以前取材をした「フクシ屋雑貨店」さんで見つけたヘアアクセサリーが気に入り、毎日のように愛用しています。個性的なデザインが愛らしく、丈夫で使い勝手がとても良いんです。そのヘアアクセサリーは、新潟市の障害福祉サービス事業所「さんろーど」で作られたもの。他にも雑貨類やTシャツ、パーカーなどがあり、すべてのグッズは利用者さんの「自己表現活動」がモチーフとなっています。今回は「さんろーど」所長の佐藤さんに施設の取り組みや利用者さんへの思い、どのようにものづくりを行っているのかなど、いろいろとお話を聞いてきました。
NPO法人 障がい者生活ステーション「さんろーど」
佐藤 貴彦 Takahiko Sato
1980年東京都生まれ、新潟市育ち。北海道の福祉系大学を卒業後、「さんろーど」へ就職。24歳で所長へ就任。
——佐藤さんが福祉のお仕事に関心を持ったきっかけはなんでしょう?
佐藤さん:高校2年生の夏休みに、「さんろーど」でボランティアをしたんです。それでこの道がおもしろいなと思って、北海道の福祉系の大学へ進学し、卒業後に「さんろーど」へ就職しました。
——高校生のときのボランティアでは、どんなことを体験されたんですか?
佐藤さん:「ひまわり号を走らせる会」という、当時まだバリアフリーになっていない施設にみんなで出かけ、各地への旅を楽しみながら「街を変えていこう」「行政に訴えよう」という団体があって、その事務局が「さんろーど」だったんです。若くて力があったからだと思うんですけど、私は障がいの重い方のサポートを担当しました。その方は50音が表になった文字盤を使って意思を伝えてくれるんですけど、最初はそのメッセージがよく分からなくて。でも朝から夕方まで一緒に行動することで、旅の終わり頃にはなんとなく伝えたいことが分かるようになったんですよね。その体験が楽しいなって。
——就職するのは「さんろーど」さんと決めていたんですか?
佐藤さん:本当は寄宿舎指導員を希望していたんですけど、私が就職するタイミングではそういった求人が新潟になくて。そんなときに「さんろーど」に声をかけてもらったんです。北海道の大学に通っていた頃は、寄宿舎で3年間アルバイトをしていたんですよ。寄宿舎っていうのは、高等部に通う養護学校や特別支援学校の学生さんたちの暮らしの場です。北海道では自宅と学校が離れていることが多いので、生徒さんが寄宿舎に寝泊まりしながら学校に通うんですね。その経験がすごく身になって、「この仕事をしたい」と思っていました。
——高校時代の出会いで、「さんろーど」さんでずっと働かれているなんて縁深いですよね。では所長になられたのは?
佐藤さん:私が就職した頃の「さんろーど」はまだ無認可の小規模作業所でした。長屋の一軒家に利用者さんが10名ほど、正職員が2人とパートさんしかいなかったんです。それで24歳のときに「所長をやることになった」って感じでした。当時は「さんろーど」のような小規模作業所が、今よりもずっと多かったんですよ。社会福祉法人などと比較すると行政からの補助金が限られていて、人件費や水道光熱費を除くと「何も残らないね」っていうくらい、けっこう過酷なというか、カツカツな状態で事業を続けていました。
——法改正などで各事業所が形態を変えていったんですか?
佐藤さん:そうですね。法改正もありましたし、通われる方やそのご家族の要望もありました。「さんろーど」をNPO法人格にしたのは2015年です。
——職員の方の待遇面などを考えると、佐藤さんが選んだ道はなかなかチャレンジングだったのかなと思うんですが、働きはじめた頃はどんな思いでしたか?
