理美容師さんが自宅や施設などに出向きヘアカットなどを施してくれるサービス「訪問美容」をご存知でしょうか? 一般的な美容室でも訪問美容に対応している店舗もあるそうですが、今回お話をうかがった「訪問美容FUKURO(フクロウ)」さんは、その名の通り訪問美容の専門店。新潟市西区を拠点に市内全域を出張範囲としています。代表の斎藤さんに、訪問美容をはじめたきっかけやどんな思いで仕事に向き合っているのかなどいろいろとお話を聞いてきました。
訪問美容FUKURO
斎藤 真輝 Masaki Saito
1986年新潟市生まれ。会社員として働きながら新潟理容美容専門学校の通信制コースで学び、20代前半で美容師に転身。32歳で勤めていたサロンを退職。その後、介護系の学校に通い介護職員実習者研修の資格を取得。同年「訪問美容FUKURO」をはじめる。
——まず「訪問美容」について教えてください。
斎藤さん:訪問美容には法の定義がありますので、それについては「フクロウ」のホームページなどで確認いただくとして……。分かりやすくお伝えすると、何かしらのご事情で美容室、理容室に足を運べなくて困っている方がヘアカットなどの施術を受けられるサービスのことです。
——お恥ずかしながら「フクロウ」さんにお邪魔するまで、訪問美容を知りませんでした。事業をされているお店の数はそれほど多くないんでしょうか?
斎藤さん:決してそういうわけではないんですよ。でも施設などに出向く訪問美容は広く知られている一方、個人のご自宅でも訪問美容が使えることはあまり知られていないように思います。自宅での訪問美容というと「ヘアカットだけ」と思われがちですが、「フクロウ」ではシャンプー、カラー、パーマ、縮毛強制など、サロンと同じようなサービスを受けることができます。サロンクオリティの施術を提供するのが「フクロウ」のコンセプトですから。
——そんなにいろいろな施術が受けられるんですね。
斎藤さん:「自宅でパーマもカラーもしたいんだけどどうしたらいいんだろう……」と思われる方に、最後の駆け込み寺のような感じで「フクロウ」を使ってもらっているのかもしれません。パーマやカラーもされるお客さまが多いですね。
——そもそも斎藤さんが訪問美容を知ったのは?
斎藤さん:サービス自体は美容師だった頃から知っていました。美容師として勤めていたサロンでも、月に数件、訪問美容の依頼がありましたから。
——でももっと本格的に訪問美容をやりたかった?
斎藤さん:訪問美容を目指すようになったきっかけはいくつかあるんです。サロンに勤めていた頃のお客さまにすごく優しい方がいて。その方はいつも車椅子で来てくださっていて、お話をする中で「美容室に来たくても、来られない方がいる」ことを知りました。サロンワークをしながら常々「世の中のためになりたい」と思っていたので、32歳のときに訪問美容をやるためにサロンを退職したんです。そこから半年間、介護と医療の知識を学ぶために学校へ通って介護職員実習者研修の資格を取得しました。
——職場を辞めるほど強い思いがあったんですね。
斎藤さん:「世の中のためになりたい」と思っていたのには、私の生い立ちも関係しているんです。小さい頃に両親が離婚して、ずっと母親と3人のきょうだいで暮らしていました。母は身体が弱くてしょっちゅう入退院を繰り返していたので、地域の方や民生員さんなどいろいろな方々に支えてもらって僕たちきょうだいは生きてこられたんです。そんな経験があったので、少しでも社会に恩返ししたいと思う気持ちがありました。
——そうでしたか……。
斎藤さん:「みなさんを笑顔にできたらいいな」と目指したのが美容師だったんですが、いざ美容師となり、スタイリストとして一人前になって欲が出たんでしょうね。「もっと困っている人を助けたい」って思いが強くなって。まだ支援の手が届き切っていない方々の助けができればと思って訪問美容をはじめたんです。
