Things

一貫からはじまる寿司物語、豊栄の新店「鮨一」。

北区に今年6月にオープンした「鮨一」。新鮮なネタとお客さんの好みに合わせた遊び心のある料理を提供する、本格的なお寿司屋さんです。今回はオーナーの寺尾さんにオープンまでの経緯など、いろいろとお話を聞いてきました。

 

鮨一

寺尾 孝二 Koji Terao

1967年福島県郡山市生まれ。28歳のときに新潟に移住。趣味は美味しいものを食べること。長期休みがあるとわざわざ長崎まで美味しい魚を食べに行くとか。

 

料理を作るのも食べるのも、大好きだった学生時代。

――寺尾さんがお寿司屋さんを目指したのはいつ頃ですか?

寺尾さん:小学校5年くらいにはもう決めていましたね。料理作るのも食べるのも大好きでしたので。中学生のときは部活終わって帰ってくると、自分でお米をといでとんかつを3枚くらい揚げて食べてましたね(笑)

 

――昔から料理がお好きだったんですね。お寿司を選んだ理由は?

寺尾さん:身内に寿司屋がいたんですよ。両親からも「お前は寿司屋になるんだぞ」ってずっと言われて育ったので、迷いはありませんでした。今は昔と違って流通がしっかりしているので、お刺身が手軽にスーパーで買えますけど、昔はお刺身を食べられるのはだいたい稲刈りが終わって人を招いて振る舞うときみたいな特別な場合だけでしたね。お寿司はすごい高級品で、ご馳走だったので、そういう憧れもあったんです。

 

――そういう時代もあったんですね。

寺尾さん:暮らしていたところが福島県の内陸の方だったので、お魚を食べる文化っていうのはほとんどなかったんですよ。「鯉のあらい」とかはあったんですが、刺身はほとんど食卓に出ることはなかったんですね。魚といえば、みりん干しとかそういう魚ばっかり。

 

新聞の求人欄を頼りに、単身上京。

――早くから進路を決めていたということは、高校卒業後は専門学校などに?

寺尾さん:昔は調理師学校っていうのは全然身近になかったんです。今は専門学校に行ってから就職っていう流れが当たり前になっていますけどね。高校の先生に相談しても寿司屋の就職先の斡旋なんてないわけですよ。だから新聞にある求人欄を見て、それを頼りに東京まで特急に乗って行って就職先を見つけたっていう感じですね。住み込みで衣食住がついてるところを探して行きました。

 

――お寿司屋さんの求人はすぐに見つかったんですか?

寺尾さん:就職する頃はちょうどバブルが始まった頃だったので、寿司屋さんだけじゃなく求人はとにかくたくさんありました。

 

――最初の就職先はどんなところでしたか?

寺尾さん:今もまだお店はあるんですけど、東京の中野駅前にある個人店のお寿司屋さんでした。同年代の子が何人もいて、沖縄から来ている子もいましたね。自分と同じような子たちが地方から集まっていました。

 

――やっぱりまずは雑用からですか?

寺尾さん:入りたてはまず出前下げ、ゴミ箱洗い、掃除というふうに、基本中の基本からですね。それから魚の仕込みをさせてもらったり。当時はマグロなんて見たことなかったから、だいたいカツオぐらいの大きさのイメージしかなかったわけですよ。それが1メートル以上で何百キロもあるのを初めて見て「うわぁこれがマグロか!」と思ったのを覚えていますね(笑)

 

 

――本格的な料理までどのくらいかかるんですか?

