変さは身に沁みて知っていましたからねぇ……。
——大学卒業後はどんなお仕事に?
熊谷さん:大手電機メーカーに就職して、システムエンジニアとして働いていました。5〜6年勤めた頃に新潟へ転勤で戻ってきたんです。それから数年経って父が病に倒れてしまったので、「千鳥湯」を手伝うようになりました。
——「千鳥湯」を継ごうと決心したのはどうしてなんですか?
熊谷さん:父が亡くなった後に親戚で集まって話し合った際、「千鳥湯」を畳んで建物を売却しようという意見が出たんです。だけど私は「千鳥湯」を手伝っているうちに、地域の方々から必要とされていることを強く感じていたので、このまま地域からなくしてはダメだと思ったんです。
——各家庭にお風呂がある今の時代は、銭湯の経営ってすごく大変だと思うんですけど……。
熊谷さん:大変ですね(笑)。子どもを4人も抱えている上に、政策金融公庫から限度額まで借金をして、経営を始めました。
——熊谷さんが「千鳥湯」を継いでから、新しく改革したことはありますか?
熊谷さん:「今後やらなければならないこと」を12項目のリストにまとめて、解決するごとにひとつずつ消していったんです。
——例えばどんなところを新しくしたんでしょう?
熊谷さん:庭のあったスペースを潰して駐車場を作ったり、下駄箱や脱衣スペースを減らして、その分休憩所を広げて小上がりスペースを設けたりしました。男女別だった入口も共通にして、休憩所から男湯と女湯に分かれて入るようにしたので、寒い屋外で連れの方を待つことがなくなったんですよ。
——「神田川」の歌詞みたいに、寒さに震えて待たなくてもよくなったんですね(笑)
熊谷さん:そうそう(笑)。休憩所はイベントスペースとしても使うことができます。それから浴場の洗い場を縮小して、その分浴槽を増やしたんですよ。いろいろ改革したことで、昔から来ている常連のお客様からはたくさんクレームをいただきましたけどね(笑)
——馴染みのあるものが変わることに、寂しさを感じる人もいたでしょうね。
熊谷さん:でも「千鳥湯」が生き残っていくためには、必要な改革だったと思っています。常連のお客様からクレームがあったといえば、お湯の温度もそのひとつですね。
——お湯の温度、というのは?
熊谷さん:昔は熱いお湯が一般的だったんですよ。それをお客様が水で調節して入っていたんですけど、温度差の激しさに倒れるお客様も多かったんです。毎月のように救急車が来ていましたからね(笑)。その温度を2〜3度低くすることで、ゆったりと長めに入浴していただくことにしたんです。そのおかげで救急車の来る回数は激減しましたが、昔ながらの熱いお湯に慣れているお客様からはお叱りの声をいただきました。
——「千鳥湯」のお風呂には、他の銭湯とは違った特徴があるんでしょうか。
熊谷さん:男湯、女湯ともタイル画は各2種類ずつあって、どちらにも富士山の絵があるんですけど、それぞれ静岡側と山梨側から見た富士山になっているんです。それから「電気風呂」っていうお風呂があります。電気の力で押したり叩いたり揉んだりと、マッサージを味わえるお風呂なんですよ。
——お風呂のなかでマッサージが? すごく興味があるんですけど(笑)
熊谷さん:昔は新潟初の「シルクイン風呂」というのをやっていたんですよ。ナノバブルという細かい泡が肌にまとわりつくことで、体を温めて汚れを取るお風呂だったんです。でもモーターに強い負担がかかるせいで1年しかもたないので、代わりに「電気風呂」をはじめました。
——いろいろと工夫しているんですね。
熊谷さん:最近では人手不足に対応するために、券売機を導入したんです。私が担当している窯場も、万が一のことを考えてオペレーションの手順書を作ってあるんです。誰でも作業できるようにすることで、人手不足の改善につなげたいと思っています。
——問題点に対応しながら、いろいろな改革をされているんですね。
熊谷さん:でも12項目のリストのなかで、まだ解決できていないことがふたつ残っているんですよ。ひとつは正面のタイル画を面白いものに変えたいということ。プロジェクターを使って映像を流したり、フィルムを貼ったりして何か新しいことをやってみたいんですよ。もうひとつは露天風呂を作りたいということ。でもスペースが足りないんですよね。
——壁に貼ってあるポスターの「湯快券(ゆかいけん)」っていうのは?
熊谷さん:あれは私が理事長を務めている「新潟市公衆浴場協同組合」で発行しているもので、申請してもらえれば配布させていただく割引チケットなんです。13年前にはじめたら、銭湯の利用者が15パーセントも増えたんですよ。少しでも多くの方に銭湯を利用していただいて、その魅力を知っていただきたいと思っているんです。
——熊谷さんにとって、銭湯の魅力ってどんなところにあると思いますか?
熊谷さん:ほとんどの家庭にお風呂がある時代ですけど、一方では「スーパー銭湯」に足を運ぶ人も多いんですよね。それはつまり、銭湯をただ衛生を目的としたものではなく、「楽しみ」のために利用する人が多いということだと思うんです。自宅のお風呂にひとりで浸かるんじゃなくて、広いお風呂で他人とコミュニケーションを取りながら入ることが銭湯の醍醐味なんじゃないでしょうか。
——なるほど。
熊谷さん:夏の暑いなかや、冬の大雪のなかを通って来てくださるお客様もいるんですよ。来店したときは無表情だったご夫婦が、お風呂上りにはさっぱりした、とてもいい表情を浮かべていることもあります。そういう表情が私のやりがいにつながっているんです。
——熊谷さんには、今後も新潟の銭湯文化を守り続けていただきたいです。
熊谷さん:ありがとうございます。これからも銭湯を楽しみにしている方のために、より楽しんでいただける銭湯を提供していけたらと思っています。
千鳥湯
新潟市中央区西湊町3310
025-222-7395
13:00-22:00(日曜は7:00〜)
月曜休