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お客さんに愛されて。かつては日本一まずいラーメン王に輝いた「東花食堂」。

1999年から2000年にかけて全国ネットで放送されていたバラエティー番組「神出鬼没タケシムケン」。その番組で、ビートたけし、志村けんというお笑い界の大御所を相手に強烈なキャラクターで渡り合い、「日本一まずいラーメン王」の称号に輝いた新潟のラーメン店がありました。それが新潟市秋葉区にある「東花食堂(とうかしょくどう)」です。日本一まずいラーメンと呼ばれたことに抵抗はなかったのか、どんな経緯でテレビに出たのか、これまでの歴史も含めて、いろいろお話を聞いてきました。

 

東花食堂

大島 省市 Shouichi Oshima

1941年新潟市秋葉区生まれ。和菓子職人だったが、亡くなった父親の店を継ぎ「東花食堂」店主となる。1999年に放送された「神出鬼没タケシムケン」で「日本一まずいラーメン王」に輝いたのをはじめメディア出演多数。猟が趣味だったが病気を患い猟銃を返却した。消防団として40年活動し春の叙勲を受ける。

 

大島 静江 Shizue Oshima

1943年新潟市南区(白根市)生まれ。省市さんと共に「東花食堂」を営業してきた。園芸や畑仕事が好きで、自家栽培の野菜や果物をお店のお客に振る舞うこともある。おしゃべりが元気の秘訣。

 

病気に負けず、休みなく営業を続ける80歳近い夫婦。

——今日はよろしくお願いします。失礼ですけど、おふたりはおいくつになられるんですか?

静江さん:もうすぐふたりして80歳になりますて。私はきのこ採りが好きでよく山に行って崖を登ったりしてたんだけど、この間無理したら股関節を痛めてしまったの。お父さんは病気の後遺症で耳がよく聞こえなくなっちゃったから、私が通訳してるんですてば(笑)。身体の悪いもんふたりでやってるお店ですがね。

 

——それは大変ですね……。きのこ採りは最近まで行ってたんですか?

静江さん:うん。崖のとこに生えてる木を見て、あの木とあの木に捕まれば登れるかな……とか考えながら登って、崖に生えてるきのこを採ったりしてたんだけどね。

 

——最近まで崖登りしてたんですか。すごいですね。でもお母さんは足を痛めてるし、お父さんは病気された後なのに、お店に出てて大丈夫なんですか?

静江さん:お父さんは32歳から病気をして、余命3ヶ月とか余命3晩とか言われてきたけど、おかげさまで今でも働けてるし、お店は今まで365日空けてきて休んだのは1日もなかったんですて。

 

——失礼ですけど、その年齢で1日も休まないんですか? 病気したりしてるのに?

静江さん:まあ、普段が休みみたいなもんらっけね(笑)。お父さんは昔、胃がんの疑いがあって検査入院しなきゃだめだったのに、忘年会シーズンで忙しかったっけ入院できなかったの。そしたら病院の先生に怒られてさ(笑)。まあ、結局胃潰瘍だったんだけどね。その後も胆石やって、最近は糖尿病やったからお酒飲めなくなっちゃったの。

 

——そんな状況でもお店を続けて……。

静江さん:お店閉めてると誰も来てくれないけど、開けてれば誰か来てくれるじゃない。私らは本当にお客さんに可愛がられてきたから、お客さんを大事にしたいのよ。

 

「東花食堂」を継ぐ前は、和菓子職人だった。

——お父さんは最初からラーメン一筋なんですか?

省市さん:最初は和菓子職人やってたんて。

 

静江さん:お父さんのお父さん……まあ、おじいちゃんだこってね。そのおじいちゃんが「東花食堂」をやってて、お父さんはすぐ隣で「東月堂」っていうお菓子屋をやってたの。式菓子とかを作ったりしてたんだけど、おじいちゃんが亡くなって、お店をどうするかってことになったんだわ。それで、和菓子の仕事は減ってきてたから辞めることにして、食堂を継ぐことになったの。

 

——和菓子を作っていても、ラーメンや定食といった料理は作ったことなかったんじゃないですか?

省市さん:最初は板前がいたがね。

 

静江さん:元そば屋さんだった人が板前とし働いてくれてたの。お父さんはその板前さんに料理を教わったんだて。当時はこのあたりにも会社が多かったから忙しかったんだわね。

 

——カウンターのところにガラスのショーケースがありますよね。なんかお寿司屋さんみたいなんですけど、あれって何かに使ってたんですか?

