生地で勝負する本場の味。
たこ焼きキッチンカー「多幸坊主」
食べる
2026.03.10
長岡市を中心に県内各所を回っている、たこ焼きのキッチンカー「多幸坊主(たこぼうず)」。店主は、大阪に生まれ幼い頃からたこ焼きの味に慣れ親しんできた本田さん。キッチンカーを出店している「アオーレ長岡」で、キッチンカーをはじめたいきさつやたこ焼きのこだわりについて、お話を聞いてきました。
本田 雅彦
Masahiko Honda(多幸坊主)
1972年大阪府生まれ。印刷会社やカー用品販売店、建設会社を経て鳶職で独立。2006年に長岡市へ移住して左官業に就き、義父と共に震災復興に携わる。2011年からはたこ焼きキッチンカー「多幸坊主」をはじめ、左官業が落ち着いてきた現在はキッチンカーの営業に力を入れている。柔道三段、剣道二段の腕前で、バイクが趣味。
神戸で阪神・淡路大震災に遭い
中越地震を機会に長岡へ移住する。
――本田さんは大阪のご出身なんですね。
本田さん:堺市の美原いうとこで生まれました。工業高校の電気科を卒業した後は、地元の印刷会社でオペレーターをやってたんですけどシンナーの臭いが苦手で退職しまして、それからは学校で勉強した電気工事の知識を生かして、カー用品販売店や建設会社で働いたんですわ。そしたら1995年に神戸で阪神・淡路大震災に遭うたんです。
――えっ、大丈夫だったんですか?
本田さん:まあ、建物が潰れかかってケガはしましたけど、骨が折れたりはせんかったから脱出することができたんですわ。その後は独立して奈良で鳶職をはじめて、震災復旧工事に携わっていたんです。
――それは大変な目に遭われましたね……。関西に住んでいた本田さんが新潟へ来たのはどうしてだったんでしょう?
本田さん: 2004年に起こった中越地震で、長岡を含めた中越地区がかなりの被害を受けましたやんか。奥さんの実家が長岡にあって義父が左官をやっていたんですけど、復旧工事が立て込んで手が回らないっちゅうことで手伝うために長岡に来たんです。しばらくは奈良と新潟を往復してましたけど、2006年に長岡市民として移住することになりました。
――長岡で暮らしはじめて、カルチャーショックを感じたことはありました?
本田さん:言葉の違いには戸惑いましたわ。整地作業のためダンプカーに土砂を積むんやけど、「べと積んでくれ」言われて何のことかわからんで困りました。「べと」っていうのが、新潟の方言で土のことだと後で知ったんです。
――年配の方がよく使う方言ですよね。
本田さん:あとね、関西人って「バカ」言われるとショックを受けるんですけど、あちこちで「バカバカ」言われて傷ついていたんですわ。そやけど新潟の方言で「バカ」っていうのは「すごく」とか「とても」っていう意味だというのも後から知りました。言葉以外にも、文化の違いを感じたことは多いですわ。関西ではところてんに黒蜜をかけてデザート感覚で食べるんやけど、新潟では酢醤油をかけて食べますやんか。それから、新潟のご当地グルメ「イタリアン」のことを「焼きそば」言うて奥さんに怒られたこともあります(笑)

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左官職人がたこ焼きのキッチンカー
「多幸坊主」をはじめたわけ。
――左官職人として働いていた本田さんが、たこ焼きのキッチンカーをはじめたいきさつを教えてください。
本田さん:よぉキャンプでたこ焼きを焼いとったから業務用の器具を一式持っとったんです。そんなこともあって義父から「おまえは関西人だからたこ焼きを焼けるだろう」と言われて、地元の祭りでたこ焼き屋台をやることになったんがきっかけです。回覧板で宣伝したら、100人もお客さんが並んでくれて驚きました。
――それでキッチンカーを?
本田さん:天気の悪い日が多い冬場は左官業が暇になるから、たこ焼きのキッチンカーをはじめることにしました。最初のキッチンカーができたんが、2011年の3月だったんですわ。
――東日本大震災と同時期だったんですね……。
本田さん:キッチンカーのデビューも中越地震で被災した桂温泉だったんです。僕は震災とやたら縁があったんで、そんな縁を断ち切って世の中に幸せになってほしいっちゅう思いを込めて「多幸坊主」と名付けました。
――ふざけているようでいて、深い思いのある名前だったんですね。今日みたいに「アオーレ長岡」での出店が多いんでしょうか?
本田さん:「アオーレ長岡」はオープニングイベントから出店してます。キッチンカーでは僕が一番乗りやったん違うかなぁ。仕事帰りの社会人も立ち寄ってくれるけど、やっぱ学生が多いですねえ。JK人気はそこそこあるんちゃいます?(笑)
――それは羨ましい(笑)
本田さん:常連やった学生が卒業前にわざわざ挨拶に来てくれたり、結婚して子どもと一緒に買いに来てくれたりするんです。キッチンカーをやっててよかった思いますわ。

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関西人が食べて懐かしく感じる
本場・大阪のたこ焼きにこだわる。
――「多幸坊主」のたこ焼きは、どんなことにこだわっているんですか?
本田さん:関西人が懐かしい気持ちになる味のたこ焼きです。
――それって、どんなたこ焼きなんでしょう?
本田さん:僕の住んでいた地域のたこ焼きには、紅しょうがも青のりもソースもかかっていなくて、出汁を生地に混ぜてあるんです。ところが、新潟でそのたこ焼きを出したら「ソースを忘れてる」って怒られたんですわ。それ以来、メインのたこ焼きは新潟のお客さんに合わせて、出汁の塩分を抑えてソースをかけています。
――そんなエピソードが……(笑)。他にもこだわっていることがあったら教えてください。
本田さん:なるべく地元の食材を使うようにしてます。特に卵とネギにはこだわっていて、見附の養鶏場からパプリカを配合した飼料で育てられた鶏の卵を仕入れているんです。その卵を使うと生地がまろやかになるんですわ。ネギも出店先で新鮮なネギを手に入れるように心掛けています。
――なるほど。では、オススメのたこ焼きを教えてください。
本田さん:はじめてのお客さんにはソースかだし醤油をオススメしてます。個人的にはネギとポン酢で食べる「ネギポン」をオススメしたいですけどね。「タルタル」と「ネギ塩こんぶ」は裏メニューやったけど、お客さんのリクエストに応えてレギュラーメニューになったんですわ。
――メニューが豊富ですよね(笑)。ところで「タコせん」はTAKE OUTできないんですね。
本田さん:せんべいがパリパリのうちに食べてほしいんです。だから「賞味期限3分」と言うとります。新潟で売られているのは、東京で流行ったアレンジスタイルの「タコせん」が多いんです。関西人からしたら、海外で食べる日本料理とか、無理して使っている関西弁とかのように違和感を感じるんですわ(笑)

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キッチンカーが危機を迎えている今、
生き方を見直し、将来を考えたい。
――今後はどんなふうにキッチンカーを続けていこうと思っていますか?
本田さん:もう22万kmも走っているキッチンカーが、来年車検を迎えるんです。新しいキッチンカーをどうしたらいいのか、頭を悩ませているところですわ。この機会にちょっとお休みして自分の生き方を見直そうとも考えてます。
――まさか……やめるなんてことは……。
本田さん:新潟に知り合いがまったくいなかった僕が多くの人と知り合えたのは、たこ焼きのキッチンカーをやっていたからなんですわ。これからも、そのつながりを大切にしていきたいと思っているので、なんとか続けていけたらと思ってます。

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