佐藤さん:当時は西区の青山に「さんろーど」があったんですね。線路沿いに長屋がいくつも並んでいて、その一軒、電車が通るとカタカタ揺れるような古い建物でした。なんだか寂しいっていうか、同級生は大きな会社や施設で働いているんだけど、自分は大丈夫かなって思いはありました。みんなとはお給料も違ったし。今も福祉業界は低賃金ですけど、その頃はもっともっと安かったので。
——それでも続けてこられたのだから頭が下がります。
佐藤さん:少ない職員でフル回転の毎日でしたが、大勢のボランティアと学生の支えがありました。余裕がない中でも外出や行事を積極的に行い地域に出ていけたのは、その方々のお陰ですね。困難もありましたが、いつも前向きに応援してくれる方の存在は大きかったです。
——「さんろーど」さんの取り組みの特徴である、アート活動について教えてください。
佐藤さん:1992年の開所以来、仲間たち(「さんろーど」では利用者を「仲間」と呼んでいます)の「自己表現活動」としてアート活動に取り組んできました。描くための活動ではなくその時々の気持ちを表現する活動です。他の事業所がそれぞれ製造の一環を仕事としているように私たちも内職に取り組んだこともあったんですよ。でも作業に追われるようになるし、職員の負担も大きいんです。それでいてリターンが仲間の頑張りに見合っていない。早く作業する、集中することが得意ではない方もいますから。それでみんなが持っている「得意なこと」「好きなこと」を仕事にしちゃえばいいよね、って続けているのが自己表現活動です。
——皆さんが作られたものを「作品」と呼ぶのはちょっと違いそうですよね。「表現活動の成果物」と言えばいいのかなと思いました。
佐藤さん:確かに「作品づくり」とは違いますね。自己表現活動を続けているうちに、皆さんから「素敵だね」「こんなことに使ってもいいかな」「こんなこともできるよ」ってたくさんの声をいただけるようになったんです。シンプルに言うと「皆さんから声をかけてもらって展開が広がっていった」。それで2012年にレンタルアートをスタートして、それからグッズの製作・販売へと広がっていきました。
——「この作品、買いたいです」ってオーダーがあるのではないですか?
佐藤さん:そういうリクエストはいただくんですけど、「売りたくない」「そのために作っているんじゃない」と考える方もいて。もちろん歓迎される方もいるんですけどね。でも売るとか買うとかってデリケートなことじゃないですか。それで作り手の気持ちが不安定になる場合もあるんです。
——なんとなく分かる気がします。ちょっと商売っぽくなりますもんね。
佐藤さん:本来はそうなってもいいと思うんですけど、そこは丁寧に進めていかないといけませんよね。
——職員の皆さんは、作家さんと社会の大事なつなぎ役でもあるんですね。
佐藤さん:施設内の話になりますが、仲間が描いたものが目の前で何かのグッズ、いわゆる商品に変わるんですよ。それを作っているのも、いつも顔を合わせている仲間です。商品というかたちになると、ご家族の方がすごく喜んでくださって、今度は親戚に広めてくださる。そうすると描いた本人は、周りからの反応を受けて自己肯定感が持てるようになってハッピーになります。自由な表現が一緒に過ごしている仲間たちの協力でかたちを変えて、施設を飛び越して、家族を飛び越して社会につながっていく。その人の世界がズドーンと広がっているんだなってすごく実感する毎日ですね。
——利用者さんが自己表現したものを商品化する流れの中で、皆さんが特に気を配っていることを教えてください。
佐藤さん:私たちの社会と同じで、いろいろな方がいます。いろいろな気持ちでここへ通っているんです。だから「あの人の作品ばかり選ばれている」って感情を抱く方も当然いらっしゃいます。
——実は私、そこをいちばん聞きたかったんです。自分だったらそういう気持ちになっちゃうだろうなって。
佐藤さん:すべてにおいて納得して進めることは難しいです。楽しい気持ちで描いていてもまわりの評価やコンクールの結果を受けて不安定になる方もいます。素直な気持ちで祝福できずに「羨ましい」「悔しい」ってネガティブな気持ちになることもしばしばです。そうした経験を積み重ねることでお互いの関係が変わってくることもありますし、そうした感情との出会いはある意味では豊かだし自然ではないでしょうか。
——その通りですね。でもコンクールは別として、施設内で商品化するものを選ぶときはどうされているんですか?