寺尾さん:魚を触らせてもらえるようになったのは意外と早かったです。仕事はとても厳しかったんですけど、でもよく面倒を見てくれるいい先輩が多かったです。自分は先輩に恵まれた環境にいたと思いますよ。「怒られている」っていう感覚じゃなくて、「教えてもらっている」っていうことを大切にしていました。

 

厳しい修業時代を経て、7年でお店のトップに。

――厳しい環境を「恵まれていた」と言えるのは、誰にでもできることではないと思います。

寺尾さん:どんな仕事でもそうでしょうけど、まずやる気を見せないことには何もはじまらないですよね。自分から進んで仕事をしていかないと、仕事はまわってこないです。やる気を見せて「教えてください」「やらせてください」って言えば今日でも明日でも仕事はまわってくるわけです。それは言葉だけじゃなくて常に行動でも見せておいて、一歩でも二歩でも他の人より前に出ていないとだめですけどね。言われたことをやっているだけだったら10年も20年もかかったでしょうね。

 

 

――前向きに修業に取り組んでいたと。

寺尾さん:早く仕事を覚えたくて、もう寝ないで働いていました。中野のお店の後は新宿のお店に就職したんですけど、そこは朝10時にオープンして、次の日の朝7時まで営業しているんですよ。2交代制で早番の人は夜の8時退勤で、そこから遅番に交代するような流れなんですけど、自分は早番で入ってそこから遅番の人とも一緒にずっと仕事をさせてもらっていました。もちろん無給で。巻き物や握りをやらせてもらったり、いろいろなお客さんと接する数も倍に増えるので、自分を追い込んで伸びていくやり方というか。それを休まず半年くらい続けました。

 

――半年間も!? 先輩方からはかなり信頼を得られたんじゃないですか?

寺尾さん:おかげですべてできるようになりました。その後お店の中ではトップにのぼりつめました。7年くらい経って、ある日、親方に「お前花板やってみねぇか」って言われるわけですね。年功序列じゃないのでやる気がある人間は上がっていきます。逆にダメな人間は「もう明日からこなくていいよ」みたいな時代でした。親方に買ってもらった包丁は今でもまだ大切にとってあります。

 

――花板って、ただお寿司を握るだけじゃダメなんですよね?

寺尾さん:花板になると原価を考えたり人をまとめたりっていう管理業務が追加されますし、あと技術だけじゃなくて話術も必要ですね。お客さんが3人いれば3人とも全員違うのでね。握りを出すタイミングだったり話す内容だったり、そういうのを考えながら働いていました。スタッフはネームプレートに出身地を書いていたんですけど、それを見て懐かしがって親近感を持ってくれるお客さんもいましたね。

 

 

――結局、東京にはどのくらいいたんですか?

寺尾さん:東京は約10年間いました。バブル期だったので今では想像できないようなこともたくさん経験しました。チップも1万円札が飛び交ってたり、休みの日はお客さんにデパートへ連れて行ってもらって高級ブランドのお店で「好きなもの選びな」みたいな感じでしたよ。「お店みんなの分を買っていいですよ」とか(笑)

 

――うわ……。なんかもう感覚おかしくなっちゃいますね。

寺尾さん:その中で仕事にまっすぐ入れたのは、やっぱりお寿司が好きだったからだと思います。とにかく忙しい毎日をこなしながら、先の目標より目の前の仕事を一生懸命やることに専念していました。

 

新天地、新潟へ移住してきて。

――新潟にはどういうタイミングで来られたんですか?

寺尾さん:28歳のときだったんですけど、「冬場だけ期間限定でオープンするお寿司屋さんをスキー場内に作るからやってみないか」って誘ってもらったのがきっかけです。そのあと、古町の「港すし」で働かせてもらって、このお店をオープンしました。

 

――新潟に来て違いを感じたことはありますか?

寺尾さん:ネタは東京とは全然違いますよね。新潟の南蛮エビは当たり前に美味しいじゃないですか。東京にいたときはまず生で食べることなんてなかったです。海外から冷凍で来るのが当たり前。そもそも、まず甘エビを食べる文化っていうのもないんですね、東京は。新潟にきて食べたときは甘くてトロッとして衝撃でした。東京で食べてたのは真っ白で苦かったですね(笑)。あとは白身の豊富さ。新潟ではヒラメですけど、東京ではカレイの文化なんですよ。カレイが一番で次はヒラメみたいんですけど、新潟は逆ですね。

 

 

――新潟に来た当初から独立は視野に入れていたんですか?

