新潟市の万代町通りにある「すし あらい」は「ミシュランガイド新潟2020」で1つ星を獲得したお寿司屋さんです。私自身、今までいろいろな人たちから取材先として推薦されていたので、とても気になっていました。ようやく念願叶っての取材。いったいどんなお寿司屋さんなのか、店主の荒井さんに寿司に対してのこだわりを詳しく聞いてきました。
すし あらい
荒井 大心 Daishi Arai
1978年新発田市生まれ。秋田経済法科大学を中退し、秋田の名店「たつ福」で寿司職人として修行。その後も新潟の「よしの寿司」で20年近く修行し、2017年に新潟市で「すし あらい」を開店。「ミシュランガイド新潟2020」で1つ星を獲得する。趣味は山菜やきのこを採ったり、タコを釣ったりともっぱらアウトドア。
——「ミシュランガイド新潟2020」の1つ星獲得おめでとうございます。どんなところを評価されたと思いますか?
荒井さん:ありがとうございます。寿司っていうのは、とてもシンプルなものなんです。でもシンプルでありながら奥行きがあって、とても複雑なことをやりながら作っている。そこを評価していただけたんじゃないでしょうか。例えば自分は、「誰よりも美味しいコハダを握りたい」って思っているんですよ。それはなぜかっていうと、シンプルなのに奥深さがあるからです。寿司屋の腕を見るにはコハダを食べればわかるんです。鮮度、ネタの管理、塩や酢の加減、いろんな仕事が凝縮されていて、シンプルなのに奥行きを感じられるネタがコハダなんですよ。
——シンプルなものにたどり着くために、たくさんのことが考えられているんですね。
荒井さん:あとコース料理はすべてがつながった、ひとつの料理なんです。前に出た料理が次の料理を生かすように、味、香り、温度を考えながら、お客様の味覚を操作しているんですよ。点じゃなくて線の料理。料理や寿司だけでもそれだけ考えているのに、さらに日本酒まで入ってくるから、より複雑になってくるんです。一品一品はシンプルだけど、そこまで計算して作っているんですよ。
——確かにとても複雑ですね。1つ星を獲得して、以前と変わったことってありますか?
荒井さん:まず初めてのお客様が増えましたね。開店してまだ4年しか経っていないので、知名度も高くなかったんですが、多くの方に知ってもらえたのはうれしいですね。何よりも今まで評価してくれていた常連のお客様方に喜んでいただけて、少しは恩返しできたような気持ちです。
——荒井さんはいつから寿司職人の道に進んだんですか?
荒井さん:父が左官職人だったのを子どもの頃から見てきて「職人」というものに憧れていたんです。大学時代にアルバイトしていたのが秋田でも有名な「たつ福」っていう寿司店で、店主の仕事や生き方を間近で見ているうちに、自分も寿司職人になりたいと思うようになったんです。そこで大学を中退して「たつ福」で修行を始めました。
——ずっと秋田で修行をしていたんですか?
荒井さん:いえ、3〜4年経った頃に新潟に帰ってきました。でも当時は景気が悪くなった頃だったので、寿司屋の勤め口がなかったんです。片っ端から電話をして「とにかく話だけでもいいから聞いてください」ってお願いしたんですが、どこも人が足りているから断られましたね。その中で唯一話を聞いてくれたのが西堀通にある「よしの寿司」でした。とにかく仕事を覚えたい思いが強かったから「給料なしでもいいから雇ってください」ってお願いしたんです。その熱意を買ってもらえて「よしの寿司」で修行させてもらえることになりました。
——「よしの寿司」での修行はどうでしたか?
荒井さん:もともと人が足りているところに無理矢理入ったから、自分の仕事がないんですよ。だから自分で仕事を作っていました。自分の休み時間も休まないで先輩にくっついて仕事を覚えたり、仕入れにも担当の人について行って見学させてもらいました。寝る時間も惜しんで仕事をしていましたね。大学を中退した手前もあったし、とにかく早く仕事を覚えたかったんですよ。
——すごい情熱ですね。
荒井さん:今の時代にそれくらいの修行をしたら、寿司職人としてかなりいいところまで行けると思いますよ。今の若い人たちは、やるべきことをやらないで「できない」って言っている人が多いんじゃないかな。俺はいつも「ここまでやってダメだったら辞めればいい」って思うくらい、精一杯やってきました。努力はきっと人に伝わるものだと信じてます。
——独立して「すし あらい」を始めたのは、どんなきっかけだったんですか?
荒井さん:独立して自分の店を持ちたいっていうのはずっと考えてきたんですが、お店に長く勤めて家庭を持つと、なかなか独立の決心がつかなくなってくるんです。でも付き合いの長い魚屋さんから「自分のやりたいことをやってみたら? せっかく腕があるのにもったいないよ」って背中を押されたんです。それだけ自分の腕を認めてくれていたと気づけたのも嬉しかったですね。
——自分のお店を始めてみて大変なことってありましたか?
荒井さん:この業界でずっと修行してきた俺にとっては当たり前のことが、スタッフに伝わらないことがあるんです。プロとしての意識っていうのかな。たとえば朝6時から仕事を始めるとか、お店の中を常にきちんとしておくとか。うちのコースは2時間で1万円いただいてるんですけど、この金額ってけっして安くはないんですよ。だからお客様の脱いだ靴がずれていたり、カウンターやテーブルのお皿やコースターがずれていたり、些細なことにも気を配らなければならないって伝えているんです。お金の重みを考えながら営業したいですね。
——お話を聞いていると、料金には覚悟のようなものも含まれているように感じますね。お寿司屋さんで大切なのはどんなことだと思いますか?
荒井さん:突き詰めていくと、その板前の前に座りたいかどうかだと思っています。カウンターの中で寿司を握る板前は、お客様のライブ感や高揚感を演出するプロデューサーだと思うんですよ。握る寿司が美味しいのは当たり前なんです。それだけじゃなくて、お客様に楽しくていい時間を過ごしてもらうのが仕事なんです。そのためにも自分の身なりに気をつけたり、人間性を磨いたりするように心がけています。
——いい時間、いい空間、それが大切なんですね。今後も、ますます活躍してほしいです。
荒井さん:ありがとうございます。今までやってきたことを変えることなく続けていきたいですね。これまでの修行で出した答えが今の「すし あらい」ですから。あとは謙虚さを忘れずにやっていきたいです。「ミシュランガイド新潟2020」の1つ星をとったからって調子に乗らないように、自分を律していきたいですね。
にこやかでフレンドリーでありながら、一言一言に自信を感じさせる荒井さん。自信にあふれた言葉の裏には、それだけのことをやっているという裏づけがあるのだと思います。そんな荒井さんが握る寿司を味わいに「すし あらい」を訪れてみてください。至福の時間を過ごすことができると思いますよ。
すし あらい
新潟県新潟市中央区東万代町9-26
025-385-6007
15:00-22:00
水曜休