佐藤さん:何かを決めるときは職員と仲間、みんなで一緒に話をします。「どんなグッズが欲しい?」「こんなの作ってみたけど、どう思う?」って、意見を出し合う時間を必ず設けています。その会議の中で「この冬はこれを目玉にしよう」って決めていきます。
——大事な時間ですね。会社の会議みたい。
佐藤さん:「これは売れるだろうか」というものに反響があったり、自信作が不発だったりしますけどね(笑)
——利用者さんはどんな心持ちなんですか? 次はこんなものを作ろうって気合いが入っているんでしょうか?
佐藤さん:自分が作ったものがグッズになったらいいなって思いは感じますよ。それは以前にはなかったことです。そういう気持ちは自然だし、それで良いんじゃないだろうかと思います。
——施設内で作ったものがどんどん世に広がっていくわけですよね。利用者さんに変化はありますか?
佐藤さん:おひとりのエピソードをご紹介しますね。ちょうどその方の作品が埼玉の芸術文化祭に選ばれて、昨日一緒に埼玉まで行ってきたんです。人と関わることが苦手で小中高と自宅で過ごす時間が長かった方なんですけど、絵を描くのが得意で。その方が「さんろーど」とつながってくれて、作品にファンがついたことで、来客があると自分の絵を見せに来たりとか、だんだん周りと関わるようになってくれました。新幹線に乗ったことがなかったのに、自分の得意なことだけで、職員を埼玉まで連れて行ってくれたんですからね。あれだけ人と話すことが苦手で、ずっと帽子をかぶって顔を隠していたのに、大勢の前でテープカットに参加しているんですもの。人ってこんなに変わるんだなって驚きました。
——「さんろーど」さんがその方のスイッチを押したんでしょうね。
佐藤さん:誰かに認めてもらいたい、褒めてもらいたいって、そのいちばん近い存在は職員でしたけど、今はもう僕たちなんか飛び越えていますもんね(笑)。得意なことで勝負することがいかに大事なのかと考えさせられます。それで皆さんとつながっているんですから。ご紹介した彼以外にも、そういう経験をされている方は多いですよ。
——もともと美術は得意じゃないんだけど、「さんろーど」さんで創作活動に熱中したってケースもありますか?
佐藤さん:そのパターンがほとんどですよ。最初は「いや、いいです」っていう方がほとんどです。大きな紙を渡したら、ほんの小さいお菓子の箱を書いた方もいます。でもその絵がすごくかわいらしくて。そこからスイッチが切り替わったのかな。誰かに認めてもらって、表現自体が変わっていくって、ものすごく豊かなことですよね。
——職員の皆さんは、日々そんな姿を目の当たりにされているんですね。
佐藤さん:役得ですよね。「この絵ってどうなるんだろう」っていうワクワク感は毎日味わっています。完成するまで分かりませんから。何ヶ月も頑張って描いていたのに、突然真っ黒に塗りつぶしちゃうってこともあるんですよ。面白くないとか、職員に怒ってやめちゃうとかも。それだって誰にもある、当たり前の感情ですよね。
——今日はありがとうございました。私もすっかり「さんろーど」グッズのファンなので、帰りに売店に寄ってもうひとつヘアゴムを買うつもりです。
佐藤さん:それはありがとうございます(笑)。職員たちも喜びます。私、現場のみんなが本当に頼もしくて。仲間たちの作ったものをどうしたらもっと素敵にできるかって会議を何回も何回も開いて、サンプルを作って、作り直してっていうのをみんながやってくれています。それが今の「さんろーど」が発展した力になっているのは間違いありません。美術やアートを学んでいるスタッフはいないんですけど、職員自身が仲間たちのファンなんでしょうね。楽しいと思って働いてくれています。それが「さんろーど」らしさなのかもしれません。
NPO法人 障がい者生活ステーション「さんろーど」
新潟市中央区蒲原町1-18
Tel/ 025-243-4848
施設併設の売店は平日10時〜17時営業