寺尾さん:独立したい気持ちは昔からずっとありました。定年を迎えて年金暮らしもいいけど、人生は1回きりなんだから、どうせ働くなら自分でお店やってみようかって思って決めました。場所も妻の実家が北区にあったので、知り合いも多いしお店も少なくなってきているので、美味しいお寿司を食べてもらって盛り上げたいっていう気持ちもあってここにしました。

 

店名「鮨一」の「一」に込めた想い。

――お店のコンセプトは?

寺尾さん:店名にある「一」には初心を忘れないっていう気持ちだったり、お客さんが一貫食べたときに美味しいと思ってもらって、その「一貫」からはじまっていく、っていう想いをこめています。それで「一」の字を使っています。「一貫からはじまる寿司物語」がコンセプトですね。一貫食べて美味しければ、じゃあ次は何が出てくるんだろうってワクワクするじゃないですか。

 

 

――シンプルな「一」の字に、いろんな想いとかこだわりがこもっているんですね。

寺尾さん:シャリ切りは何年やっても常に初心に帰ってやらないといけないんです。同じグラム数と水の分量を入れても毎回出来上がりは違うんです。頭で考えるんじゃなくて、手で感じることが必要ですね。あとは、玄関を入ったらゆったりとくつろいでいただきたいです。だから席の幅や椅子の幅を広めにとって、クッション性のあるソファタイプにして。新潟にはあまりないようなスタイルにしました。座ったときに落ち着いてもらいたいので、店は極力シンプルに作りました。

 

――お寿司を握る上で、最もこだわっている部分というのはどんなところですか?

寺尾さん:一番はやっぱり魚の鮮度です。普段から、信頼のおける魚屋さんから情報を得ていろいろ見てまわっています。魚屋さんにも得意不得意があるので、同じ魚でもお店によって全然違いますよ。あとは仕入れた魚をどうやってお客さんに提供するかっていうのは常に考えますよね。ただ切って売るのか、そこに何かワンクッション工程を加えて食べてもらうのか。提供方法を考えながら毎日買い付けしています。

 

お客さんの好みや会話の内容から、提供する料理をアレンジ。

――じゃあ、仕入れによって毎日メニューが変わるということですか?

寺尾さん:メニューに載せているのは少ないですが、カウンターに座ってもらったお客さんを見ながらアレンジして作っていくスタイルです。アレンジは例えば、アマダイだったらそれを刺身で食べるのか、スダチ胡椒で食べるのか、炙って食べるのか。会話や好みとか飲んでいるもので状況判断してアレンジしていく感じです。

 

――おお、そんなことまでしてもらえるんですか。

寺尾さん:常連さんになればなるほど好みがわかってくるので、こういうのが好きだから食べてもらおうとか、逆に変化球を出してみたりとか。カウンターに座っていただく方の特権ですね。初めてのお客さんにも同じスタイルです。遊び心を楽しんでもらえると思います。

 

 

――じゃあ絶対にカウンターがオススメですね(笑)。今後の目標は?

寺尾さん:「美味しかった、また来たい」って思ってもらえるお店にしていきたいですね。このあたりの地域には本格的なお寿司屋さんが少ないので、その中でも気軽に来てもらえたらいいなと思っています。地域の人を大切にして、細く長く、この場所に根づいていけるようなお店にしたいですね。お客さんに納得してもらえることが一番大事ですよね。

 

 

鮨一

新潟県新潟市北区白新町2丁目10−36

025-256-8008

月・火・木~日・祝:ランチ 11:30-14:00 (L.O.13:30)

月・火・木~土:ディナー 17:00-22:00 (L.O.21:30)

日・祝:ディナー 17:00-21:00 (L.O.20:30)

定休日:不定休

  • She
  • Things×セキスイハイム 住宅のプロが教える、ゼロからはじめる家づくり。
  • 僕らの工場
  • 僕らのソウルフード


TOP