若者の日本酒離れに頭を痛めている酒造会社や酒販店も多いと思います。今回ご紹介する新潟市西区にある「高野酒造」さんもそのひとつ。こだわった酒づくりで数々の賞を受賞しながらも、業界の将来に不安を抱えています。そんな「高野酒造」さんが今年開いたしたオープンファクトリー兼直売所「KULABO(クラボ)」を訪ね、社長の高野さんにお話を聞いてきました。
高野酒造株式会社
高野 英之 Hideyuki Takano
1971年新潟市西区(旧内野町)生まれ。大学卒業後に国税庁の醸造研究所で学び、2004年「高野酒造株式会社」に就職。2014年に代表取締役社長に就任。2023年には敷地内にオープンファクトリー兼直売所「KULABO」をオープン。家族と一緒に野球やラグビーなどのスポーツ観戦を楽しんでいる。
——「高野酒造」さんは、高野さんのご先祖が代々続けてきた酒蔵なんですよね。
高野さん:正確にいうと、私は「高野酒造」の直系ではないんです。父は9人兄弟の末っ子だったので分家にあたるんですよ。だから私が大学を卒業して「高野酒造」に就職したときも、いとこが跡を継いでいたんです。
——そうだったんですね。
高野さん:身体が弱かったいとこに代わって社長補佐のような仕事をしてきて、2014年に代表取締役社長を就任することになったんです。それまでに酒づくりはもちろん、経理、財務、営業といった社内業務にひと通り関わってきたことで、社内のことはほとんど把握することができましたね。
——社内の業務を把握することは大切ですよね。ところで「高野酒造」さんはいつ頃創業したんでしょうか?
高野さん:明治32年の9月8日に9代目の高野高松が酒づくりをはじめました。9月8日は二十四節気の「白露(はくろ)」にあたることから、漢字はそのままに読み方だけを変えて、日本酒の銘柄を「白露(しらつゆ)」としたんです。
——120年も酒造会社を続けてきたなかには、いろいろな出来事があったんでしょうね。
高野さん:そうですね。二代目にあたる私の祖父は、昭和30年頃に西蒲原土地改良区の理事長を務めていたんです。当時、西蒲原は米づくりの地として注目されていたんですけど、水はけが悪くて荒れた水田が多かったんですよ。祖父はその水田を整備して近代化に尽力したということで、西蒲原の方々から大変感謝されたようです。私が若い頃に西蒲原の酒屋さんを営業で回ると、祖父のおかげで感謝されてお酒を優先的に卸させていただいたことさえあるんですよ(笑)
——ご先祖の徳のおかげですね。
高野さん:そうした先祖の社会貢献を見習って、コロナ禍の最中にアルコール消毒液が不足したときには、弊社から新潟市へ500本の高濃度アルコール液を寄付させていただきました。
——「白露」の他にはどんなお酒をつくっているんですか?
高野さん:昭和の終わりから平成のはじめにかけて起こった「地酒ブーム」に乗って「越路吹雪」をつくったら、看板商品の「白露」よりも売れて、主力商品になっちゃったんです。それに気を良くして「越乃冬雪花(こしのとうせっか)」「越乃寒雪(こしのかんせつ)」をつくり「三雪シリーズ」としたんですけど、現在は「越路吹雪」と「越乃冬雪花」のみが残っています。
——ブームの勢いってすごいですね。でも、気のせいか「高野酒造」さんのお酒を見かける機会があまりないように感じるんですけど……。
高野さん:弊社のお酒は県外への出荷が9割なんです。あとは海外への輸出ですね。新潟の人は辛口のお酒を好みますけど、海外の人はうちのお酒みたいにフルーティーな甘口を好むんです。だから30年前からすでにアメリカをはじめ、シンガポール、マレーシア、ベトナム、香港、台湾、韓国などに輸出してきました。今後はヨーロッパへも進出する予定です。
——県外どころか、海外でも売られているんですね。そんな「高野酒造」さんのお酒には、どんな特徴があるんでしょうか。
高野さん:食事と一緒に楽しむことができる、家庭用の晩酌酒を代々目指してきました。だから飲食店への売り込みは積極的にしていないんです。けっしてパンチのあるお酒ではなく、食事の邪魔をすることのない、キレが良くてすっきりした後味のお酒なんですよ。アカデミー賞で例えるなら「助演男優賞」みたいに、主役を引き立てつつも存在感のある名脇役のようなお酒ですね。
——そういうお酒を作るためには、どんなことにこだわって酒づくりをしているんですか?
高野さん:癖やえぐ味の元になる酸を、あまり出さないようにつくっています。酸を抑えるには、低温でゆっくりと発酵させるんです。発酵の時間がかかって効率は悪いんですけど、代わりに飲みやすいお酒をつくることができます。そのため、冷却式で自在に温度管理ができる発酵タンクを使っていますが、それには職人の腕も大切なんです。
——設備が整っていても、それを使うのは職人ということですね。
高野さん:結局判断するのは機械を扱う職人ですから、経験がものをいうわけです。近代的な設備が整っていても、やっていることは昔から変わっていないんですよ。
——なるほど。
高野さん:もっと言っちゃえば、お酒をつくっているのは職人ではないんです。麹や酵母という2種類の菌によってつくられているんですよ。我々はその微生物が働きやすい環境を整えてやるに過ぎないんです。弊社の製造者たちには、そんな謙虚な気持ちで酒づくりに臨んでほしいと思っています。
——このたび「KULABO」をオープンされたいきさつを教えてください。
高野さん:以前から直販所を作りたいという思いはあったんです。現在は市場が荒れていていたるところで日本酒が安売りされているんですけど、生産から消費までを一気通貫することで中間の流通をとばして、費用を抑えることができると考えました。
——それで直販所を作ろうと思ったんですね。
高野さん:そう思っていたところ、老朽化した瓶詰工場を建て直すことになったんです。どうせなら建て直すだけじゃなく、ガラス越しに瓶詰作業が見学できるような小さなオープンファクトリーにしようと思いました。
——オープンファクトリーにしたのは?
高野さん:若い世代の日本酒離れがこのまま進んでいけば、いずれ経営が行き詰まることは想像に難しくないですよね。でも日本酒が飲めなくても酒蔵には興味があったり、見学してみたいという人はたくさんいるんじゃないかと思うんですよ。だから「KULABO」からは瓶詰作業しか見れませんが、全工程を見学していただける有料の「酒蔵見学ツアー」も行うことにしたんです。
——なんだか観光地っぽいですね。
高野さん:酒どころの新潟に来たら、酒蔵を見学したいという方も多いと思うんです。この県道2号線は8カ所ある酒蔵の他、ワイナリーやブルワリーが建ち並ぶ、世界的にも珍しいエリアなんですよ。私は勝手に「にしかん醸造街道」と名付けているんですけど、ここを新潟の観光拠点として、お酒好きはもちろんお酒を飲まない方々にも、もっとアピールできたらと思っているんです。
——「KULABO」も観光スポットのひとつというわけですね。
高野さん:はい、日本酒以外にも新潟米、鮭の切身といった新潟の名産品を多く取り扱っています。今後は広い屋外スペースを生かしたイベントや、酒づくりに関われるような体験企画を実施していきたいと思っています。
——酒づくりも続けていくんですよね?
高野さん:もちろんです。でも「脱酒蔵」といったマインドで改革していかなければ、これからの酒蔵経営は難しいと思っているんですよ。今後は酒づくりと観光の両輪でアピールしていきたいですね。
KULABO
新潟市西区木山24-1(高野酒造敷地内)
025-379-9333
10:00-16:00
不定休