元中学教員のスタッフさんに
「北方文化博物館」の魅力を聞く。
カルチャー
2026.02.03
今日は節分ですね。豆で鬼を追い払えるとは思えず、子どもの頃から不思議に思っていたものです。そんな鬼と戦う主人公を描いた人気アニメ作品「鬼滅の刃」の聖地のひとつが、新潟市にあることをご存知でしょうか。実は江南区にある「北方文化博物館(ほっぽうぶんかはくぶつかん)」です。和服姿で受付や館内の案内を担当している織田さんから、「北方文化博物館」の魅力について聞いてきました。
織田 博子
Hiroko Oda(北方文化博物館)
1959年佐渡市生まれ。幼少期は父の転勤で阿賀町(旧津川町)や燕市を転々とする。学習院大学卒業後は中学校の国語教員として定年まで勤め上げ、退職後は老舗料亭、温泉旅館を経て「北方文化博物館」や新発田の「清水園」で勤務している。和服や庭園をはじめとした日本文化を愛する。
和服で働ける職場に憧れて、
老舗料亭や温泉旅館で働くが……
――建物やお庭に和装がよく馴染みますね。織田さんはいつもお着物をお召しになっているんですか?
織田さん:ありがとうございます。いつも着物で働かせていただいております。
――いつ頃からお着物を身につけるようになったんでしょうか?
織田さん:小学生の頃からお雛様の十二単(じゅうにひとえ)に憧れていて、そのうち花魁や舞妓にも憧れるようになりました。私は中学校の教員をやっていたんですけど、ずっと料亭や旅館で働いている方が羨ましかったんです。それで定年退職をしてからすぐに着付けを習いました。
――織田さんは中学校の先生だったんですね。
織田さん:着物と同じくらい読書が好きだったので、国語を教えていました。最初は教員になるつもりはなかったんですけど、友達と一緒に受けた教育実習で、生徒たちの純粋さに感動して教員になる決心をしたんです。そのときは先に待ち受ける苦労を知る由もありませんでしたね。
――中学校の先生って難しそうですよね。
織田さん:大変なことばかりでしたけど、生徒の成長に寄り添うことができるので、定年を迎えるまでの間に多くの感動をもらうことができました。
――定年退職をされた後に、「北方文化博物館」で働きはじめたんでしょうか。
織田さん:ここでお世話になるまでに、いくつか転職を重ねました。以前から憧れていた、着物で働ける職業に就きたいと思ったので、古町にある老舗料亭に勤めたんです。ところが、平日の夜にお座敷が多くて終わるのも23時過ぎの遅い時間だったので、家族のことや自分の身体のことを考えて、働くのをあきらめました。
――それは残念でしたね。
織田さん:憧れていた雰囲気そのものだったので残念でしたね。そこで次は、岩室温泉にある旅館で働こうと思ったんです。ところが朝食の支度をするため今度は朝6時に出勤しなければならなくて、やっぱり家庭との両立が難しいのであきらめました。教員だった頃は家族に寂しい思いをさせてきたので、定年後は家庭を大切にしたかったんです。

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スタッフが個人的におすすめする
大広間から眺める庭園と人気の藤棚。
――「北方文化博物館」で働くことになったいきさつを教えてください。
織田さん:データで見るだけではなく、実際に足を運んで職場の雰囲気を感じることが大切だと教わったので、自分が働きたいと思う場所に伺っては、求人をしていないか聞いて回りました。そのなかでたどり着いたのが「北方文化博物館」だったんですが、スタッフは足りているということで新発田市の「清水園」を勧められたんです。
――「清水園」にも足を運んだんですか?
織田さん:最初は住んでいるところから離れているので迷いましたが、近江百景を模した素晴らしい庭園を見てぜひ働きたいと思いました。今は「清水園」と「北方文化博物館」を掛け持ちさせていただいています。
――織田さんが個人的におすすめしたい「北方文化博物館」の見どころを教えてください。
織田さん:やはり大広間から見る庭園ではないでしょうか。日本文化を学び尽くした造園師が命をかけてつくり上げた庭園と、お座敷との調和は、目を見張るものがあります。秋の紅葉や冬の雪景色など四季を通じて景観を楽しめますが、5月に見頃を迎える藤棚は人気がありますね。
――「北方文化博物館といえば藤の花」というイメージがありますよね。
織田さん:人気アニメ作品「鬼滅の刃」に出てくる産屋敷邸に似ていると話題になったこともあって、キャラクターのコスプレをしたファンがたくさん訪れました。韓国から来たお客様も「うぶやしき!」と感激したように叫びながら写真を撮影していましたね。
――ちょっとした「聖地」になったんですね。
織田さん:コスプレしたファンの方々は、派手な見た目の割にしっかりとマナーを守ってくださって嬉しかったです。自分の好きな作品や推しキャラの名を汚さないよう、気を使って行動していらっしゃるんでしょうね。

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知れば知るほど面白い
「北方文化博物館」を残していきたい
――「北方文化博物館」は、伊藤家という大地主の邸宅だったんですよね。
織田さん:そうです。でも戦後の農地改革で広大な土地を失い、この邸宅も取り壊して進駐軍のアパートが建てられる予定でした。ところが調査に訪れたラルフ・ライト中尉は、7代目当主・伊藤文吉が留学したペンシルバニア大学の後輩だったことがわかり、その縁から文吉の意思を汲んで邸宅を博物館として残すことに尽力してくれたんです。
――アパートに建て替えられていたかもしれないと思うと、運命の不思議さを感じますね。
織田さん:その他にも豪農の凄さがわかるようなエピソードが豊富で、映画が一本できちゃうくらいなんです。歴史や建築、庭園について知るほど、その魅力に気づかされると思います。私もご案内するときにお話していますけど、もっと深く知りたい方には書籍を読んでいただきたいですね。
――すごく興味深いです。そうした案内をするのも織田さんの仕事なんですね。
織田さん:そうなんです。ここへ来てくださったからには、少しでもいい思い出を持ち帰っていただきたいんですよ。人間って何も持たずに生まれてきて、何も持たずに死んでいくじゃないですか。でも、たったひとつ持っていけるものがあって、それは思い出なんですよ。お客様が感動してくださっているのを見るたびに、ここで働ける幸せや喜びを感じています。
――織田さんのおかげで、いい思い出をつくって帰る人も多いんでしょうね。他にも心掛けていることがあったら教えてください。
織田さん:何かの本で読んだ受け売りなんですけど、お掃除をするときは、これからお越し下さるお客様の幸せを祈りながらしています。そうすることで、お掃除がより丁寧になるんですよ。
――私も見習わせていただきます(笑)。新潟の財産としても、「北方文化博物館」には長く残っていってほしいですね。
織田さん:そう言っていただけると嬉しいです。多くの方に「残していきたい場所」と言っていただけるよう、自分にできることはしていきたいと思っています。そのためにも、学芸員の資格を取得するため勉強中なんですよ。教員時代に勉強する生徒を励ましていたことを思い出しながら、今では自分を奮い立たせて頑張っています。

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