——業界が変わって大変だったこともあったのでは。
斎藤さん:通常のサロンと同じようにいかないことは多々ありました。例えばスペースの問題。在宅で髪を切るとなると限られたスペースで対応しなければならないので、サロンでは行わないようなカットの技術が必要になってくるんです。座っている体勢を維持できる方ばかりではないので、お顔が正面を向いていない状態でカットすることもあります。そういった技術的なところには随分違いを感じました。
——確かに環境は違いそうですね。
斎藤さん:あとは機材の搬入と設置のためにそれなりの筋力が必要なんですが、身体が大きくては広さが確保されていない場所に入り込めない場合もあるし、威圧感を与えてしまいます。サロンワークをしていた頃より8キロほど体重を落としました。
——そんなところまで配慮をされたとはすごい。
斎藤さん:服装も大きく変わりましたよ。以前はカジュアルな格好で仕事をしていましたけど、安心感をお届けしたいので、訪問美容をはじめてからはフォーマルな服装をするようになりました。それとキャンバスになるように白地のワイシャツを着るようにしたんです。ご自宅での仕事は、スペースや鏡の大きさが限られるので自分がキャンバスにならないといけないんですよ。
——思い出に残っているお仕事についても教えてください。
斎藤さん:ある日突然身体が動かなくなってしまった方がいらして、「もう人生を諦めたい」と思っていたそうなんです。その方が、「フクロウ」の機材やパフォーマンスに大変喜んで涙を流してくださいました。その涙はとても重く感じられましたね。それと、ずっと帽子を被って生活されていたお客さまが、私が施術してからは「帽子を取って出かけるようになった」とご家族から聞いたこともありました。「帽子を被らずに過ごそう」と思える髪型をご提供できたことはすごく光栄なことでした。
——病気や人の人生に関わるという面においても、サロンにお勤めだった頃とはまた別の心構えが必要なのではないでしょうか。
斎藤さん:美容師でも、1度だけではお客さまの髪質や癖を見極めるのは難しいんですよね。私もそうでしたけど、たぶん美容師は「次はもっとキレイにするぞ、カッコよくするぞ」って心づもりでいると思うんです。でも訪問美容をしていると、初めての施術だったとしても、それがお客さまの人生の締めくくりとなるヘアスタイルを作る仕事になることがあります。「次はもっとよくする」じゃ遅いので、「常に自分が作るスタイルが完璧でなくてはいけない」という思いでいます。そうでないとお客さまにも私にも悔いが残ってしまいますから。
——ご家族とも深く関わるのではないですか?
斎藤さん:ご家族、医療関係者などいろいろな方との関わりが生まれますね。そういった部分でも美容師だった頃以上の気配りや対応が求められていると思います。技術はもちろん必要ですが、それ以上に「人を思いやる気持ち」が大切なのかな。
——なるほど。
斎藤さん:フクロウの目的は大きな枠では社会貢献、小さな枠では医療や福祉の底上げだと思っているんです。例えばリハビリが必要なときって、身体もメンタルもすごくキツイと思うんです。リハビリですぐにはっきりと成果が出るとも限らないし、そうなるとなおさら落ち込んでしまう。でも素敵なヘアスタイルになって「この髪型を誰かに見せたい」って気持ちがリハビリを頑張るモチベーションになるかもしれませんよね。そんなかたちでご本人と医療福祉関係者のお役に立てたらな、って思うんです。こんな考えは私のエゴなんですけども……。
——最後に斎藤さんが今掲げている目標を教えてください。
斎藤さん:これからはより美意識の高い団塊の世代の皆さんからのニーズが増えていき、おそらく今まで以上に質の高い訪問美容が求められてくると思います。そうなってもきちんと対応ができて、希望のスタイリングを実現する体制作りに努めたいですね。
訪問美容FUKURO
新潟市西区寺尾上1-6-53
TEL:025-378-5114