かつては賑やかな声が聞こえていたのに、いつの間にか人のいる気配がなくなっている――。急に寂しい話で恐縮ですが、みなさんの近所にもそんなお家がありませんか? 国の統計では、この20年でその数が約1.8倍にもなったという「空き家」。ここ新潟でも、その増加に頭を悩ませている地域は少なくありません。問題の解消に向け、そういった空き家物件をリノベして店舗として活用したり、移住・定住の受け皿にしたりといった試みが各地で取り組まれていますが、かつてのプライベート空間を公共的に活用するとなると様々な課題があり、なかなかひと筋縄ではいかないのが現実です。この問題に直面している県北の関川村で、解決に向け取り組んでいるのが同村の集落支援員・宮島克己さんです。実は宮島さん、村外の出身で元はバリバリの県庁マン、この春までは同村の副村長を務めていたという経歴の持ち主。異色のキャリアを経て地域の課題解決に取り組む宮島さんに、自身の手でゲストハウスにリノベ中という実際の空き家物件にお邪魔してお話を伺ってきました。
関川村集落支援員 移住定住サポーター
宮島 克己 Katsumi Miyajima
1964年新潟市西蒲区(旧巻町)出身。早稲田大学法学部を卒業し1989年に新潟県庁へ入庁、土木、高齢福祉、交通政策など様々な分野を経験し、2018年に関川村へ副村長として出向。今春の退任後も県庁には戻らず県を早期退職して村に残り、村の集落支援員・移住定住サポーターとして空き家問題の解消に取り組んでいる。趣味はガーデニング。
――宮島さんは関川村内の空き家を活用し移住・定住を促進する仕事をされているとのことですが、本日お伺いしているこちらの建物も空き家だったんですか?
宮島さん:そうです。1967年にあった羽越水害の後に建てられたもので、築50年くらいでしょうか。元々は学校の先生と妹さんのおふたりで住んでいたそうですが、十年くらい前から空き家になっていたとのことです。
――村内にはこんな空き家がいくつもあるのですか?
宮島さん:6年前の村の調査では約200軒が確認されていますが、「空き家」とひと口に言っても本当に千差万別なんですよ。水回りがリフォームされていて即入居できるようなものもあれば、ここみたいに少し手を加えれば活用できそうなものもあるし、かと思えば使うには相当手をかけないと難しいもの、あるいはもう朽ちてしまっているものまで、様々です。そのような建物自体の状態に加えて、所有者は分かっているのか、その人はどこにいるのか、どんな意向を持っているのか、そもそも相続登記は済んでいるのか、近所の方々はどう考えているのか――などの要素も当然絡んできますので、活用するまでには実に多くのハードルをクリアしていかなければなりません。
――むむむ……ひと筋縄ではいかないんですね。ちなみにこちらの建物の場合は?
宮島さん:相続された方は村外にお住まいで、親類の方が管理していました。幸い、村のために使ってくれるのであれば自由に利用してよい、との許可をいただいているので、もう少し直してゲストハウスにしようと思っています。
――ゲストハウスですか?
宮島さん:ここはいわば村の一等地で、役場や道の駅、渡邉邸など村の中心から歩いてすぐ、温泉入浴施設も近いですし。渡邉邸の分家で隣接する「東桂苑」という純日本建築の建物では最近、カフェだけでなくコワーキングスペースをやっていることもあるので、都市部の企業によるワーケーションの拠点などとして利用してもらえればな、と。もちろん単に田舎暮らしの体験施設として利用してもらってもいいですし。
――宮島さんの現在のお仕事を改めて具体的に教えてください。
宮島さん:空き家を活用して村への移住・定住を促進するのが私の仕事です。大きな枠でいえば、地方が直面している人口減対策の一環ですね。空き家を使いたい人と使ってほしい人の間に入り、双方にとって理想的なかたちとなるよう調整、お手伝いするのが主な役割です。普段の仕事といえば、所有者の方や親類の方、地域の方から空き家について相談を受け、調査したり活用の方向性について話し合ったり、またこの建物のように実際に手を加えたり。また移住を希望する方の相談に乗ったり、実際に移住されてきた方へのアフターケアもしますし、空き家や村についての情報をネットで発信したりもしています。宅地建物取引業の免許は持っていないので、あくまでコーディネートやマッチングまでで、最終的な契約等は不動産屋さんにお願いすることになりますが。村では他の自治体と同様、売却を希望している空き家物件を紹介する「空き家・空き地バンク」もやっていて、そちらを利用したいのであれば取り次ぎますが、移住希望者にとっていきなり買うのはハードルが高く、実際に暮らしてみてから定住・購入する方が後悔もないと思うので、まずは賃貸で借りてもらうことを重視しています。所有者もその方が気が楽でしょうし。
――ふむふむ。そもそも、取り扱う物件はどんな経緯で空き家となるのですか?
