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元郷土力士の地域おこし。村上の関係人口拡大に取り組む「臥牛山朝猛」。

調理師で元大相撲力士という異色のキャリアを持ち、県北・村上市の地域おこし協力隊として活動してきた臥牛山朝猛さんが今春、3カ年の任期を終えて卒業しました。10年超に及ぶ力士生活を引退後すぐに出身地村上へとUターンし協力隊に転身した臥牛山さんは、「関係人口拡大」を任務に、現役時代に培ったちゃんこ鍋の腕や人脈に加え、SNS のスキルもフル活用し、集客イベントや地域行事の盛り上げ、地域(特に食)の魅力発信に奔走。今後も地元で新たな団体を立ち上げ、引き続き地域おこし活動に励むようです。角界入り、協力隊就任に続いての「第3のスタート」を切ったばかりの臥牛山さんに、これまでのことやこれからのことを伺ってきました。

 

 

臥牛山 朝猛 Tomotake Gagyusan

1984年村上市生まれ。本名・鈴木拓也。専門学校を卒業し調理師として働いた後、22歳のときに元関脇・寺尾の錣山部屋に入門し力士の道へ。通算233勝244敗、最高位は西三段目79枚目の戦績を残す。引退後、出身地・村上市の地域おこし協力隊に就任。3カ年の任期満了で協力隊を卒業した今春、市内朝日地区の自宅を拠点に任意団体「柳遊会」を立ち上げ、会社勤めをしながら引き続き地域おこし活動に取り組む。得意料理はもちろんちゃんこ鍋だが、実は洋食の腕もそれに引けを取らない。ちなみに「臥牛山」は村上市のシンボルで村上城のあった通称「お城山」の正式名称。

 

意外なきっかけで入門。異色キャリアの出発点は、中越地震。

――本日はよろしくお願いします。いきなり失礼かもしれませんが、元お相撲さんということで、もっと威圧感のある方かと思ってました(汗)

臥牛山さん:そうかもしれません(笑)。自分は力士の中でも小さい方でしたからね。もともと格闘技をやっていたわけでもありませんし。入門したのも社会人になって働いてからで、それまでは調理師でしたから。

 

――そうなんですね。そんな臥牛山さんが角界に入ったきっかけは?

臥牛山さん:テレビで錣山部屋の親方と力士の方々の活躍を観たのがきっかけです。……といっても、土俵の上でのことではないんですが。中越地震の被災地支援で、錣山部屋の面々が仮設住宅暮らしを強いられている被災者の人たちにちゃんこ鍋を振る舞っていたんです。その光景をたまたまテレビで観ていて、心を掴まれたというか、直感的に「自分もこの仲間に入りたい」って思ったんですよね。自分も何か力になれることはあるんじゃないか、と。

 

――へぇー!それはまた意外な角度からの入門ですね。とはいえ、力士となれば稽古や場所、巡業など、厳しい勝負の世界なわけですよね?

臥牛山さん:入ってからは相撲についてメチャクチャ勉強しました。喘息もあって普段の稽古はなかなか思うようにいかないこともあって、部屋のちゃんこ番を務めつつ、時間を見つけては日本古来の武道としての相撲を一から学んでいきました。それは身体の使い方やケガしにくい身体づくり、最小限の力で最大限の効果を生み出す動きなど、身体が小さくて力があまりない日本人に合ったもので、今でも役に立っています。

 

髷を結ったまま就職活動。現役時代の恩返しのためUターン。

――力士を引退後に、地元へUターンして協力隊に就任したのは?

臥牛山さん:現役時代、地元の方々にすごく応援してもらったので、その恩返しをしたかったのが一番大きいです。実はまだ引退前だったんですけど、東京ビッグサイトで開催された地域おこし協力隊のマッチングイベントに村上市も出展することを知って、親方に許可をもらって参加しに行ったりもしていました。まだ髷も結ったままで(笑)

 

――会場の人たちは驚いたでしょうね(笑)。それで着任後の活動は主に何を?

