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僕らの工場。#26 ニットの可能性を追求する「白倉ニット」。

『ほぼ日刊イトイ新聞』とのコラボレーション「ハラマキプロジェクト」に代表されるように、一般的なセーターだけでなく、幅広いニット製品の企画・製造・開発を行っている「白倉ニット」。今回の工場見学では、白倉ニットの専務取締役の白倉さんを訪ねて、自社製品やニットの可能性などについていろいろ話をお伺いしました。

 

有限会社 白倉ニット

白倉 龍典 Tatsunori Shirakura

1981年長岡市栃尾出身。有限会社白倉ニットの専務取締役。機屋の産地栃尾地域に生まれ、幼い頃から織物やニットが身近にある環境で育つ。ファッション、服飾に興味を持ち、今もその先のニットの可能性を追求中。

 

幼い頃から身近に感じていたニットのこと。

――「白倉ニット」さんは創業どのくらいなんですか?

白倉さん:白倉ニットは創業35年で、僕の父親が創業者になります。ニット業界では新しい方だと思います。栃尾はシャツとかウール地の織物とかの産地なんです

 

――じゃあ小さい頃からニットは身近にあったんですね。

白倉さん:会社としての創業は35年ですけど、父は創業前からニットの仕事をしていました。この会社になる前は、実家で機械2台とかでやっていたので、生まれた頃から日々の暮らしの中にニットの機械がありましたね。幼稚園に通う頃からは、今の工場はもうできていたので、ニットはかなり身近には感じていました。

 

――当時から会社を継ぐように言われていたんですか?

白倉さん:僕は継ぐ気はあんまりなかったですね。中学を卒業して長岡工業高校に入ったんですけど、僕たちの代からテキスタイルデザイン科っていう新しい科ができたんです。もともとは染織科っていう名前で、それがリニューアルされたんですね。高校に入ってまで中学と同じような勉強するのは嫌だったのでそこに入りました。横文字で面白そうだなと思って(笑)。「デザイン」という言葉に魅かれたんだと思いますけどね。

 

1台の機械から作れる、様々な編地の可能性を研究。

――高校卒業後は?

白倉さん:新宿にある文化服装学院という服飾系の学校に入って、服のデザインや構成を習って卒業しました。卒業してからは、半年くらい東京の小さいアパレルブランドで働いたんです。でもあるとき実家から連絡があって、「うちの会社で使っている織り機の会社が、パターンを勉強した人を探しているから行ってみないか」って言われて紹介されて、その会社は和歌山にあるんですけど、面白そうだなと思って転職しました。

 

――そこではどんな仕事をされていたんですか?

白倉さん:「機械でどのようなモノが作れるか」っていうのを研究するような仕事でした。機械を作るのではなくて、できた機械を使ってどんなセーターや編地が作れるかっていう、研究開発部とかサンプル作成部みたいなところですね。

 

――なるほど。それでパターンの知識のある人が必要だったんですね。そこから新潟へ戻るきっかけは?

白倉さん:和歌山でいろいろ学んで、できることが増えたっていう自信ができたので、こっちに帰ってきて実家を継ぐのもいいかなと思うようになったんです。5年くらい働いて、新潟に戻りました。

 

 

――新潟に戻ってからはどういったお仕事を?

白倉さん:今は独立していないんですけど、元々は兄もこの会社で働いていたんです。その兄が『ほぼ日刊イトイ新聞』とのコラボレーションで「ハラマキプロジェクト」を立ち上げたりしていて、そのプロジェクトや他の部門の後釜というか、そういうような立ち位置でこの会社に戻ってきました。

 

いろいろ作ってきた経験を生かして、小物もはじめる。

――和歌山から新潟に戻られて感じたこと、他社で働いてみて、戻ってきてから感じたことってありますか?

白倉さん:新潟ってニットセーターの産地なんですけど、ニット製品っていうのはセーター以外にもたくさんあります。例えば手袋、ニットキャップ、靴下とかですね。こういう小物類はまた別に産地があって、四国や奈良になるんです。同じニットなんだけれども違う産地になってしまうんですね。僕は和歌山でいろいろなものを作ってきて、小物も作れるので、セーターだけではなくいろいろな小物を作れる会社になろうっていうのは当時から思っていました。「小物機」といわれる機械を入れて、会社で小物の生産もはじめるようになりました。

 

 

――じゃあ、白倉さんが帰ってきて、会社としてもモノづくりの幅が広がったんですね。

白倉さん:うちは父が創業したときから下請けメインの会社だったんですよ。アパレル会社が企画をして、ニッターっていわれるようなニット会社に依頼をして、さらにそのニッターさんが自分の会社だけでは数が多すぎて編めないとか、持っている機械がないっていう場合に、うちみたいな会社に依頼してくるんですよ。だからそれまではずっと、アパレルさん→ニッターさん→うちの会社みたいな受注の流れだったんです。

 

――孫請けみたいな立ち位置だったんですね。

白倉さん:編むだけの下請け屋さんというのは基本的には小さい会社で、機械が数台あって、100枚とか200枚くらいの規模で受注するような会社ですね。でもその下請けの仕事がどんどん拡大して、下請けの仕事だけで60台くらい機械を回すようになったんです(笑)。ニッターさんくらいの大規模でやっている下請け会社っていう、変な会社でしたね。たぶん、世界一の下請け工場だったと思います(笑)

 

営業兼技術者としての強みを活かした運営。

――そこからニッターとしての地位を確立していくんですか?