静江さん:昔は惣菜を作ってケースの中に並べて、好きな惣菜を自由に取ってもらってたんですて。忙しかった頃はよかったんだけど、だんだん残るようになったからやめちゃったの。

 

珍しい「鯖缶定食」や「とんかつラーメン」ってどんなメニュー?

——メニューの中の「鯖缶定食」がとても気になるんですよ。どんな定食なんですか?

静江さん:鯖の缶詰を使った定食(笑)

 

省市さん:缶詰使えば作らなくていいねっけ。忙しいときはとくに仕事が早くていいんさ。俺が始めてから、みんなやるようになったんだがね。

 

——お父さんが元祖だったんですね(笑)。あと「東花ラーメン」はお店の看板メニューっぽいですよね。どんなラーメンなんですか?

静江さん:あれはとんかつが乗ってる醤油ラーメンだね。

 

——ん? 「とんかつラーメン」とはどこが違うんですか?

静江さん:実は一緒なの(笑)

 

省市さん:テレビの取材でお店の看板メニューを紹介することになって、メニューにあった「とんかつラーメン」を「東花ラーメン」っていう名前の看板メニューにすることにしたんて。メニューを直すのも面倒だし、いっぱいメニューがある方がいいと思って、そのままにしてあるんがね。

 

 

——まさかの同じラーメン……(笑)。でもどうしてラーメンにとんかつを乗せたんですか?

省市さん:試してみたらうんめかったんさ。とんかつは作り置きしないで、注文をもらってからラードを使って揚げるようにしてる。そのぶん待ってもらうけど、作り置きとは味が全然違うんて。

 

——たしかにそうですね。その他にはどんなところにこだわって料理してますか?

静江さん:料理の腕はたいしたことないっけ、素材にこだわってますて。ラーメンのスープは最高の煮干しや鯖節を使ったりしてね。あとカツ丼のタレは昆布でだしを取った自家製ダレを作ってるわね。

 

「日本一まずいラーメン王」に輝いたいきさつ。

——おふたりは以前、全国ネットの「神出鬼没タケシムケン」っていうバラエティー番組で「日本一まずいラーメン王」に輝きましたよね。あれって、どういういきさつで出演したんですか?

 

静江さん:最初は新発田市にあるラーメン屋さんに取材依頼したみたいなんさ。だけど、しゃべるのが得意じゃない人だったみたいで、他のラーメン屋を探してうちにたどり着いたんだって。そのときうちのお父さんはお酒飲んでいい調子だったから、とにかくしゃべりが絶好調だったの。それで面白いオヤジだっていうことで出演が決まったんだわ。

 

——てことは味じゃなくてキャラクターで出演が決まったんですね。でも「まず〜いラーメン選手権」ってコーナーには抵抗なかったんですか?

静江さん:いや、もうお酒飲んで酔っ払ってるから「なんでもやってやる」って感じだったんじゃないの(笑)

 

——番組の思い出とかありますか?

静江さん:私らふたりとビートたけしさん、志村けんさんの4人で飲んだことが思い出らろっかね。

 

省市さん:たけしさんから「せっかくいいキャラしてるんだから、東京に出てきて店をやったら? 俺が面倒見るから」って言ってもらえたんだけど、歳も歳だったから、東京で新しく店やるのもどうかと思って断ったんだわ。

 

 

——志村けんさんとの思い出はありますか?

省市さん:一緒に飲んだときに珍しい煙草吸ってたすけ「1本くんなせや」ってもらおうとしたら怒られたね(笑)。 笑いながら「俺から煙草もらおうとするのはお前くらいのもんだ」って言われたわね。いい人だったね。

 

——テレビ出演の反響ってかなりあったんですか?

静江さん:すごかったね。いまだに地元のテレビ局はもちろん、全国ネットのテレビ番組が取材してくれるもんね。嵐のメンバーがこんなきったない店に来るんだもん(笑)

 

 

ラーメンを待つ間、お母さんが畑で作ったカリフラワーを出してくれたり、帰るときもお店の外まで見送りに出てきてくれたりして、とにかく人が好きなご夫婦なんだなと思いました。そんなところがお客さんに長く愛されたり、「いいキャラクター」としてテレビ出演のオファーが来ることになったんだと思います。これからも無理をせずお元気で、お店を長く続けてください。

 

 

 

東花食堂

〒956-0841 新潟県新潟市秋葉区東島5-1

0250-22-0372

11:00-20:00

無休

 

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