臥牛山さん:与えられた任務は「関係人口」の創出と拡大ですが、テーマが大き過ぎて何から手を着けていいか分からなかったので、まずは地域について知ることから始めました。自分も地元ととはいえ10年以上も離れていて分からないことが殆どでしたし。それで、最初はとにかく地域の行事やイベント、茶の間、作業などに顔を出しまくりました。次第にそういう催しでちゃんこ鍋づくりを頼まれるようになったこともあり、スケジュールの余白を恐れるかのように予定を入れまくっていましたね。最初は空回りすることもありましたけど、少しずつ地に足の着いた活動ができるようになってきました。自分は実はすごく人見知りなんですが、元力士というある意味でとても分かりやすい看板のおかげで助かった面もあります。「お相撲さん」や「ちゃんこ鍋」を武器に地域の中へ入っていって、行事やイベントの盛り上げに一役買いつつ、地域の方々と交流を深め、実情を知り、実感として1年目は地域の方にとって自分はまだまだ「お客さん」でしたが、2年目くらいからは当事者として、地域をより盛り立てるにはどうすればいいかと考え、活動するようになりました。

 

 

――ただ、活動がさらに深化するはずだった最終年の2020年度は、新型コロナの影響で活躍の場となるはずの地域行事やイベントがほとんど行われなくなってしまいました。

臥牛山さん:そうですね。ただこういうときこそ、それまでの活動で培ってきた自分の真価、存在価値を発揮しなければなりません。イベント再開を待っていても仕方がないので、3年目は自分から仕掛け、SNSを活用してコロナで特にダメージを受けた飲食店の応援活動や、帰省したいけどできない人が見たい地元の今の風景を発信する活動(「村上市のどこが見たい?」)などに取り組みました。

 

地域と学生をつなげる。団体を立ち上げ退任後も活動を継続。

――具体的にはどんな?

臥牛山さん:飲食店の応援については、他地域の取り組みなども参考に、統一のハッシュタグ(♯村上エール飯)を付けてSNSで各店舗の情報を発信したり、情報交換できる公開チャットグループ(LINE「村上市みんなでつくる飲食店ナビ」)を立ち上げたりしたんですけど、地域のお店の中にはネットをやっていなかったり、せっかくテイクアウトを始めたのに宣伝方法で悩んでいるところも少なくなかったので、自分が実際にそういったお店に足を運び、サービスを利用して発信したりもしていました。これも毎日のようにやっていたのですが、自腹だったので、フトコロ的には痛かったんですけどね(苦笑)。まぁその辺は角界的な金銭感覚というか、いつかきっと返ってくるはずだ、と自分に言い聞かせつつ。

 

――潔い(笑)。それでは隊員の任務を終え、フリーの身になった今後の展望はいかがでしょうか。

臥牛山さん:協力隊での任務は関係人口の創出・拡大でしたが、任期中の3年間はずっと種をまき続けてきたような感じで、目に見える成果が出てくるのはこれからだと思います。正直言って、3年ではとても足りない(笑)。これからはより「遊び」の要素を採り入れ、「地域を思う存分楽しむこと」を念頭に活動していこうと思っています。そのために、協力隊時代につながりができた新潟大学の学生さんたちと、この地域を楽しむサークル「柳遊会(りゅうゆうかい)」を結成しました。

 

――それはどんな団体なんですか?

臥牛山さん:メンバーは学生さんに限らないのですが、学生さんたちって、例えば雪かきとか、野良仕事とか、イベントの準備作業とか、地元の人にとっては重労働でしかないことを、楽しんでやっちゃったりすんですよね。なので、人手や若さ、新しいアイデアが欲しい地域と、楽しいことがしたい、誰かの役に立ちたい人たちをマッチングして、お互いに得をする仕組みのようなものを作れたらいいのかなとは思っています。とはいえそこまで堅苦しくは考えず、その時々で楽しいことをやりたい人が集まってこの地域で楽しいことをやる、くらいの気負わない感じでやっていければ。それが結果的には、当初の目的だった関係人口の創出・拡大にもつながっていくと思っています。

 

――なるほど。本日はありがとうございました。

 

 

臥牛山 朝猛

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