白倉さん:業界全体的に国産ニットっていうのが減ってきて、下請けの仕事っていうのもだんだん下火になってきたんです。そういう状況になってきたので「ニッターに上がらなきゃいけない」っていう意識がより強まりました。直接アパレルさんや企画会社さんから依頼を受けられるようにならないと、って思いました。今は、「企画から携わって生産する」っていう流れをちょっとずつ広げているようなところです。

 

――手ごたえはどうですか?

白倉さん:もともとファッションに興味があったし勉強もしたので、以前から他のアパレルさんとかデザイナーさんと話が通じるところはありました。僕は現場で機械もいじれるので、打ち合わせのときに即答ができるんです。営業兼技術者なので、そこは自分の強みだと思います。

 

――先方からしたらとても話がしやすいでしょうね。

白倉さん:うちは編地の開発もやっているので、普通ではやらないような編地はデザイナーさんに喜ばれたりしますね。平坦な編み方だけではなくて、立体的に見せたり造形物みたいなかたちに編めたりするんですよ。そういうのをデザイナーさんに見せるとインスパイアされてさらに違った提案をもらえたりします。

 

素材としての糸から、開発に携わってみる。

――自社の取り組みについてもっと詳しく教えてください。

白倉さん:「ハラマキプロジェクト」なんかでは、自分たちで糸を開発するところから入っています。栃尾は、染屋さんとか撚糸屋さんとかもあるので、糸を作る工程をこの近所でできたりするんですね。腹巻の糸は100%栃尾の中で作って出荷しているような感じですね。他では真似できないオリジナル糸ですよ。

 

 

――いろいろなんでも作れて面白そうですね。

白倉さん:うちの兄も独立して企画開発の会社を運営しているんですけど、「_go(アンドゴー)」っていうブランドで、パッキングするニットも作っているんですよ。ケーブルみたいにばらばらになりがちなものを、伸縮するニットでまとめて収納できるような商品になります。これも栃尾の産地で作った糸を使っています。

 

――話を聞いていると、可能性がどんどんこれからも広がりそうですね。

白倉さん:他にも新潟県で繊維の会社を何社か集めて、「つもりプロジェクト」っていうブランドを立ち上げたりしました。僕が代表として商品をとりまとめてネットで販売しています。元々は新潟県主導で「繊維のPRとして銀座で展示会やりませんか」っていう話が来て、10社くらい集めて展示会をしたんです。その展示会の名前が「つもり」っていう名前で、とても好評だったんです。そこで新潟県から独自のブランドとして展開する提案をもらって、独立することになったんですね。それで商品開発して販売してみようっていうことで立ち上げたブランドです。

 

――なにか得られたものはありましたか?

白倉さん:その「つもり」の展示会で、Web、広告、販売など色々な業界の方と仕事ができたのは楽しかったです。製造業って目が内側に向きがちというか、自分の会社と商品しか見えなくなることが多いんです。商品をどこでどんな人が売ってくれて、それがどうなってどういう評価になったって、あまり聞くことがないんです。でも売っている人たちの顔が見えて評価もダイレクトに聞くことができたのでよかったですね。「ハラマキプロジェクト」でも販売先と連携して、使った人たちのフィードバックをダイレクトにもらえるので、製造側としてはとてもありがたいですね。腹巻の糸は以前は1種類だったんですけど、フィードバックをふまえて今は3種類あって、マイナーチェンジしながら進化させています。

 

ファッション、服飾、そしてその先にあるニットの可能性を求めて。

――今後の目標は?

白倉さん:ファッション以外の分野にもどんどん進出していきたいです。以前ナイキが「フライニット」っていうニットのランニングシューズを出したときに、原宿でランニングイベントやったんですよ。そこに中継ポイントみたいなカフェがあって、そこの木をニットでくるみたいって企画会社の人に言われて、木をニットでくるんだことがあるんです。

 

――そんなこともできちゃうんですか。

白倉さん:僕も「ニットってこういう使い方もできるんだ」って改めて思いました。他にもスターバックスの山手線の中吊り広告で、ニットのジャガードを吊るしているのを見たことがあります。広告って、まず見てもらうっていうところが大前提にあると思うんですけど、ニットだったら触ってもらえるかもしれないですよね。そういう質感とかぬくもりの表現をニットでするのは面白いなって思っています。

 

 

有限会社 白倉ニット

長岡市巻渕4丁目5−6

0258-52-1165

営業時間 9:00-17:00(土、日、祝日を除く)

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