宮島さん:子どもが進学・就職で外へ出たまま戻らず、住んでいた親世代が高齢化し施設に入ったり亡くなったりして空き家となるパターンが多いです。そういった家は、子ども本人や近くに住む親類が定期的に通って管理していたりするケースも多いですが、そういう方も歳を重ね、また今般のコロナもあり、なかなか通うのが難しくなってくると、一気に老朽化が進んだりもして。またさらに孫の世代になってくると、帰省で盆正月に来たことがあるくらいで、愛着は上の世代より薄いでしょうし、下手をすれば自分が相続を受けていたことも知らなかったりして……家というのは時間が経てば経つほどどんどん取り扱いが難しくなってきます。極論ですが、すっかり朽ち果ててしまい人が住めないような家や土地にも固定資産税は発生するわけですから、手遅れになって持て余す前に誰かに貸し出して住んでもらい、税金分くらいは家賃をもらいながら管理もしてもらえるのは所有者にとっては理に適っていると言えます。
――そうなんですね……その空き家も、一定の需要はあるんですよね?空き家に住みたい移住希望者って、どんな方なんでしょう?
宮島さん:そちらの方も千差万別です。一般的にイメージされるような「田舎暮らしに憧れる都市生活者」の方や、「退職後の第二の人生を田舎で」という方ももちろんいらっしゃいますが、近隣在住で「自宅を子ども世代に譲り、自分たち夫婦は通える範囲で別の家を」という方もいらっしゃいますし、あるいは逆に、子どものいる若夫婦で「親と同居はしたくないけど近くに住みたい」というパターンもあります。そういうケースは意外と多いです。たとえ村内から村内への移住だとしても、若年世代の流出対策にはなるわけですから、結果オーライと言えます。
――なかなか簡単ではない仕事ですが、宮島さんが心掛けていることってありますか?
宮島さん:そうですね……空き家の状態や状況は千差万別、という話は先ほどしましたが、空き家というのはいわば、「個人情報の塊」です。住んでいた人の思い出や歴史が刻み込まれていて、仏壇やご先祖様の写真がそのまま残っていたりもします。空き家の処遇について相談を受ければ、かなりプライベートな領域にまで踏み込んでいくことになります。マッチングの際は、この点について注意を払いながらやっていかなければならないと思っています。
――宮島さん個人のことも少し教えてください。元は県職員で、この春まではこの関川村の副村長を務めていたとのことですが、どういった経緯で現在のお仕事を?
宮島さん:うーん、自分のことを話すのは苦手なのですが……(苦笑)。県庁から県内自治体への出向自体は特に珍しいものではありません。出向当時は交通政策局で企画主幹という役職で局内の人事のことも担当していて、他職員の件について人事課まで相談に行くことが多かったんですが、ある日人事課に呼ばれて行ってみると、「あなたのことなんだけど」って(笑)。それまで関川村は観光でちょこっと行ったことがあるくらいでした。
――そうなんですか。それからは?
宮島さん:もちろん副村長という役職は初めての経験で、来るまでは村のこともあまり知らなかったので、とにかくいろんな会合や行事、施設に顔を出して地域の方々の話をよく聞くことから始めました。地域の方々とも打ち解け、いろんな話をじっくりと聞いていくうちに、最も大きなテーマのひとつといえる少子高齢化・人口減対策としての移住・定住の促進に腰を据えて取り組むべきだと考えるようになったんです。でも、副村長という立場では直接携わることが難しいこともあり、退任後も県庁には戻らず、県を早期退職して村で集落支援員としてその課題に取り組むことにしました。県職員として培ったあらゆることが今の自分に役立っていますが、特に用地買収にまつわる悲喜こもごもを間近で経験したことは、現在の仕事を進めていく上で大きな糧となっているかもしれません。
――安定した職からの転身で……その、ぶっちゃけた話ですが、お給料もかなり減ったのでは。
宮島さん:(笑)。副村長を退任した時期は、3人の子どもも無事に社会人となって手を離れ、早期退職して自分のやりたいことを始めるにはちょうどいいタイミングだったんです。デスクワークよりは、現場を動き回ることの方が性に合っていますし、妻からも「好きにすれば」って言われましたし(苦笑)。
――すいません変なことを聞いて(笑)。では、宮島さんご自身も移住者ということですよね。
宮島さん:そうですね。実は私自身、移住者としてだけでなく、空き家の処遇を検討する側としても当事者なんです。旧巻町に親が所有している空き家もあって、双方の当事者視点を持っている者として、実感を込めた仕事ができると思っています。移住・定住においてはもちろん物件の良し悪しだけでなく、子育てや教育、医療・福祉、就職先、買い物などあらゆる環境の充実、地域の総合力のようなものが問われますが、移住する側と受け入れる側の双方、また地域に喜ばれるようなケースが1件でも多く成立するよう、今後も取り組んでいきたいと思っています。
――なるほど。本日はありがとうございました。
関川村移住定住サポーター
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